第97話 さっきぶりだな

 相変わらずな墓地の連中に達観した視線を送りつつ、目の前のカルナと天に昇るシエラ、両手を広げてリエゾンに迫るコスタに声をかけた。


「今日も行くよな」


「勿論よ」


「元気もチャージされたし行くよー!」


「俺も行けますね」


 俺の体はそこそこ重い。が、探索だけなら支障は無いだろう。……探索だけならな。確実に嫌な予感がするんだよなぁ。盾職の本能とかそういった表面的な物ではなく、砂漠で初めてレグルと遭遇したときのような背筋、内臓を掻き乱す根元的な本能が「嫌だなぁ」と言っているのだ。こいつは一波乱ありそうだと内心怖くなってきた。


 が、探さないわけにはいかない。レグルは今日の朝に世界を終わらせると決意をみなぎらせていた。さらに砂漠に咲いている北の不滅が恐らく大嫌いである彼女は、確実に見た瞬間から捻り潰すだろう。砂漠に咲く山茶花……色が白い山茶花の場合は絶望的だな。出来れば真っ赤かピンクがいい。ここまできて保護色は勘弁してほしいのだ。


 昨日歩き回った感じだともはやあるのかどうか怪しいレベルだったが、テラロッサ曰くあるらしい。……中央じゃなくて端っこの辺りを探した方が見つかりやすいのか?


 昨日の探索の結果を簡潔にカルナやリエゾンに伝えると、満場一致で隅っこ捜索作戦が組み立てられた。恐らく破滅が居ると思われる方面を避けるように反時計回りに砂漠を回る事を提案した。……理由に関しては少しぼかした。流石にたぶん破滅がそっちにいるから、とか言ってしまったら厄介なことになる。俺と破滅の面識があることを伝えても無駄にカルナやロードを心配させるだけだ。


 ……実際伝えた所で本当に無意味だろう。次出会ったら、その時点でゲームオーバーだ。抵抗しようが片手で軽く捻り潰されて終わり。破滅には気を付けよう、とだけ皆に言って地面に落ちていた盾を拾い上げた。

 ……命乞いとかしたら助けてくれないかなぁ。最悪地面に頭を擦り付けてでも……まあ、助けてはくれないだろうな。助けても俺だけとかになりそう。


 悪いことを考えるのは止めて、まずは北の不滅を探すことに専念しよう。名残惜しそうなロードの頭をわしゃわしゃと撫でて、リエゾンに目で合図した。俺は行けるぞ。


 俺たちの様子を見たメラルテンバル達が再び砂漠へ向かうことを察したのか、門出の言葉を掛けてくれた。それに軽く言葉を返して、北門へと向かった。出来ればまだ砂漠が止まってたりしないかなぁ……と淡い希望を抱いてみるが、墓地の防壁から先にある北の空は白く濁っていた。


 それに軽くため息を吐いて、カルナ達と共にリエゾンの後を付いていった。



 ――――――



 周りを見渡してみれば一面の白。吐き気をもたらしかねない持続的な風の音が耳元を通りすぎていく。上、下、前、後ろ、一面が砂漠だ。飛び散る砂粒が盾を小さく鳴らしていた。

 右腕の加護は虹色の炎となって煌めき、僅かばかりの灯火となって道を照らしてくれている。前に進むのはリエゾン。後ろをついていく俺達も周りを見渡してみるが、五メートルほどしかまともな視界が無い。


 どれだけ昨日の静寂が素晴らしいのかを身に染みて感じながら、強く砂を踏みしめる。最早この砂漠には慣れてきたが、それと捜索の効率は直結しない。あくまで精神的な目安だ。

 今回はちょっとした作戦と二度目ということで精神的な余裕はあるが、見つかるかどうかはさっぱりだ。頼むから見つかってくれ。心で強く祈りながら、ピンと伸びたリエゾンの背中を追いかけた。


 致命的なまでに何もない砂漠をさ迷う。描写することも、語ることも一切無い絶望的なまでの虚無。


 その中をひたすら一時間探し回った。


 ――見つからない。


 白い丘を踏み越えながら、二時間を砂漠で過ごした。


 ――見つからない。


 霞む瞳を細めながら、見える範囲をひたすらに見回して三時間が過ぎた。


 ――見つからない。


 荒い息を吐きながら、四時間の間捜索を続けた。


 ――見つからない。


 見つからない、見つからない、見つからない。今更心が折れるような柔な精神はしてないが、体が辛すぎる。カルナたちも気を使ってくれているが、気を使わせていると思うと心苦しい。

 くそ、ここまで探し回ってダメなのか。2日……およそ15時間もつぎ込んで、懸命に捜索しても欠片ほども見つからない。リエゾンと俺を含めた全員が疲労を露にしている。


 明日は学校だ。そうなれば捜索の時間は多くて四時間……その内の半分は帰りに使いたいから実質二時間程度しか使えない。それではますます見つからないだろうし、時間が過ぎれば最悪北の不滅が全滅する可能性もある。

 不滅が全滅なんて名前負けなことが起きてしまったら……リエゾンや俺達の頑張りは全て泡沫の夢となり、リアンの残した最後の言葉もきっと彼には届かない。


 それを想像すれば、体に自然に力がみなぎる。そうはさせない。絶対に、絶対にだ。彼には知る権利がある。墓に花を添えるという義務がある。それが消えることが俺には許容できないのだ。


 体の奥で燃える意思を力に変えて、もう一度足を前に出した。


 そして……捜索から五時間。もうそろそろ帰ることを意識しなければならないな、と全員が焦りにも似た悔しさを噛みしめていた時……それは、起きた。


 リエゾンが歩みを止めたのだ。実に五時間にも渡る捜索で、遂に体が参ってしまったのかと思った。もしくは、悔しさを噛みしめながら帰還を宣言するものかとも。

 しかし、彼は立ち止まったまま何も言わなければ振り返りもしない。リエゾンは全身の動き……呼吸すらも、全てが止まってしまっているように見えた。


 心配になりリエゾンに声を掛けようとした時、彼は確かめるように両目を強く擦っていた。なんだ、砂が目に入ったのか?高まる疑問に答えを出すことはなく、リエゾンは乾いた唇から荒い呼吸と尖った声を漏らした。 


「は、え……?な……あれは……」


「り、リエゾン……?どうしたんだ?」


「あ、あぁ……あぁ!」


 本格的におかしくなってしまったリエゾンの様子に、若干恐怖を感じ始めた時……彼は大声で叫んだ。砂嵐の中で、世界を真っ二つに引き裂くような、絶叫とも形容できる声で。


「ぁぁあああ!!――見つけたッ!!」


「え?」


 リエゾンは大声で叫ぶと視線の方向へ一目散に駆け出してしまう。み、見つけた?この状況で見つけるもの……え!?北の不滅か!?慌ててリエゾンの後を追い掛け、白い砂嵐を掻き分けると、その奥に何かが見えた。それはきっと真っ白な暴虐と破滅の中でもひたすらに凛と咲き誇り、不滅を証明する物――北の不滅だ。


 それは真っ白な世界の中でポツリと一つだけ咲いていた。この広すぎる砂漠の果てで、長すぎる旅の果てで、確かに咲いていた。それは目を疑うほど鮮明な桃色をしていた。五時間も白しか見ていない俺達には、その色があまりにも強烈すぎて目を覆いそうになる。


 それは確かに咲いていた。桃色の山茶花――北の不滅。その花は砂漠の地面から力強く伸びた小さな一輪の花で、生え方は全く違うが花は山茶花のそれだった。


 北の不滅は確かに美しいが、普通ならば目を引く程ではない。客観的な事を言ってしまえばごく普通の花だ。けれど、この白い砂漠の中でたった一輪立ち尽くすその姿はあまりにも気高く、その有り様は思わず言葉を失うほど美しい。

 どうしてリアンがこの花を好きに思ったのかが、今わかった。


 白い布に垂らしたインクのようにポツンと咲くその花は、見た目とは全く別の美しさを兼ね備えており、これを追い求めて紆余曲折を経た俺たちの……特にリエゾンには殊更美しく見えて仕方ない。

 俺の後ろのカルナやシエラたちも、同じく花を見つめて呆然としている。無理もないだろう。見たものをほぼ強制的に見惚れさせる、圧倒的な色彩を北の不滅は放っていたのだ。


 リエゾンが北の不滅に駆け寄って、その前に膝をつく。花を採取してもって帰るのだ。出来るだけ、傷をつけないようにリエゾンは花に優しく触れる。その様子を俺達は息を飲んで見つめていた。リエゾンの震える指先が桃色の花と太い茎に触れる。

 彼の表情は後ろ向きの状態なので、俺達からは見えない。けれども、その顔が泣きそうなほどの笑顔だろうというのは雰囲気からすぐにわかった。


 彼はこの時のために前に進んできたのだ。生身で砂漠を進み、不滅を説得し、また砂漠を歩く。長すぎる決意の果てに、彼はついに約束の花に手を掛けて――





 ――砂嵐が、止んだ。





 少しするまで、俺はそれに気がつかなかった。白の世界から音が消える。嘲笑うような白のカーテンが怯えるように幕を下ろし、渦巻く風は恐怖に動きを止めた。世界が、恐怖している。竦み上がっている。


 理由は何か……いや、誰か。俺はその答えを最初から知っていた。


「アハハっ、それがアナタたちの『探し物』? 偶に見かけるゴミじゃない!」


 弄ぶような笑いに、全員が動きを止めた。勿論リエゾンも北の不滅に手を掛けながら、その向こうから歩み寄ってくる破滅の権化を見つめて止まっていた。 

 終わりだ。終焉の化身が来る。あの女が……『破滅』のレグル・レトリックが来る。それと共に、俺は理解した。どうしてこんなタイミングで彼女が現れたのか。どうして、最初から現れなかったのか。


「趣味が悪いな……希望をちらつかせて、潰すまでずっと待機してたのかよ……」


「失礼ね。人の趣味をバカにするのは良くないわ。……まあ、間違ってはいないわね」


 アハハハ、とレグルは残虐に笑った。鮮血を連想させる瞳が歪み、白い口元が三日月を描く。白い砂漠、青く晴れ渡った快晴。そんな世界の水平線から、『破滅』は悠々とこちらに歩みを進める。

 白魚のような裸足が同じく白い砂漠を踏みしめ、その度に白いドレスが長い白髪と共に小さく揺れる。世界全てを食らうような笑みを残したレグルは、俺に向けて言葉を放った。


「アタシは間違いなく言ったわ。『次会うときは敵同士』と」


「ああ、言ってたな……延期とかあるか?」


「アハハッ……無いわ」


 ダメだこりゃ。完全に殺戮スイッチが入ってやがる。しかもオフに出来ねえ。押したボタンがめり込んでる感じだな。……あー、変に焚き付けなかった方が良かったかなぁ、と若干の後悔が浮かぶが、その場合話も聞いてもらえず即死だったろうからまだマシか。

 何物にも縛られず、気ままに砂漠を歩くレグルはゆっくりと両手を広げた。その動きとリンクして彼女の背後の砂漠が隆起し、壁となる。


 それらは波が海を伝わっていくように広がっていき……やがて俺達を取り囲む高い壁となっていた。レグルは俺と、俺の周りで恐怖に震えるカルナ達を見つめてこう言った。


「こんにちわ、ライチと名も知らぬライチの同行者さん達。アタシは『破滅』のレグル・レトリック……世界を終わらせるついでに、アナタ達と遊んでを壊してあげるわ。……精々、好きなだけ足掻きなさい」


「随分怖い自己紹介だな……世界の破壊者さん」


「優しいアタシが世界と一緒にアナタの減らず口も破滅させてあげるわ。泣いて喜んで……死んで?」


 ふざけんな。なんだよその三段活用。咽び泣いて許しを乞っても笑いながら四肢をもがれそう。レグルはリエゾンの手元の北の不滅を苦い顔で見つめた後、先程と同じく狂気的な笑みで俺達を見つめた。反射で盾を構えると、レグルはよりいっそう楽しそうな笑みを浮かべる。


「考えてること当ててやろうか?」


「……」


「盾だと長く遊べる、だろ?」


「凄いわね? それに免じて遊んで殺してあげる」


 ははは……クソが。ここまで来たらやけくそだ。どうせ全滅は避けられないだろう。一瞬で墓地を連想させる巨大な壁を四面に張りやがった実力から見るに、間違いなく格上。更に前に見せた光の輪を軽く破壊する謎の技……食らえば即死は免れない。最悪アバターごと破壊されそうだ。


 ようやく正気を取り戻したカルナが俺に向けて小さく耳打ちする。


「ちょっと……! あの子知り合いなのかしら?」


「……知り合いではある」


「なんとか説得できないの?」


「無理」


 断言しよう。絶対に無理だ。もうあの赤目は俺達への殺意しか籠ってないし、顔の表情から察するに凄い楽しそうでウキウキしている。もう俺達を殺すことしか頭に無いようだ。

 呆れた様子のカルナが俺に合わせて武器を構える。おどおどとシエラたちもそれに続いた。……そっか、お前ら破滅どころか堕落を知らないもんな。知ってるのが不滅だけだから、こいつのこともいいやつと思ってるのかもしれない。


 実際根はいいやつなのだが……今のレグルは殺戮マシーンだ。動いたら砂で握りつぶされて死ぬ。かといって動かなくても拷問の挙げ句死ぬ。見つかって目をつけられた時点で詰みが確定しているのだ。脳内でテラロッサに話が違うぞ! と怒鳴りながら、俺はゆっくりと息を吐いた。


 未だに動けずに……いや、北の不滅を守るために勇気を振り絞ったリエゾンを中心に、俺達とレグルは睨み合った。最低なことに戦いは避けられないようだ。

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