第94話 極夜の月に狼は吠えるか?

 放心状態のリエゾンを連れて墓地に戻った。俺たちの様子を見たロードは目を見開き、メラルテンバルは渋い顔をした。レオニダスやオルゲス、メルトリアスも驚きと共に悲しみを持たせた表情をした。

 今の俺たちの様子は間違いなく敗走そのものだ。ふらふらとした千鳥足、何も言わないリエゾン、荒い息を吐くカルナ、震えるシエラ。なんだなんだ、と墓地の霊たちも興味深そうにこちらを見ている。


「ライチさん!……これは、どういう……」 


「リエゾンが、彼女の大切な髪留めを無くしてしまった。風に飲まれたんだ」


『そんな……もちろん探したんだろうね?』


「ええ。けれど、見つからなかったわ。花も、髪留めも」


 歯を噛み締めながら言うカルナの様子に、ロードを含めた全員が悲壮感を滲ませた。唯一当事者のリエゾンだけは、光を失った瞳で地面を見つめていた。走っているうちに大体の砂は落ちたが、まだ多少は残っている。

 メルトリアスの指示で彼特製の浄化ポーションで砂を無力化した。


 本人曰く効力が弱すぎてほんの少しの砂しか浄化することが出来ない、と言っていたが、ゼロから浄化できるポーションを作れた時点で素晴らしいと思う。


 全員、何かしらを言いたかった。砂漠は過酷だったとか、見つけられなくてすまない、とか。けれど、今の俺たちにはそんな余裕すらなかった。八時間を越える探索と最後の出来事で俺たちの体力も気力も完全に消耗している。荒い息を吐く俺たちに、ロードが心配そうな顔をした。


 砂漠での捜索は、間違いなく拷問として成立しそうなレベルだった。だが、それよりも心に来るのはリエゾンの事だった。彼は一夜にしてすべてを失った。消えた彼女の思い出すらも、今日失ったのだ。リエゾンは完全に壊れていた。過去しか持たない彼から過去を奪えば、残るのは呼吸する肉の塊だ。 


 とてもではないが見ていられない。だが、俺には何も出来ない。無力だ。どうしようもない。助けて……やれない。あれだけ信頼しているだとか、助けるだとか言ってこの有り様だ。カッコ悪いったらありゃしない。

 所詮俺はこの程度か。やはり、主人公のように動くには弱すぎたか。そんな考えばかりが浮かぶ。きっと体が弱っているせいだ、と自分で理由を取り繕った。


 今は夜。砂嵐はなぜか止んでいるが、あの砂漠から髪留めを探すことなど不可能だ。朝には完全に消滅する。朝でなくても、いつか必ず消えるのだ。


 ちらり、とリエゾンを見た。脱け殻のようになった彼はオルゲスに肩を担がれ涼しい木陰に移されたが、相変わらず心は壊れたままだった。感覚でわかる。あの傷は時間が癒してくれるものではない。時間では解決できない。元々彼が負っていた傷は、彼が過去を見つめ、仮想の希望を見据えることでどうにかかさぶたとして隠されていたのだ。


 どうすればいい。どうしようもない。ああ、駄目だ。考えが纏まらない。俺じゃあ駄目なのか?ぐるぐると思考が巡る。カルナやシエラ、コスタが何かを言ってログアウトしていく。俺もきっとなにか言葉を返したのだろうが、記憶にない。


 今の時刻は7時。もうそろそろ夕飯だ。だが、ここでログアウトしたら、本当に全てが終わる気がする。敗北を認めることになる。認めたくない。負けたくない。俺の中にある何かに、小さく火花が散ったのを感じた。それはいつもの汚い意地で、こんな結末受け入れられるかと俺のなかで叫ぶ群衆の一人だった。


 ――認められない。


 このままの結末でいいのか。リエゾンの傷を放っておくのか。


 ――許容できない。


 けれど、どうすればいい?わからないんだ。俺は妙に察しのいい主人公なんかじゃない。くよくよ悩んで、傷だらけになりながら食い下がってきただけの一般人だ。ヒロイックな活躍なんて、出来るかわからない。


 ――それでも、駄目だ。


 俺の中で子供みたいなことを叫ぶ俺がいる。思い通りじゃないと嫌だ。嫌いだ、耐えられない。駄々っ子みたいな無謀なもがきだ。馬鹿らしいことを言っている。無理だってわかっている。それでも……それでも俺は――心の奥で諦められない。


「俺が……絶対に見つけてやる」


 手段も、可能性の話も、もうどうでもいい。理性も理論もくそ食らえだ。俺は主人公じゃない。一人でドラゴンを倒したり、神がかった戦闘力や運を兼ね備えている訳じゃない。だから、だからこそなんだ。一般人の俺は、泥にまみれようが進める。

 どれだけ不格好でも、弱々しくてもいい。夜が明けるまで……あがき倒してやる。


 深く呼吸をした。遠くから心配そうにこちらを見つめるロードに振り返り、自信満々に親指を立てた。


「大丈夫だ、任せろ。俺が何とかするさ」


「ライチさん……はい。信じますよ、ライチさんのことを。僕を救ってくれたライチさんなら、きっと……リエゾンさんも救えますよ」


 鎧の奥でニカッ、と笑って俺はログアウトした。


【ログアウトします】

【……お疲れさまでした】


 目を覚ますと同時にリビングに駆け降りて、食事を戴いて自室に戻る。その際に少々顔色が悪い、という小言を母さんから貰ってしまったが、気のせいじゃないかな、と誤魔化した。


 俺が今からするのは、朝焼けまでのデスマーチだ。無理だと思うならば笑うがいい。俺は絶対に諦めないつもりだ。やることは単純極まりない。今から日の出まで、一人で砂漠を探す。いつまで砂嵐が止まってくれるかわからない。体はリアルでもふらついている。


 けれど、俺にはこれしか考えられる作戦がないんだ。場所の検討はさっぱりだ。墓地から真っ直ぐ一時間ぐらいの場所程度しかわからない。しかもそこから髪留めは移動しているだろうし、砂に埋もれているだろうから探すのは難しい。


「だから、どうした……ってな」


 青い顔で強がりを吐いて、ヘッドギアを装着する。もし……夜の砂漠でさっき感じた得体の知れない恐怖の主にであってしまえば、俺は間違いなく死ぬだろう。何故ならきっと、それは『破滅』そのものだろうからだ。

 俺の鈍足じゃ逃げられる気がしないし、そんときは諦めよう。はあ、と大きく息を吐いて、俺は夜のVR世界にダイブした。


 さあ、時計の針が天辺回っても暴れてやるよ。


【Variant rhetoricにログインします】


 瞳を開けば、月明かりの差す墓地があった。柔らかな雑草の上に、星屑のような銀の光がいくつも転がっていた。噴水はほんのりと光を発しており、暗い墓地を歩く銀の幽霊たちが墓地をライトアップしていた。昼とはまた別の美しさに、思わず息を飲む。


 夜墓地にログインするのは月紅の時ぶりだろうか?目を慣らすために何度か瞬きを繰り返して、北の門を目指した。そこには大きな白い霊と白竜、そして目立つ白いローブのロードが居た。

 メラルテンバルがいつものように俺に気がつき、長い首をこちらに向ける。それと共にロードがこちらに振り返って、ローブの中から声を漏らした。


「ライチさん……行くんですね」


「ああ。行くよ。一人でも」


『全く……覚悟の決まった相手っていうのは、どうにも大きく見えるよ』


「それでこそライチだ。行け、進め!ライチが決めたのなら、そこに理由や可能性は要らないだろう」


「ライチ、君の行動に俺は敬意を表するよ」


「やれるだけのことをするのだ。最後に後悔を抱かないことを、我は心から祈っている」


 全員が一人ずつ俺を鼓舞してくれた。涙が出そうなほど嬉しい。木陰のリエゾンは相変わらず放心したままで、ぼんやりと月を見上げていた。少し欠けた銀月に、柔らかな雲が掛かって風情がある。絶対に、お前の笑顔を拝んでやる。そう心に決めて、北の門の前に立つ。


 リエゾン・フラグメントは諦めてはならない。挫けては……砕けてはならない。それが俺のエゴで、偽善に近しいものだとしても、譲れないのだ。彼は進まなければならない。道を切り開かねばならない。何故なら……そこに、彼女がいるからだ。


 きっともういない彼女の……最後の声。最後の歌。温もり、そのすべてが確かにその先にあるから。だから、彼には笑っていて欲しいのだ。これまで苦しんで、泣いて、傷ついた彼には尚更幸せになってほしい。


「リエゾン・フラグメント。まだだ。まだお前は……終わっちゃいない」


 ギリギリと盾を握り締めて、開いていく門の先を見つめた。砂嵐の舞わない破滅の砂漠。普段が濁った泥水ならば、今は凛と澄んだ清水の上澄み。果ての見えない白の砂漠が、わざわざ剣を鞘に納めて出迎えてくれている。

 理屈も、理由もわからない。だが、好都合だ。ゆっくりと砂漠に歩み出す。


 俺の前には誰も居ない。後ろにも誰も居ない。カルナ達だって疲労していたのだ。それを呼び出すのは気が引けるし、そもそも呼び出す手段が無い。今ならロード達を連れていけるかもしれないが、それで途中から砂嵐が吹けば全滅は必至だ。無駄なリスクは背負えない。故に、最適解は俺一人で行くことなのだ。


 白い砂を握り締めると、いつの間にか不滅の加護が虹色に光っていた。久々の一人で、尚且つここはいつ帰ってこれなくなるかわからない破滅の地。言うなれば絶海の孤島だ。誰の助けも期待できないし、俺がなんとかするしかない。

 だだっ広い砂漠は砂嵐がなければスッキリとしており、その白さも相まって、まるで絹の上を歩いているようだった。


 白と黒の境界線が果ての果てまで広がっている。夜空にはちらつく綺羅星が俺を見守るように光っていた。ざくり、ざくり、と無音の砂漠に俺の足音だけが響く。妙に空気が澄んでいた。恐らく普段は砂嵐で空気中のチリやホコリが消されるから、山の上のような清純な空気が満ちているのだろう。


 やけに星がきれいで、月が大きく見えた。


「……さて、探すか」


 風の音も、砂嵐もない。ただ俺の足先が砂の中を探り、鎧がカチャカチャと音を立てるだけだった。だだっ広い砂漠の表面に髪留めがあれば、星や月明かりに照らされてキラリと光るだろう。だが、この忌々しい白砂の下に埋まっていた場合は別だ。

 故に足先で地面をえぐり、怪しい場所は手で探って髪留めを探す。


 自分の歩いた足跡が消えないので、どこをどうやって歩いてきたか分かりやすい。加えて空が綺麗なのでそれほど苦痛ではない。逆に、最高のプラネタリウムを体験しているようで心地よさすらある。今の状況が状況なので到底楽しむ気にはなれないが、出来ることなら皆で座って星を見てみたいな、と小さく思った。


 星空の下の白い砂漠に、銀色の鎧が一つ、地面に足跡を残しながら歩いていく。探しはじめて一時間が経った。やはり髪留めは見付からない。何ヵ所か怪しい光の反射があったが、砂が星の光で輝いているだけだった。


「この状況が続けば、『北の不滅』はすぐに見つかりそうなもんだけどなぁ……」  


 独り言がやけに大きく聞こえた。ちょっとした砂の山に登って周りを見渡すと、遠くに墓地らしき明かりと真っ暗な夜の樹海が見えた。反対側には……王都だろうか?派手な明かりが見える。不滅が居た宴会場の明かりが派手すぎて、それほど目立っているように感じないのが妙に悲しい。あそこは派手というか何もかも過剰なのだ。


 暫く砂丘の上で佇んで、またあるきだした。場所の検討は全くつかない。五メートルより先の景色が霞む砂漠じゃあ場所を覚えるなんて無理なのだ。だからしらみつぶしに探すしかない。現在時刻は9時だ。夜明けが大体5時から6時だとすると、あと八時間程度しかない。この砂漠をまともに探すのなら、丸一日あっても良いところだ。


「というより、ここ広すぎだろ」


 不滅の居た樹海といい、二次ステージより先の三次ステージは何かしらの移動手段を持っていないと広すぎて探索できなそうだ。まあ、狭すぎたら不滅や破滅に簡単にエンカウントしてしまうわけだから、この広さは納得だが。


 宛もなく砂漠を歩く。地面に籠手を突き刺して掻き回してみる。やはり何もない。また外れか。


「大体今で二時間半ぐらいか……」


 現在時刻は夜の十時半。もうすぐ十一時だ。中々に恵まれた条件のお陰であまり疲れていないが、流石に昼のダメージが効いている。足が重いのだ。はぁ、と小さくため息を吐いて砂漠を見渡した。相変わらず広い。この広さを見ると決意が鈍りそうで怖いな。あまり意識しないでおこう。 


 ひたすらに探し回る。勘を頼りに歩き、記憶を頼りに歩き、それでもやはり髪留めは見付からない。煌めきは殆ど光の反射だ。右腕の虹色の光を少しの間見つめて、そっと撫でてみた。特に何もない。


「ま、当たり前だよな」


 さて、まだまだ行くぜー、と誰に向けるでもなく言って背伸びした。睡眠時間を削っているせいで、とてつもなく眠いし疲れてきた。頭と瞼が重い。こりゃあ明日はヤバイぞ、と笑ってまた歩き出した。



 やらかしたかもしれない。


「あー、ヤバイわ。俺の本能がヤバイっていってる」


 捜索開始から六時間。遂にまともな思考を殆ど失いかけている俺の目の前に、とんでもないものが見えていた。いつの間にここに迷いこんだんだ?さっぱりわからないし覚えていないが、眠たげな生存本能がそれでも全力で警鐘を鳴らしていた。


『今すぐ逃げるんだ』


 逃げろと体に命令してみても、このままでは倒れかねない。既に無理はさせているのだ。これ以上は勘弁していただきたい。そう一人ごちる俺の目の前には、巨大な『城』があった。

 空を貫く、食らうと表現するに値する巨大な城。最近大きさの概念が世界樹の影響で壊れてきた今の俺でも『巨大だ』と形容する大きさ。


 絶対に破滅関連だ。普段なら鈍重かつ俊敏な動きで背中を向けて走り出すだろうが、今の俺にそんな余裕はない。どうにか体を動かして城から離れようとする。


「誰があんな馬鹿でかい城に住むんだか……実は破滅は巨人だったりして……」


「そんなことは無いわ」


「じゃ、なんであんな掃除が大変そうな……ん?」


 この場所は何処か。破滅が住み、不滅の加護を受けぬすべてのものを消滅させる白い砂漠。生物どころか無機物すら存在の許されない地上の極圏だ。そんな場所で俺に声を掛けてくる存在といえば……はは。


「ははは……もしかして『破滅』さん?」


「大正解ね。アタシは『破滅』。『破滅』のレグル・レトリック」


 声は俺の背中側、城の対角線上から聞こえる。つまり、俺が進んできた道だ。避けては通れないどころの話ではないな。絶対に死んだ。……はあ、ついてない。折角夜中の二時になってまで捜索してたのに、いつの間にか破滅の城に迷いこんで、挙げ句の果てに破滅そのものに出会ってしまうなんて。 

 怯えや驚きよりも先に呆れと諦めが来る。どう抵抗しても死が確定していると分かると、途端に人間は素直になるものだ。それが六時間もの探索の最中ならば、特に。


 せめて顔だけは拝んで死んでやる、と心に決めて振り返った。


 振り返った先に居たのは、真っ白な少女だった。テラロッサよりも少し若い……のか?彼女が『女性』と形容される姿なのに対して、レグルと名乗った破滅は『少女』だ。確か双子の妹さんらしいから、この年齢でも可笑しくないのか?


 目の前のレグルは白い長髪に白い肌、膝までの白いドレスを纏った雪の精霊のような姿であった。が、その瞳だけは血を吸わせたように鮮血の赤がある。つりあがった両目には嗜虐的な色が宿っており、暴力的で威圧的な印象を俺に与えた。

 整った顔のパーツを歪ませて、レグル・レトリックは笑った。牙を剥いたその笑みは残虐性が滲んでおり、見るだけで威圧されてひれ伏したくなる。


 レグル・レトリックはこちらの出方を伺っているように思えた。もしかしたらそれは気のせいで、次の瞬間には飛びかかられていないだろうな、とひやひやしながら言葉を返す。


「ご丁寧に自己紹介ありがとう。生憎俺には二つ名は無くてな。ただのライチだ。よろしく……でいいかな?」


「ええ、勿論よ」


 低い声でそう言ったレグルに、どうやって反応したらいいか困った。下手な行動を取れば死ぬだろうし、逆になにもしなくても死ぬだろう。なんだこの板挟み。次に発する言葉をゆっくりと脳内辞典から抜き出していく。レグルの方は無言で腕を組んでおり、あくまで『お前が話しかけてこい』という傲慢なスタンスだ。


「えーと……どうして俺に声を掛けたんだ?俺程度声を掛ける前に殺すのは容易いと思うんだが」


 もしかしたら、意外に話が通じる相手だったりしないか、という希望的観測を検証するために切り込んだ質問をすると、レグルはそうね、と顎に手を当てた。そして口元に歪な三日月を浮かべると、月紅を思い出させる赤い瞳でこちらを射抜いた。


「別にアナタを壊しちゃってもいいけど……そしたら他のオモチャ……ふふふ、失礼ね。他のお友達が怖がって来なくなるじゃないの。オモチャは一つより二つの方が楽しく長く遊べるわ」


「……俺を生かして帰しても変わんないんじゃないか?この思い出がトラウマになって二度とここに来ないかもしれないぜ?」


「……あら、それは困るわね。久々に遊び相手が出来たのよ。アタシは寂しいの……ねぇ、勿論アナタはアタシと遊んでくれるわよね?『探し物』も見つかっていないのに……アタシを置いて逃げたりしないわよね?」  


 あ、ダメだこりゃ。普通にサイコ野郎だな。眠気も一瞬でぶっ飛ぶわ。なんだよ、一つより二つって……名言にもならねえぞ。どちらかといえば脅しじゃねえか。噛み砕いて要約すると、俺一人じゃつまらんから何人か集まってから殺すってか?イカれてるわ。

 ……でも、分からないことは分からない。質問の答えが返ってきていない。正直今は殺す気が無いというだけで、レグルの瞳は『いや、あとで殺すからね』といった類いの殺意がみなぎっていた。


 可愛い見た目に反してカミソリで出来た薔薇みたいな生態してやがる。質問への恐ろしい回答にめげず、もう一度聞いた。


「……答えになってないぜ。なんで俺の前に姿を見せたんだ?さっきいった通りなら、逆に姿を見せずに待ってた方が良かったんじゃないか?」


「……」


 目的と行動が一致していない。何故こいつは俺の前に姿を見せた?探し物についてわかってるってことは、昼の段階で俺たちを発見してたってことだ。それなら尚更放っておけば俺たちがここに来ることは分かってたはず。それなのにわざわざリスクを負ってまでどうしてこいつは俺の前に現れたんだ?

 レグルはほんの少し考えて、色素の薄い唇を震わせた。


「分からなかったの」


「……?」


「アナタに、質問したいことがあったからよ」


「……俺の何がわからないんだ?」


 なんだこいつ。そんな理由で俺の前に姿を見せたのか?気分屋過ぎるだろ。質問一つするために出てきたのか。取り敢えずサイコな質問じゃなきゃ答えてやろう。

 そしたら……あー、たぶん見逃してくれないよなぁ。レグルが嫌いらしい『不滅』の加護をガッツリつけてるし、砂漠を荒らし回ったし、城まで来ちまった。絶対始末されるわ。


「どうしてアナタは――諦めないの?」


「探すことをって意味かな?」


「ええ。アイツと同じよ。……いえ、アタシ以外の全員ね。どうしてアナタ達は諦めないの?苦しんで、壊れて、傷ついて、なんでそんなに進むのよ。いっそ諦めて消えてしまいたいと思わないのかしら?」


「……」


 アイツ……テラロッサか。舌打ちしながら言ってくれたお陰で誰だかよくわかるぜ。どんだけ自分の姉が嫌いなんだよ。にしても、なんで諦めないか、ねえ。確かこいつは『全てを終わらせる』事が何よりの目標だったよな。

 それなら、確かに自分が滅ぼそうとしてる相手は抵抗するだろう。まだ生き延びたい。明日を生きたい、進みたいと願い、足掻くだろう。それが彼女には理解できないのか。


 ……それもそうだよな。彼女は目に入るもの、手に触れるもの、そのすべてを破滅させる。そんな砂漠に住んでるんだ。自分の姉以外に話す相手が居なかったのなら、この質問を誰かに話すことなんて出来ない。そこへ都合良くやってきたのが俺か。何人かならまだしも、たった一人で砂漠にいる。好都合ってわけだ。


 なんで、生き延びたいのかかぁ。なんか哲学的だ。俺が足掻くのはリエゾンの為だけど、そもそもどうしてリエゾンを助けようとしたのだろう。どうして俺はいつも足掻くんだろう。


 …………。


「俺なりの答えでいいか?」


「十分よ」


「俺は、未来に希望があるからだと、そう思う」


「……希望」


「ああなりたい、こうなりたい、こうしたい……そんな理想全部を詰め込んだ未来が見えるから、俺は足掻くんだ。最低な事を言うと、欲望を満たしたいって所かな」


「本当に最低ね」


 なんとでも言え。でも、本当にそれは確かな事だ。いつも俺の前には理想の俺がいた。誰かを救えるヒーローが、誰にも認められ、自分も認められる天才が。なら、どんな展開も変えてみせる。全員を幸せにできる。


 ああ、そうだ。俺は――


「俺は悔しいんだ。俺は欲張りだし、我が儘だから自分の好きな結果しか受けいれられない。破滅を、終わりを受け入れられない。まだ進みたい。もっと全部を満たしたい」


「……欲望ばっかで子供みたい」


「みんな子供だよ。大人だって言い張ったって、自分が生きてる意味もすぐに答えれない奴ばっかだ。だから、目の前の欲望ばっかにすがるんだ。俺にとってそれが容認できない結果だから。俺にとっての幸せで、善ではないから……だから俺は足掻くんだ」


「……拍子抜けね。誰も彼も、必死に破滅から逃げるから……どんなに神聖な理由があると思えば自分勝手なだけなのね」


 その通りだ。実際、今すぐ死んでいいぜってやつなんて自分勝手の逆みたいな奴だしな。生きるってことは我が儘で強欲な事だと、俺個人は思っている。そこに大層な目標もなければ、深い云われもない。もっと単純で馬鹿らしいものだと思うのだ、人間の足掻きというものは。


「でもな、だからこそ……それを止めれるやつはいないんだぜ」


「……」


「どいつもこいつも好き勝手やりたがるから、好き勝手に傷つけあって傷つきあって助け合ってるから、そう簡単には曲がらないさ。お前が『全部を終わらせたい』って願ってんのと同じくらい、他のやつは生きるのに必死なんだ」


「そう……なのね。そうだったのね」


 レグルは自分の白い手のひらを見つめた。彼女が何を考えているのか、それは全くわからない。けれど、悪いことではないと思う。なんだ、意外に話が出来るもんじゃないか、と内心驚いている。てっきり災害みたいなもんかと思ってたぜ。

 こいつも悩んで、考えて、納得する……人間みたいなもんなんだな。

 考えるレグルに、なんとなくアドバイスをしたくなった。何も知らず、己の破壊本能に従っていた彼女に、同情でもしたのかもしれない。


「まあ、なんだ。お前が『世界を終わらせたい』って願う理由は分かんないけどさ、それがもし本当にお前の中で正しいもので、本当に『欲しい物』なら……好きなだけ欲張ってけよ。ただし、他がその願いに屈するかは別としてな」


「……何、慰めてるの?」


「そんなんじゃねえよ……ただ、そうだなぁ……はは、独り言だ」


「ふふふ、それを独り言は無理があるでしょ」


 破滅は渇いた笑みを漏らした。なんだ、こいつも笑うのか。さっきから同じ理由で何度も驚いてる気がする。真夜中に一体何をしてんだ、俺は。

 レグルは口元に手を当てながら、呟くように言った。


「アナタ、面白いわね。アイツの唾がついてなかったら、アタシの家畜として飼ってあげても良かったのだけれど……」


「家畜なのか……三食は出るか?」


「さあ?アナタ次第ね。でも、世界を破滅させる時に家畜のアナタだけは助けてあげるわ」


「ノアの方舟かよ」


 なんだこいつ、気さくだな。サイコ野郎じゃなかったら別に話してても苦痛じゃないぞ。時折本性が滲み出てるが、十分会話は可能だ。レグルは空の月に手を伸ばしながら言った。


「決めたわ。アタシは、世界を終わらせる」


「……お前がそう決めたのなら、好きにするといいよ。全力で抵抗するけどな」


「ええ、するだけすればいいわ。けれど、最後にはアタシが訪れるのよ。もう二度と世界は目を覚まさないわ。暗い朝を思い出さない……もう、苦しまずにすむのよ……」


 彼女がそう続けた瞬間、レグルの喉元に白い輪が現れた。テラロッサと同じ……ワールドボスを制御する光の輪だ。テラロッサと同じそれに喉を捉えられたレグルは、苦悶の声を漏らす――なんてことはなかった。


「邪魔」


 レグルは右手に真っ黒な煙……いや、雷?とにかく不定形の何かを生み出し、光の輪を握りつぶした。その途端に光の輪は弾けて消えてしまった。おいおい、制御出来てないぞ。


「そんな簡単に壊せるのか……」


「ええ、アタシはね。アイツとスピカは無理よ。相性が悪いもの。アイゲウスは当然として、アドニスも……いえ、アイツはどうかしら」


 なんだかとてつもない情報が漏れてる気がする。途端に光の輪が再生したが、その瞬間に不機嫌そうなレグルに握りつぶされていた。はあ、と小さく息を漏らしたレグルは赤い瞳をこちらに向けた。


「とにかく、アタシは世界を終わらせる。だから精々足掻くのね……アタシが、全てを終わらせるまでに」


「おう、楽しみに待ってるわ」


「……はあ、調子が狂うわね。いい?次会った時は敵同士よ?アタシの本性は知ってるでしょう?」


「……まあな」


 レグルはそこそこいいやつだが、やはり根っこの部分がサイコだ。楽しそうにオモチャを壊すと言っている部分に嘘はなかった。殺すことに一切躊躇はないし、快楽すら見いだしているのだ。しかし、それすらもどこか優しさを感じる。どうしてだろうか?何か理由があるような……。


 少し考え込んでいると、レグルが左手を何もない砂漠へと向けた。どうした?と聞く前にその先の砂漠が爆発し、凄まじい勢いで何かがこちらに近づいてきた。それはキラリと煌めいて、俺の目の前で止まる。

 ……これは……っ!?


「銀の髪留め!?」


「質問のお礼よ。私は誠実な女なの」


「……助かる」


 空に浮かぶそれを握りしめて、深く腰を折ると、ふん、とレグルは鼻を鳴らした。


「どうせ探してるものはまだあるみたいだし、見つからなくて萎えて帰られたらたまらないわ」


「……優しいんだか怖いんだか……いやまあ、優しいか」


「……はあ、本当に調子が狂うわ」


 レグルはパチン、と指を鳴らした。その瞬間、彼女の姿が掻き消える。それと同時に俺の背後から声が聞こえた。


「アタシはもう帰るわ。帰りくらいは自分で歩きなさい」


「……本当に、ありがとう」


「……ふん」


 黒の巨城をバックにした彼女はまたもや指を鳴らして、恐らく城の中に消えてしまった。取り残された俺は何て言っていいのかよくわからず、取り敢えずこう呟いた。


「……お休みなさい」 


 何処かでまた鼻を鳴らす音が聞こえた……ような気がした。

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