第91話 白い砂漠にて

 最後に一悶着あったが、俺達は無事に墓地へとたどり着いた。そう簡単に帰れるとは思っていなかったが、ここまで重労働だとは思わなかった。

 ちなみに、メラルテンバルから落ちてしまったシエラは敵が全員倒されるのと同時にブリンクでメラルテンバルの背中に舞い戻っていたらしい。それと殆ど時を同じくして俺が落ちたから、誰も気付かなかったようだ。


 そんなこんなで墓地へとたどり着いた俺たちを迎えてくれたのは動物や戦士、剣闘士達の霊とオルゲス達だった。メラルテンバルから降り、小さく彼に礼を言ってオルゲス達の元へと向かう。


「おお、ライチ達よ。よくぞ全員不滅の元から帰ってきたな。我は嬉しいぞ!」


「かの者の機嫌を損ねれば誰も帰っては来れぬからな。よくぞ舞い戻った」


 オルゲスの言葉に、レオニダスが賛同した。確かにテラロッサが見せた能力の片鱗は、少なくとも俺を理解不能の嵐に追い込むだけの力があった。割れたワイングラスと傷ついた手が、次の瞬間には何事も無かったように巻き戻っている。それも、時間が戻ったのではなくグラスと手だけ治っていた。

 あれは一体なんだったのだろう。


 テラロッサの能力に疑問を持っていると、ロードの変化に目敏く気がついたメルトリアスがうん?と声を上げた。それに対して、ロードは隠すように被っていたフードを更に深く被った。ロードは途中で泣き止んでくれたが、落ち着いた途端、自分はなんとはしたないことを、と恥ずかしさに見舞われたらしい。本来は恥ずかしいと思わなくても良いことだろうが、彼女にとっては泣き顔を隠すに値する程だったようだ。


 とはいえ、フードを被っていても変化に気がつくメルトリアスの観察眼には恐れ入る。彼が気付かなくてもメラルテンバルがいれば確実に看破するだろうが、良く気がつけたものだ。


「何かありましたか?ロード様」


「い、いえ……えーと、その……」


『まあまあ、その辺のあらましを含めて僕が説明しよう』


 困るロードに助け船を出すようにメラルテンバルが説明を請け負ってくれた。しかし、最後の方にはニヨニヨとした笑いを俺に向けていたので、少し……いや大分不安になった。


 メラルテンバルが委細細かくテラロッサとの邂逅、会話、加護について、自分達はついていけないことを話した。途中のリエゾンの話に関しては濁した言葉を使ったが、オルゲス達は察したのか流していた。そして、ワイバーンに襲われていた最後に差し掛かると、全員の活躍……取り分けコスタの槍さばきについて語り、レオニダスにほぅ、と言わせていた。

 シエラの落下に続いてリエゾンを庇った俺の落下が伝えられると、三人は口々にあー、と声を上げた。


「成る程……これは鍛練が必要なようだな。ワイバーン程度の体当たりでは相手が逆に砕けるほど鍛えねばなるまい」


「まだまだ青い。気を付けるのだぞ?ライチ殿程伸び代のある盾使いを亡くすことは世界の損失だ」


「まあ、最悪の事態というのは予測していないから来るわけだしな……これから反省すればいいさ」


「すまない……猛省するよ」


 それぞれの言葉にトゲや咎める様子はない。純粋に俺を心配してくれているのを感じる。俺は恵まれているなぁ、と改めて思った。三人の言葉に、ロードは隣でフードを被ったまま、本当ですからね、と唇を尖らせていた。

 ごめん、と謝りながらロードの頭を撫でると、彼女は安心したような吐息を吐いたが、ハッとして言った。


「……撫でれば解決すると思ってませんか?」


「いや、癖でつい……」


「……ならいいです。続けてください」


「わかった」


「えぇ?続けるのね……なんなのこの二人」


 流石に俺も良いのかよと思ったが、損するわけではないので撫で回す。後ろからカルナの心底畏怖するような声が聞こえ、目の前のメルトリアスはこちらに背中を向けて虹色の何かエクトプラズムを吐き出していた。汚い。

 メラルテンバルは口笛を吹こうとして吹けないことに気がつき、同じく吹けない筈のコスタにコツを聞いている。シエラはこちらをキラキラした目で見つめているし、オルゲスは笑いながら隣のレオニダスの背中を叩き、レオニダスは痛そうな顔をしながら微笑んでいた。


 ロードの頭を撫でるだけでカルナ、コスタ、メラルテンバルを三枚抜きできるという凄まじい破壊力を実感した。左手を動かすだけでこんなに混沌とした状況を生み出せるのか。ちらりとリエゾンの方を見つめてみれば、空気を読んでくれたのかそっぽを向いてくれている。その顔は確かに満足そうなので、どこか俺まで嬉しくなった。

 何かしら彼が顔に感情を乗せるときは『怒り』や『憎悪』、『敵意』が浮かぶことが多かった。それが、満足感という正の感情を見せてくれるというのは、俺にとって嬉しい出来事なのだ。


 暫くして、シエラが今の時間に気がつく。


「あ、もうすぐ2時過ぎだ……2時!?」


「ヤバイな、お昼摂ってない」


「……お昼を摂ってからリエゾンと一緒に砂漠に行くということでいいんじゃないかしら?」


 カルナの言葉はもっともだ。連続ダイブ時間がもうそろそろ六時間を越そうとしている。六時間もVRゲーをぶっ続けでプレイすればリアルの体は飢えや渇きに悩まされているだろう。一応危険なレベルに到達しそうになる前にシステムが警告を出し、それでも続けると強制終了を受けることになる。

 とにかく休憩の意味を含めてお昼を食べよう。カルナがロード達に最後の休憩を、と言ってくれたので、ゆっくりとログアウトした。


【ログアウトします】

【……お疲れ様でした】


 ―――――――


 目覚めると、やはり空腹や渇きが凄まじい。速攻でリビングに降りると、冷蔵庫の中を漁って適当な食品を取り出し、料理を始めた。途中に水を飲むことも忘れない。料理というのは慣れてしまえばハードルはそれほど高くなく、簡単なものなのだが……それを晴人に言うと女子力がどうとかいろいろ言ってくる。馬鹿め、俺の料理力はVR料理ゲー『ブレイジングキッチン―マックスヒート―』で養ったのだ。


 真下が溶岩というクソキッチンで跳び跳ねる溶岩や、火炎放射器を華麗に避けるにその熱を利用して料理をしなければならない。現在のキッチンの設備に感謝するゲームだった。最終フロアはいよいよ弓兵だとか剣士とかが出てきてカオスだった。未だに俺はあそこをクリアできていない。


「料理作るだけで一苦労なのに、更に味までランク付けされるとかクソゲーだわ……」


 スパイスの具合、熱の通り具合、その他見た目など八ヶ所のランクによって最終ランクが決定され、上から三番目である『B』を取らないとクリアにならないのだ。

 本当に、ブレイジングキッチンをプレイしたやつならキッチンに立ってつまみを回すだけで火が出ることに泣き出すレベルだ。料理などハードルが低すぎる。


 そんなこんなで食事を摂った俺は速攻で自室へと走り込み、もう一度VR世界へとダイブした。



 ――――――



【Variant rhetoricにログインします】


 戻った俺を待っていたのは、リエゾンを含めたカルナ達だった。早めに済ませたつもりが、かなり時間がかかっていたらしい。これでは時間の評価が『C』になってしま……おっと、ゲームが違うな。


「お前ら早いな……」


「速攻で食べてきたよー!」


「俺は冷蔵庫から出して作る段階からだから、時間がかかってな」


 俺の言葉にシエラがおぉ、と声を上げた。コスタが何やらため息を吐いている。


「シエラは料理が壊滅的なので、いつもコンビニ弁当なんですよ。……たまに温かいご飯が食べたいと呼び出される俺の身にもなってほしいというか……」


「えへへー、私が料理するとキッチンが消し炭になるよー」


「真面目にそれはブレイジングキッチンをやるべきだな」


 炎の偉大さに目覚めろ。日常生活で見るだけで崇めたくなるぞ。俺が料理をしていたということを聞いて、カルナはそれほど驚いていなかった。彼女の中では意外ではなかったらしい。


「何でもそつなくこなしそうだものね、ライチは」


「褒められてるんだよな……?」


「勿論よ。……そういえば、ポイントショップに料理キットがあった気がするわ。腕に自信があるなら、取ってロードに何かご馳走してあげたらどうかしら?」


「胃袋から掴むわけですね」


「そのときは私も食べる!し、審査委員だから……」


 自信はあるから取ってみようか……どの程度のことが出来るかによるけど。一連の会話を聞いていたリエゾンがどこか懐かしい顔をしていた。もしかしたら、リアンに振るってもらった料理があったのかもしれない。

 彼は暫く昔を懐かしむと、俺達に向き直って声を掛けた。


「……そろそろ、行くぞ」


「オッケー」


「分かったわ」


「全力を尽くします」


「分かった」


 各々が返事をして、北門へと向かうリエゾンの背中を追いかけた。途中に様々な霊達やロード、メラルテンバル達に見送られ、俺達は北門の前へと立った。固く閉ざされた扉の向こうには、あまねくすべてを破滅させる虚無と暴虐の砂漠が広がっている。


 そして、その中でも咲き誇る……リエゾンとリアンを繋ぐ思い出の華が咲いている筈だ。ごくり、と唾を飲み込んで北門が開かれるのを待った。こちらには砂漠があるので、常に開門はしていないのだ。暫くすると錆びた鉄の音が響き、ダンジョンの頃を彷彿とさせるように、ゆっくりと扉が開かれた。……出来れば簡単に見つかってくれると嬉しいな、と俺は小さく思った。

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