第63話 四面楚歌、獅子奮迅。

 真後ろから聞こえてくるRTAとカルナの戦闘音は爆発音と空気を割るような音が連続して響いており、恐らく凄まじい物となっているのだろう。

 それを鼓膜で感じながら、目の前の晴人に集中する。俺の回りは既に幾人ものプレイヤーに取り囲まれ、ちらりと晴人の後ろを見てみれば何人かの魔法使いがこちらをきつく睨んでいる。


 あぁ、そうだよな。手加減なんかしてくれないよな。一対一でやり合おうなんて、そんな生温いことを考えてはくれないか。当たり前だろうな。周りにたっているプレイヤーの一人一人に勝ちたいという意志がある。活躍したいという野心がある。むしろボーッとつったってもらったほうが違和感があるな。

 決して、俺を生きては帰さない気か。


 むしろ第一線のやつらが俺みたいな一般人に最大レベルの警戒をしてくれていることに喜びすら覚えるよ。これだけの有利にあっても、これほどまでに警戒してくれるなんて。

 ならば、見せつけてやるよ。網膜に焼き付けてやる。二度と忘れられないように、口を開けば俺の生きざまがさらりと溢れるように――俺の全てで、俺の全てを刻み込んでやる。


 どうにも晴人はタイマンを望んでいたらしいが、メンバーの行動を縛るような権限は奴には無いのだろう。ゆっくりと晴人が口を開いた。


「大人数で掛かって行くが……まさか卑怯だなんて言わないよな?」


「言うわけ無いだろ。元々魔物ってのはパーティー組んで人間襲うような生き物じゃないしな。不利なのは慣れてるよ」


 正面から全てを掛けて戦って、その結果がこれだというのなら、俺はそれらを受け入れよう。……受け入れた上で――もがくのだ。


「……俺は多分、やられるだろう。正直、十数人近くに狙われて、挙げ句の果てにお前が居るんじゃどうしようもないからな」


「……」


 周りに囲んでいたプレイヤーと、後衛から俺を狙っていたプレイヤーがピクリと反応した。流石に、これを覆せるとは思っちゃいないさ。だが、絶対にただでは終わらない。

 慣れぬ形に表情筋を動かす。どうせ誰にも見えぬ笑みを鎧の中で浮かべた。最高の敵意と、悪意を握りしめて。


「だが、俺はただじゃあ死なねえ。そう易々と、俺を摘み取れると思うなよ……『四重捕捉クワトロロック』『吸収ドレイン』、『並列捕捉セカンドリンク』『沈黙サイレンス』」


 先手は頂く。ここまで不利なのだから、予告なしで状態異常を撒き散らしても文句は無いだろう。後衛に沈黙を撃ち込んで魔法や状態異常解除を遅延させ、晴人を含めた付近のプレイヤーに吸収をかける。

 さあ、ここから先は俺の独壇場だ。俺が舞台を降りるまで……せいぜい食い入って見つめてくれよ。


「『ガイアブレイド』!」


「『ウィングストライプ』」


「『クロスファイヤ』」


「『クラリスブロー』!」


「『アンビバレント』」


「『サークルノヴァ』!」


「……『ディフェンススタンス』『シールドバトラー』『硬化』」


 慌てた様にこちらにスキルを撃ち込んでくるプレイヤーを冷静に見つめて、各種バフを掛ける。前、横、後ろ。全ての方角から攻撃が襲いかかってくる。それぞれが重ならないように放たれている事に感心しながら、急所に集中して攻撃を耐える。

 喉元を狙った打撃は首を振って回避し、肩を狙った刺突は甘んじて受け止める。胴体を狙った斬撃を盾で受け止め、腰元に放たれた飛来する斬撃をそのまま耐える。


 籠手で弾き、体を捻り、それでも受けきれない攻撃がしっかりと俺の鎧に痕を残す。背中を斬られ、膝裏を蹴り飛ばされ、肩に弓矢を受けた。一瞬で千近い体力が半分を割るが、二秒もすれば一瞬で全快した。

 物理は半減で、魔法は沈黙で潰す。吸収と自動回復を織り混ぜた俺のHPは実質無限大。


 俺の見えぬ所で、誰かが驚きに息を飲んだ音が聞こえた。


「どうした? こんなもんかよ。こんなにプレイヤーが集まって、タンクの一人も落とせないのか?」


 挑発と共にまた状態異常をそこら中に撒き散らす。こうなったらとことん暴れてやるさ。途端に周りから剣だの棍棒だのが振られるが、それらを一つ一つ受け流し、隙が有れば魔法も撃ち込む。MAGにも振っている俺の魔法を正面から受ければ、タンクでもない限りヒーラーの世話になるに違いない。


 大勢のプレイヤーに取り囲まれ、睨まれ、武器を振るわれる。そのど真ん中でたった一人――盾だけを両手に戦場を圧倒していた。切り刻まれても止まらない。弓で射ぬこうが膝すらつかない。ひたすらに、舞うように盾を操った。時折飛び込む魔法をランパートに吸わせて、お返しとばかりにダークボールを撃ち込んで後衛を混乱させた。

 どれだけ傷つけられようと、死ぬまでここを譲る気は無い。


 睡眠、猛毒、盲目、麻痺、石化、衰弱、呪い、毒、吸収、沈黙。

 手加減なんて一切なしに、堰を切ったように呪いを吐き出す。一つ放つごとに俺の体に傷がつけられ、何人かのプレイヤーが膝をつく。HPを削ってMPに変換し、MPを削ってHPに変換する。


「くそっ! また石化だ!」


「あいつの体力は無限かよ! どんだけ斬っても死なねえぞ!?」


「『クリア』……MPがそろそろ足りないわ!」


「囲んでるだけじゃだめだ! うまくタイミングを合わせ……て……」


「パズズさんが睡眠食らっちまった! カバーする!」


「っがぁぁ!!」


「何だあの馬鹿げた威力の闇魔法!? ちゃんとマジックバリアついてただろ!?」


「合わせろ!」


 何度も、何度も、何度も状態異常を撃ち込む。途中に何人かをリスポーンさせて、油断したところに魔法が飛んできて大ダメージを負った。歯を食いしばって回復を待っていると、ここが正念場だとでも言わんばかりに、一気に攻撃が激しくなった。どれだけ防いでも、技巧を凝らしても守りきれない。

 ついには自動回復よりもダメージが上回り始め、後衛から飛んできた雷魔法でついに俺のHPが空になった。


 身体中から煙を吹き、銀の鎧をズタボロにして、ゆっくりと地面に膝をついて頭を垂れる。だらり、と盾を持つ両腕が弛緩し、両膝から力が抜けてしまった。

 完全にくたばってしまったような俺の様子に、人間プレイヤー達が一斉にガッツポーズをした。既にてんどんやその他の面子は打ち倒され、今ではカルナだけがRTAとタイマンで切り結んでいる。


「っしゃぁ!!」


「ぃょっしゃぁぁぁぁ!!!」


「やったぁ!!」


「あぶねぇ……」


「化け物過ぎんだろ……何だよあの超回復……ボスに回復持たせちゃだめだろ」


「マジで……このゲームで一番苦戦した……」 


「もう二度と戦いたくないよ……」


「はぁぁ……もう立てない……無理ぃ」


「……みんな、お疲れ様」


 プレイヤーは全員、俺を倒したと思っている。HPは削りきったと、そう思っている。完全に油断している。唯一晴人だけが違和感を覚えているようで浮かない顔だが、こちらに背を向けていた。

 かのナポレオンは言った。『最も大きな危険は、勝利の瞬間にある』と。震える体で、揺れる視界で、呪詛を紡ぐ。


 ――何を勝ったつもりでいるんだか。


 ――獅子が首を取られた程度で死ぬと思っているのか?


 ――俺がこの程度で終わりだと馬鹿にしているのか?


 ――俺の本気は、覚悟は……これからだ。


「……『四重捕捉クワトロロック』『強酸アシッド』、『並列捕捉セカンドリンク』『四重捕捉クワトロロック』『吸収ドレイン』」


 四つの酸の塊が弧を描いてプレイヤーにぶち当たり、防具ごとその体を蝕む。驚きに固まるプレイヤー達に当たった吸収によって、俺は本来の回復力を取り戻した。八秒も経たない内に俺の体力は全快し、あっという間にゼロ・ゲームだ。


「は?え? 嘘だろ?」


「うぁぁぁぁ!!回復!装備がぁ!」


「くそ! 足元に酸が残ってやがる! 踏むなよ!」


「ま、またやり直しかよ……」


「第二形態とか本当に勘弁してくれって……」


 どうせやられるのなら……最後まで足掻いて足掻いて、もがいてもがいて、死んだその先からでも戻ってきてやろう。何、悪役というのは往々にして悪運が強いものだ。一度の復活くらいはよくあるだろう。

 ズタボロの鎧で立ち上がって、凹みが見える盾を構え、僅かに焦げた兜の奥底からプレイヤーを見つめる。それこそ、地獄の使者のように。


「俺は何度でも蘇るが……まさか、卑怯だなんて言わないよな」


「……勿論、言わないとも」


 最初の言葉を返すように言い放つと、何処からか晴人が言葉を返した。それを合図に、俺を中心にまたもや戦場が展開された。

 しかし、今回は流石に疲労している俺の動きが悪い。足元に酸を撒いて動きを制限するのは素晴らしい案だが、それでもプレイヤーは止まらない。俺が止まらないのと同じように、彼らも勝利を求めて止まらない。


 必死に足掻くが、二度見た手はそう易々と通用しない。ならばせめて、と闇魔法を乱射して、一人でも多く倒すことに専念する。

 一人、二人、三人抜き……リスポーンエリアに帰ってろ。

 何とか相手の数を減らすが……やはり、多勢に無勢。すぐに俺の体力は三割を切った。


 そこで、俺の中の時間が走馬灯を見るように引き伸ばされる。


 ――よくやったよな、俺は。


 俺が、俺自身に語りかけてくる。


 ――ああ、勿論だ。上々だよ。少なくとも十人は一人でやった。


 ――ここが潮時だな。コアは多少傷つくが……まあ、しょうがないだろう。


 確かに、満足だ。ここまで派手に暴れられれば、この場の誰もが魔物プレイヤーを忘れられなくなるだろう。でも……それでも、俺には心残りがあるんだ。


 ――ああ、知っているよ。何が心残りなのか、何をどうしたいのか。


 ――晴人だ。


 奴とは高校一年からの付き合いだ。長くもなく、短くもない。今も現在進行形で俺の体を切り裂こうとしている。この向きは……袈裟に切るつもりか。しかも、手を抜いてるのか油断してるのか、素直な軌道だ。

 けれど、これをどうしても、結局奴には魔法が効かない。こちらからの攻撃は一切不可能だ。更に言えば状態異常も効かないから『円環の主』も使えないし、使っても意味がないだろう。こいつはAGI型だろうしな。だからこそ、こんなに無防備な剣筋を晒しているのだろう。


 結局、いつもそうだ。常に才能という壁が俺と晴人の間にはある。


 ――でももし……凡人の発想で、それを越えられたのなら。


 こんな俺でも、こいつを倒せるのなら。もしも、そんな不可能が起こるとしたら……それは――今だけだ。

 英雄は死なない。死ぬべき時まで何がどうあろうとも足掻いて生き延びる。あるいは天が味方をする。どう工夫しても俺では手が届かない。……実力では。


 発想なら、リソース量ならどうだ。俺が圧倒的だ。俺にはきっちりと積み上げてきた『今』がある。なら、出来ないことは無いはずだ。考えろ、考えろ、考えろ。一秒を千で割ったような時間の隙間で考えろ。思い返せ、俺の持てる全ての手を思い出せ。


 魔法、呪術、物理、円環の主、禁忌魔法……禁忌魔法?


 いいや、待て。あったじゃないか。今まで一度として使ってこなかった技が。魔法の理から外れた最悪の外法の中に、確かにあったじゃないか。


 道筋を組み立てろ。失敗は許されない。深く息を吸って、現実世界に舞い戻る。俺に迫るのは数多の魔法と武器。万が一にでもそれらを全て受けてしまったら、たどり着くのは死だろう。

 だが、それでもいい。どうせ一度死んだ命だ。最後の最後で、華々しく輝ければ……何も悔いなど無い。


 ――俺の死力で、あのにやけ面を焦らせてやる。


 迫りくる幾十の攻撃を無視して、晴人の斬撃だけに集中する。ああ、神よ。俺はあんたに祈りなんて捧げたことは一度だって無いけれど、もしもこんな俺を見ていてくれているのなら……その時は、今だけで良い。たった今だけ、俺に力を貸してくれ。

 ゆっくりと俺の喉元に迫る黒い剣を――銀の盾で正確に弾く。


「っそだろお前ッ!?」


 ――ハードパリィ。


 俺には到底出来そうにないと思われていたそれは、鉄を擦り合わせるようなけたたましい音とともに成功してしまった。俺共々、晴人が黒い瞳を大きく開く。

 晴人が驚きのあまり焦った表情をして声を荒らげた。今まで見たことがないほど、その体が大きくぐらついて、空に踊る。

 完全に死に体と化した晴人に合わせて、俺の最後の魔法をうち放つ。


「『等価交換ライスエクスマキナ』……」


 どうせなら、とMPをほぼすべてHPに置換した。さあ……いつものにやけた顔共々、ぶっ飛ばしてやるよ。


「『犠牲の門サクリファイスゲート』ッ!」


犠牲の門サクリファイスゲート

任意のHPを消費して、相手に消費HPの三倍のダメージを与える。


 使うHPは勿論四桁近いHP全部。どちらにせよくたばるのだ。最後に盛大な花火を打ち上げてやろうじゃないか。とくと食らえよ、合計三千ダメージ!

 魔法を発動させた途端に、全身から力が抜けて、ガラスが割れるような音が響いた。それと共に晴人の真上に巨大な人の頭蓋骨が現れて、真っ白な顎を限界まで開く。それを見た晴人は、俺の作戦に完全にはまってしまった事に気がついたのか、俺に向けて困ったような笑顔を向けた。


「おいおい……」


 諦めるように笑いながら呟かれた晴人の言葉を引き金に、真っ暗な骸の口内が赤く光った。瞬間、有無を言わせぬ深紅の光線が頭蓋骨から放たれ、晴人の体を正面から撃ち抜く。鮮やかにダメージエフェクトが大輪を咲かせた。


「黒剣士!?」


「嘘だろ!?」


「回復は!」


 慌てふためき晴人の無事を確認するプレイヤー達を尻目に、俺もゆっくりと膝をつき、地面に倒れこんだ。体が怠いし、猛烈に眠い。立ち上がる気力どころか、立つことを考えることすら無理だ。まあ、これから死ぬんだし、寝たままでいいか。

 深い眠りに落ちる前に心を満たす感情はただひとつ――満足感だけだ。


 完全に真っ正面から潰してやった。久しぶりに……あいつの驚いた顔と諦めた顔をセットで拝めたぜ。

 ……あぁ、最高だ。


 はは、と小さく笑って、俺の思考は黒く掻き消えた。

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