第41話 遍く死者の憩う場所

 少しの間メラルテンバルは泣いていたが、暫くすると落ち着いたのか、ゆっくりとロードから体を離した。涙で濡れた竜の顔は、心なしか朱が差している様にも見える。

 散々泣き終わってから、回りに見られたこの状況に気づいて、羞恥を覚えたのか? だとしたら中々人間臭いというか、可愛いところもあるんだな。


 落ち着いた様子のメラルテンバルに安心したのか、回りの動物たちはゆっくりとこの場に背を向けて散開し始めた。烏は林檎の実を啄み、犬はお互いにじゃれあい、鷹は林檎の枝の上で羽を掃除している。飛竜は気持ち良さそうに空を旋回し、軍馬は己の主の気配を感じて戦士方面へと走りだした。蛇は自らの墓に凭れかかったり、日向でとぐろを巻いて日光浴を楽しみ、狼は遊び相手を求めて剣闘士方面へとおもむいている。


 一言で形容するなら微笑ましい。そんな光景が広がっていた。ガーベラの花の上に乗った銀の粒子に鼻を近づけてくしゃみをする犬や、つがいと身を寄せ合う鷹。自然と微笑みが生まれる。きっと少し前まで当たり前であった景色は、瞬く間に俺の心を潤した。


「メラルテンバル! 久しいな!」


『う、この声と腕は……オルゲス』


「何故微妙に嫌そうなのだ!」


「恐らく絡み方が良くないのではないか?」


「いや、レオニダス。友情とは多くのふれあいから生まれる物だぞ」


「……むう」

 

『はぁ……』


「多分そういうところじゃないですか?」


 んふふ、とロードが笑う。アメリカンな再会を果たしたオルゲスはメラルテンバルの太い首にヘッドロックをかけて笑っていた。力は殆んど籠っていないのか、メラルテンバルに苦しそうな様子は見られないが、青い瞳は薄い抵抗を感じさせていた。

 いつも通り冷静に分析して助言を下したレオニダスの言葉は一瞬で打ち砕かれ、レオニダスは本当に珍しく頭を抱えている。


 だが、メラルテンバルも実は満更でもなさそうだ。やれやれ、といった様子だが、首に掛けられた腕を外す気が全く無いのがその証拠だろう。オルゲスの腕の先はぶらんと脱力しており、はずそうと思えば直ぐに外せるのだ。

 つまり結論を言うと、メラルテンバルはやれやれと思いながらも付き合っちゃうタイプのツンデレだな。やはりとてつもなく人間臭い。


 と、メラルテンバルの分析はここまでとして、ささっと会話に混じるとしよう。柔らかい草を踏みしめて前に出る。途端にメラルテンバルの視線が俺に向いた。


「メラルテンバル……でいいよな? 俺はライチだ。よろしく頼む」


『君がライチか。そうだよ、僕は白竜メラルテンバル。月紅の時は本当にすまなかったね』


 申し訳なさそうに頭を下げるメラルテンバルに、気にしなくて良い、と言った。月紅の時の記憶は一応残っているのか、とあまり使わないような知識を得た。次に何を話そうかと思案していると、オルゲスが大きく笑いながら喋り始めた。


「メラルテンバル、ライチは素晴らしかっただろう? 竜を相手に一歩も引かぬ胆力、勝負を拮抗させる地力……技術の方はまだ甘さと青さが見えるが、それはそれで伸び代だ」


「ちょ、何言ってんだオルゲス」


 曲がりなりにも本人の目の前で暴走していた時の話をするとは。オルゲス自身は、え? もう過ぎたことだろ? 的な顔をしているが、メラルテンバルにとっては絶望に身をうちひしがれていた時の記憶だ。そう簡単に呼び覚まして気持ちの良いものではないだろう。

 恐る恐るメラルテンバルを覗き見ると、彼ないし彼女はうーん、となにやら思案していた。


『確かにすごかったね。体当たりを真っ正面から受けたり、ブレスを掻き消してきたり。ほとんどの攻撃が通用しなかったから驚いたよ。ブレスは流石に受けきれないみたいだけど』


「あれを身一つで受けきれたら、それはそれで問題であろう」


「ロード殿の魔法に近しい物であるしな」


「一応褒められているんですよね?」


「多分べた褒めだと思うぞ、ロード」


 まあ、ロードの魔法とブレスがぶつかったら間違いなくロードの方に軍配が上がるだろうが。寧ろブレスを貫いてメラルテンバルを撃ち抜くまである。弱体化されてこれだから、ロードの潜在能力は凄まじい。当人は自分が弱いと卑下しているが、魔法を撃つだけで大抵の敵が消し飛ぶのだ。

 不安げにこちらを見上げるロードに、自信をもて、とアドバイスしておいた。


「自信……ですか」


「自信は堂々としていれば胸の奥底から出てくるものだ。ロード殿も堂々としていれば湧いてくるであろう」


『うーん、自信を付けるには練習を繰り返すのが一番だと思うけど……しっかりと積み上げた数字がロード様を後押ししてくれるかと』


「自信など要らぬ。必要なのは意地と勇気だ。自信は自らを傷つけかねない。慢心して死ぬ戦士など星の数ほど居る。故に、ロード殿はきっとそのままでも大丈夫であろう」


「成る程、レオニダスは良いことを言うな」


「ははは! 英雄レオニダスが言うならばそうに違いない!」


『いたたた! ちょっとオルゲス! ついでに僕の肩を叩くの止めてよ』


 ヤバい、楽しい。正直彼らと会話しているだけで数時間潰せそうなのが凄い。本格的にAIの性能が極まりすぎて怖くなってきた。それから少しの間駄弁っていても、会話に一切違和感を感じない。マジで凄いなこのゲーム……。


『そういえば、ロード様。メルトリアスはどうするのですか?』


 思い出したようなメラルテンバルの言葉で、漸く俺たちはメルトリアスの事を思い出した。メラルテンバルの解放で気が緩みすぎて、完全に目標を喪失していたのだ。

 だがそれも、仕方の無いことだと思う。月紅によってバラバラになった彼らが漸く一つになろうとしているのだ。ロードは漸く墓守として大きな立場に登る覚悟が出来たのだ。ならば彼らが集まって、会話のひとつや二つ発生しない方が可笑しい。せっかく再開したそのつぎの瞬間に無言でメルトリアスを助けに行こうとするとか、正直ギャグだろう。


 そういうところを含めて考えられていて、やはりVRはとてつもない。


 メルトリアスの事を思い出したロードと俺達は目配せをしあった。


「メラルテンバルさん。僕たちは勿論メルトリアスさんも助けるつもりです」


『そうですか。では、僕もついていって宜しいでしょうか』


「えーと、大丈夫だと思います」


「うむ、メラルテンバルはメルトリアスと仲が良かったからな! 積もる話もあるだろう!」


『ちょ、誰と誰が仲が良いって!? どちらかと言えば僕よりレオニダスの方が仲が良いでしょ?』


「確かにメルトリアスと我との関係性は悪くはないが、メラルテンバルのそれとは少しばかり方向性が違うな」


「つまり……?」


「メラルテンバルさんとメルトリアスさんは昔からとっても仲が良いんですよ」


 成る程。ロードの言葉に頷くと、メラルテンバルは四面楚歌な自分の様子にすっとんきょうな声を上げた。あ、レオニダスが口許を抑えてる。純粋に笑いを堪えられなくなっている……レアだ。


「ふふ……さて、そろそろ移動をするとしようか。このままでは日が暮れてしまう」


『レオニダス! 君、笑ってないで弁護してくれよ!』


「さて、なんの事やら」


 仰々しく咳き込んで背を向けたレオニダスにメラルテンバルはそれはないだろう!?と叫んだ。さて、そろそろ本当に移動しようか、と全員が準備し始めたとき、全く予想外の声が明後日の方角からかかった。


「ちょっと! あなたたち、私を置いてささっと話を進めるなんて信じられないわ!」


 声の主は見ずともわかる。一応形だけ振り返ってその顔を確認すると、やはりと言ったところかカルナだった。本人にそれを言った場合中々に怒りそうだ。息を切らしながらこちらに走ってくるマッドネスに、メラルテンバルが若干警戒した様子を見せた。


「メラルテンバルさん、警戒しなくても大丈夫です」


『ロード様がそう言うのであれば』


 メラルテンバルは警戒を解いてカルナを見つめた。漸くこちらにたどり着いたカルナは肩で息をしていたので、俺がカルナの代わりに軽く自己紹介をする。


「メラルテンバル、こちらがメルトリアスをレオニダスと一緒に倒したカルナだ。カルナ、こちらが俺とオルゲスで倒した白竜のメラルテンバルだ」


『紹介の通り、メラルテンバルだ。よろしく頼むよカルナ』


「よろしくお願いするわ、メラルテンバル」


 頭を下ろして一礼するメラルテンバルに対して、カルナも丁寧に頭を下げた。自己紹介が終わると、カルナは俺に向かって小言を言った。


「ログインした瞬間にドラゴンの咆哮が聞こえて焦ったわ。飛び起きてみれば、周りの戦士たちはのほほんとしているし……まあ、私が遅くログインしたのが悪いのだけれど」


 想像してみると、とてつもなく恐ろしいシチュエーションだ。ドラゴンの咆哮で目覚めるとか、最悪の状況を想定しかねない。今も肩で息をするカルナは、本当に心配してあちこち走り回ったのだろう。


「はぁ……焦ったわ」


『何だかすまないね。心配をかけてしまったようで』


「いえ、何事も無いのならそれでいいわ」


 額の汗を拭うカルナに、次の予定であるメルトリアスの解放を伝えると、それならささっと行きましょう?と彼女らしい淡白な返答が返ってきた。レオニダスやロードも頷いているので、移動を開始しても大丈夫だろう。

 ゆっくりとロードを先頭に、右側を俺、左側をカルナ、後ろにオルゲスとレオニダス、メラルテンバルというガチガチの編成で最後のエリアへと向かう。


 向かう先に立ち込めるのは暗雲と霧。けれども、こちらに居るのは歴代最高の墓守とその他大勢の英雄たち。全くもって負ける気がしないのである。

 動物達がゆっくりと動き出した俺たちに、恐らく声援を送ってくれている。飛竜は編隊を組んで飛行し、狼と犬は遠吠えを一斉に放った。


「なんて言うか……無敵感半端ないな。俺一発でももろに魔法受けたら死ぬけど」


「流石に一発は無いでしょう? 耐性もあるでしょうし」


『ライチ、君を総合的に判断すると……まあ、打ち所が悪くなければそのまま受けても三発は持つよ。白竜である僕が保障しよう』


 逆に言えばレベル差が圧倒的で、精神体や魔法耐性、高いMAGDが合わさって3発しかもたないのか……恐るべし精神体系譜のモンスター。そもそもタンクをするための種族ではないから当たり前だろうが、あまりの豆腐かげんに戦慄が隠せない。


「物理ならほぼ敵無しで、魔法も盾で受ければ属性が軽減されて問題ないんだけど……」


「そうでなければ藁で出来た砦だな。火を着ければよく燃えるだろう」


「ら、ライチさんの盾は十分誰かを守れますよ! 僕が保障します!」


 ロードの援護射撃が心強いことこの上無い……。まあ、ステータスを振って進化すれば、きっと多少はマシになると信じたい。暫く仲良く駄弁りながら歩いてきたが、敵陣近くになると皆一様に戦意を滾らせ始めた。

 オルゲスは野性的な笑みを浮かべながら拳を打ち合わせ、メラルテンバルは首の骨を鳴らして体を温めている。カルナはゆっくりと腕を回し、レオニダスは音の鳴るほど槍を強く握りしめた。


 それにならって俺も静かに盾を構えた。ロードが深呼吸をして、荒れた大地に一歩踏み出す。その瞬間、霧の向こうから何かの掠れた声が聞こえた。


「来るぞ!」


「『ディフェンススタンス』『カバー』」


「『レイジ』、『ブースト』」


 盾を構えてロードの前に出ると同時に、氷の塊が盾に当たって弾ける。それを合図に全員がロードの前に出て敵に突っ込む。

 敵は幽霊ゴースト骸骨魔法士リッチ悪霊レイス放浪炎ウィル・ウィスプ……正直俺一人だったらかなりまずい状況だったが、今ではそれほど恐ろしいとは思えない。


「ふん! ……やわい」


「カルナ殿! 先にリッチを叩け! 残ると面倒だ」


「わかってるわ……よっ!」


『もう一度お眠り……』


 リッチ方面はそもそも敵の数が少ない。レベルは高いが、流石に俺たちに比べれば低いと笑っても良い程度だ。一応バフをかけてロードの前に出たが、これは出番が要らなそうだな。


「うわぁ……えげつねぇ。俺要らねえな」


「そんなことは無いです。あう……無い……と言いたいですね」


 ロードが必死に俺の存在理由を考えてくれているが、正直ある程度差がついていれば、盾など要らない場合が殆んどだ。火力が高過ぎて敵が一撃で死ぬ上で数が少ないともなれば、そうそう俺の出番はない。

 むしろ、俺の出番があまりないほうが良いのだが、それはそれで複雑だ。


「盾役って悲しい性を背負ってるんだな……まあ、援護くらいは出来るか。『四重捕捉クワトロロック』『盲目ブラインド』」


 呪術や闇魔法が使えて良かった。視界を失った魔物が混乱している隙は問題なく穿たれ、あっという間に敵は殲滅された。周りに敵が居ないことをレオニダスとメラルテンバルがしっかりと確認して、俺達はまた歩き出した。


「メルトリアスは卑屈でひ弱だからな。我が鍛えてやらねば」


「奴が大汗を掻きながら腕立て伏せやうさぎ跳びをさせられていたのはお前が原因か」 


『メルトリアスが筋肉痛でレオニダスに泣きついてたね』


「あまりメルトリアスさんは運動が得意じゃないはずですけど……」


 何、男は筋肉よ。と言い放ったオルゲスに、メラルテンバルは呆れたように首を振った。おいカルナ、そうね物理よ、とか言って頷くな。


「敵陣真っ只中な筈なんだがなぁ」


 相変わらず昔の思い出に笑い始める彼らに苦笑いが浮かんだ。

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