第34話 朝焼けは夜明け前の昏さを知っているか?

「『四重捕捉クワトロロック』『盲目ブラインド』!」


 引け腰の魔物に向かって呪術を放つ。途端に動きの悪くなった魔物に剣闘士達が殺到した。戦場の様子は悪くない。五分五分どころか少し押している気配すらある。ロードの魔法は相変わらず縦横無尽に空を駆け回り、戦意に満ちた剣闘士達は霊体を震わせながら渾身の一撃を繰り出している。


 赤い月も、真紅の流星も、狂った魔物の群れも、全部を切り捨てて、夜を切り捨てる一撃だった。朝焼けに向かおうとする剣闘士達の咆哮が夜空に吸い込まれていく。負けじと俺も呪術、闇魔法を辺りに撒き散らし、ヘイトを吸って援護する。


 全力だ。剣闘士も、ロードも、オルゲスも、俺も。堪え切れない疲労に、膝を震わせながら、それでも彼らは進んでいく。朝に突き進んでいく。折り返した夜の、その先をひたすらに見据えている。


「まだまだぁ!『ダークアロー』、『ダークボール』、『四重捕捉クワトロロック』『ポイズン』!」


 大分数の減って来たワイバーンにダークアローをかまして叩き落とす。何処からか隙間を縫って骸骨の戦馬がこちらに突撃を仕掛けてきた。それをダークボールで消し炭にして、盾を構える。

 ……流石にここまでやるとMPが厳しい。ほぼ無尽蔵のHPから切り崩してMPを生み出し、いつのまにか荒くなっていた息を整える。


「『四重捕捉クワトロロック』『吸収ドレイン』、『四重捕捉クワトロロック』『吸収ドレイン』……こんなところか」


 減った分のリソースをありがたく周りの魔物を使って回収させていただく。格下なのに加えて、俺のMAGが高いので、魔物のHPバーは恐ろしい勢いで削れていき、たちまち枯れ果てた。それを横目に、フォートレスとヘイトアップを使って周りからヘイトを集める。


「上からワイバーン、下は蛇、前は馬と虎……」


 途端にこちらに走りこんでくる敵影を冷静に分析して、こちらの動きを考える。


「『ダークアロー』、『ランパート』、『ディフェンススタンス』『硬化』」


 ダークアローで地面の蛇を処理。空から来るブレスはランパートで防ぎつつ、前から来る馬の体当たりを盾で受け止める。その背後から、狙いすましたようなスカルシャープの体当たりが入るが、二重のバフと防具の硬さ、さらに言えば素のVITがあるので、全くダメージにならない。


「『血染めの一閃ブラッディスタブ』!」


 動きの止まった虎に、初めて血染めの一閃を使ってみる。若干のタイムラグの後、虚空から赤黒い剣が現れ、スカルシャープの体を袈裟に切り裂いた。回復量は30……まあ、所詮5パーセントだとこんなものなのか。

 ダメージで言えば300は入っている筈だ。ダークアローより威力が高く、ダークボールよりは低い。血染めの一閃の方が燃費が良いが単体しか狙えない、と。


 それでも回復の追加効果があるからどっこいどっこいだな。当初期待してただけの回復は見込めなさそうだが、そこそこ派手なエフェクトと、インスタントなダメージはそこそこ好みだ。


「『ダークアロー』、『ダークアロー』」


「ワイバーンは任せろ!」


 盾に全体重を押しかけて、質量で押し潰そうとしているスパルトスにダークアローを二発撃って沈めると、最後の相手であるワイバーンに向き直った。しかし、向き直った時には一人の剣闘士が俺のランパートを足場にして跳躍し、ワイバーンの体に組みついていた。

 彼は雄叫びをあげながらその体に手持ちの片手剣を突き立て、片翼をもぎ取ると、途端に墜落し始めるワイバーンから飛び降りた。


 地面に倒れ臥すワイバーンに、周りの剣闘士がとどめを刺す。それを満足げに見ていた剣闘士に近づいて、軽く礼の言葉を述べる。


「助かった。ありがとな」


「気にするな。敵はあちらこちらにいる。戦友を助けるのも戦いだ」


 剣を振って血を払った剣闘士は、朗らかに笑った。釣られて鎧の奥で笑顔を浮かべると、剣闘士は思い出したように宙に浮いたランパートを指差した。


「あの青白い透明な足場、中々使えるぞ。あれがいくつかあれば、それを足がかりに空の飛竜どもにとびかかれる。それに、盾にも安地にもなるしな」


「成る程……それは考えてなかったな」


「いくつも作れるなら、是非とも作ってくれ。俺たちも空の飛竜どもには煮え湯を飲まされてるんだ」


 憎々しげに緑のブレスを吐いては飛び回る飛竜を見つめた剣闘士は、最後にこちらに笑いかけて、また戦場に繰り出していった。


「ランパートにそんな使い道が……」


 ランパートは2×2メートルの青白いガラスのような盾を空中に貼るスキルだ。前後左右、多少離れた所でも、割と貼る場所には融通が利く。一回作れば、HPが消失する以外では、大体5分くらいは残っている筈だ。稀に俺のランパートを盾にして敵の攻撃を止めている剣闘士を見かけたことがあった。VITは俺参照なので、そう易々とは壊れない。


 透明で視界の邪魔にもならず、スキルキャストはフォートレスと一緒の1分。地面から浮かせて足場のように作れば、空への足がかりになる上、ブレスを防げる他、散々あちこちで暴れまわっているスパルトスの突進を避けることも出来るし、デスホークやゾンビレイヴンの啄ばみも防げる。果てには背の低いゾンビドッグやスカルシャークの心配が無いので、空に盾を構えていれば十分休める。


「よし、方向性は決まったな」


 先ほど通り戦いつつ、ランパートを順次戦場に追加していく。これで幾分か剣闘士達は空を見上げすぎて首を痛めることは少なくなるに違いない。

 そうと決まれば、動き出さねば。敵は数に漸く底が見えてきたほどに減っているが、まだまだ戦いは続く。時間を見れば残り45分との事だ。何やら腕を回して体を温め始めたオルゲスに嫌な予感を募らせつつも、ステータスを開いてHPとMPを確認する。


 よし、両方とも八割以上をキープしている。集団戦用に次のSPはMP自動回復と状態異常効果上昇に使おう、と軽く予定を立てて戦場に向き直った。前後左右、血湧き肉躍る乱戦が繰り広げられている。

 抵抗を続けるこちらに対して、魔物達もそう易々とは諦めてくれない。


 その間を縫って、空に透明な足場を組んでいく。今から全力で組んでも40枚近くしか貼れないが、それくらいあれば十分だろう。


「『四重捕捉クワトロロック』『盲目ブラインド』、『ランパート』……ブレス来るな」


 縦横無尽に動くには少しばかりAGIが足りないが、必死に足を回して戦場を駆け抜ける。出来るだけ拮抗している場所へ、苦戦している場所へ。夜はまだ終わらない。朝焼けにはまだ程遠い。


「『ランパート』……『ディフェンススタンス』」


 刻々と時間は過ぎていく。戦場は常に流動し続ける。剣闘士の雄叫びと、魔物の咆哮がぶつかり合う。赤い流星群をバックに銀の濁流が戦場を駆け巡った。

 盾を構えろ、足場を作れ、魔法を撃て。本格的に戦いが煮詰まってきた。気を抜けば敵の死骸に躓いて足元をすくわれる。


 自分の進んできた道を振り返れば、武器を掲げた剣闘士達が雄叫びを上げながらランパートを足場に跳躍しているのが見えた。下に入ってブレスを防ぎ、上に乗って突進を躱す。新たな要素に柔軟に対応してみせた剣闘士達は、瞬く間に戦場を変えていった。

 しかし、魔物もやられるばかりではない。しっかりと足場であるランパートを狙って攻撃している。生半可な攻撃で割れるほど柔なVITはしていないが、いくつもの攻撃を重ねて受ければさすがにタダでは済まない。


「『ダークボール』『血染めの一閃』……『フォートレス』」


 近くにいたスカルシャープの背中を切り裂いて、ヘイトをこちらに寄せる。途端に寄ってきたデスホークの急降下をしっかりと受け流して、戦場を俯瞰する。左翼右翼中央共に、何とか敵を抑え込んでいる。若干右翼が押され気味だが、許容範囲内だろう。


 剣闘士達の疲労はもはや隠せないものとなっており、歯を食いしばって剣を振るう彼らの表情は疲弊の一途を辿っている。とはいえ、敵も漸く数が減ってきたように思われる。スカルワイバーンのブレスも、もはや戦場で数える程であり、デスホークに至っては殆ど見かけない。


 総合的に見て五分五分といったところだろうか。このままならば、何とか夜を越せそうだ。


「残り時間は……よし、32分」


 クエスト画面を開いて確認した時間に、わずかばかりの希望が浮かぶ。見上げた空には赤い月と流星。血飛沫が花びらを開くように視界の端で散った。折り返しも折り返し。最後の最後だ。夜が終わる、漸く明ける。

 銀の光が戦場を浄化して行く。霧から出でる魔物の数も少なくなってきた。


 希望が、わずかばかりの希望が芽吹こうとしていた。しかし、赤い月はそれを容易く嘲笑う。破滅を宿した月は相変わらず地上を蔑視している。希望の灯火を片手に盾を構え直した俺の耳に、微かだが笑い声が聞こえた気がした。


「……ん?誰だ――」


 それは羽根のように軽く、薄く、されど分厚い戦闘音のかき鳴らされる戦場の真っ只中でも、確かに聞こえた。低い……女の笑い声だ。


 それは小さくこう呟いた――『夜明け前が一番昏いのよ』、と。


 それに気を取られた次の瞬間、戦場に甲高い咆哮が響いた。


 鉄をかき鳴らすような歪な咆哮は、今まで聞いたどの声よりも悍ましい。それが何の咆哮なのかを考える前に、野太い悲鳴が宙を舞った。慌てて視線を向けると、幾人もの剣闘士が、纏めてゴミのように吹き飛ばされていた。霧の中から突き出ているのは、太い骨の尻尾。


「スカルドラゴン……」


 白骨の巨体が月紅の下に晒される。ギラついた牙、捻れた二本の角、折りたたまれた巨大な翼、緑の眼孔。大きすぎる体躯の端から端までを殺意で固めた屍の竜が、ゆらりと上体を起こした。

 その仕草だけで、周りの剣闘士達が慌てふためき、脇目も振らずに距離を取ろうとする。スカルドラゴンの空っぽな口腔内に、暗い光が灯った。その直後に暗黒のブレスがその口から解き放たれ、逃げ切れなかった剣闘士達の体が一瞬で砕け散った。


【エリアボスとの戦闘を開始します】


「なんだよあの威力……」


 ブレスを吐き終わったスカルドラゴンは、またもや咆哮を上げて、ギラつく緑の瞳で戦場を舐めるように見渡した。

 間違いなく先程のブレスは俺が真正面から受け止めても、五分五分でくたばりかねない威力を秘めていた。隅っこに散った炎の残滓ですら、間違いなく剣闘士からすれば脅威に違いない。


 夜は深まった。底が見えぬほど昏く、赤い月は太陽のごとく煌めく。


「これが最後か……最後なんだろうな」


 歯の根がガタガタと震えている。レベルで言えば殆ど差はない。だが、これまでの疲労が明らかにスカルドラゴンとの戦力差を広げている。戦場に絶望が身を横たえた。

 これまで、全力で戦ってきた。数の差も、度重なる死も、目を瞑りたくなるほどの劣勢も、その全てを塗りつぶして進んできた。


 その疲労が、泥のような疲弊が、間違いなく俺たちの体に絡みついている。全てをもう出し切っている。フルマラソンのゴール直前に、ゴールを五キロ先に伸ばされるような、限界の先を叩きつけられたような絶望。


「ここから先に行くのかよ……」


 HPとMPに余裕はある。だが、完全に集中力の限界だ。気力も底をつきかけている。丸二時間も戦い続け、死に続けた剣闘士に至っては、歩く事すら本来なら困難な程の疲労を背負っているはずなのだ。

 それなのに、まだなのか。手を伸ばしても届かないのか。無理やり体から気力を振り絞って盾を持つ手に力を込め直した。


 竜が霧の中から体を出す。全長8メートルはあるだろうか?巨大な体は、それだけで威圧感を覚える。スカルドラゴンは己を見つめる剣闘士達の視線を嘲るように牙を噛み合わせて、戦場に無理やり突っ込んできた。


「ボーリングのピンみたいに全員吹っ飛ばされてやがる……っわ!危ねえ!」


 腕を振るい、尻尾でなぎ払い、顎で噛み千切る。圧倒的な無双状態だった。それを見つめている最中も、魔物は手を休めない。背中からのしかかりをかけてこようとするスカルシャープの頭にダークアローを叩き込み、シールドバッシュで吹き飛ばす。


 視界の先の竜の体が躍動する度に、死体とともに剣闘士の霊体が砕けて散って行く。夜は残り30分。俺たちの体力は底も底。だが、この状況でスカルドラゴンの攻撃を受け続けられるのは俺しかいない。果敢にその体に武器を掲げた剣闘士が、また一人飛ばされていく。深呼吸一つに、スキルを使う。


「『フォートレス』『ディフェンススタンス』……おいおい、随分とデカイワイバーンだな!」


 ヘイトアップを使ってからの大胆な挑発。腹の底から声を放つと、スカルドラゴンの動きがピタリと止まり、ゆっくりとこちらを振り返った。その隙を突かんとした剣闘士を長い尻尾で吹き飛ばし、竜は周囲の空気を吸い込み、周囲の草花を散らすほどの咆哮を上げた。燃え上がる瞳に映る感情は殺意と憤怒。


 ピリリ、と周りの空気が棘を持った。疲労が色濃く肩に手を置いている。絞り出す力など枯れている。だが、俺は盾だ。味方を守る盾だ。ならば、ここで見ていることなどできない。突っ立っていることなんて言語道断だ。

 たとえ腕が捥げようと、足が無くなろうと、この体で全てを守ってみせる。

 疲れて回るにも回らない脳みそに鞭を打って、軽口を叩く。さあ、最後だ。全力なんて通り越した、『死力』を持ってして……相手をしてやろう。


「どうにも寝付けなくてな。……朝まで踊ってくれるかい?」


「グォォォォオ!!」


 アニメ一本分の死闘だ。死力を尽くし切ってやる。リスポーンすら選択肢のうちに入れて、こちらに突っ込んでくる竜を強く睨んだ。

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