第32話 呪術騎士の本気

「出過ぎるな! もう少し引き付けろ! 盾をうまく使え! 死角を作るな!」


「オルゲス!」


「ライチ、待っていたぞ。戦いはすでに始まっている」


 漸くオルゲスの元にたどり着いた頃には、戦いは小競り合いから本格的な殺し合いに発展していた。大分出遅れたが、どうにか致命的なものでは無いと信じたい。

 オルゲスは猛々しい瞳をこちらに向けた。先程まで見ていた戦場では、霊体の戦士達がゾンビドッグや骸骨の馬などと盾を使って熾烈な戦いを繰り広げていた。


「状況はどうですか?」


「可もなく不可もなく……と言ったところでしょう。まだ戦いは始まったばかり。まだ先は見えませぬ」


 最前線はどうにか互角の勝負に持ち込んでいる様子で、数に対し盾を構えて連携を組むことで相手方を抑え込んでいた。最前線で傷ついた剣闘士は前線から外れ、後衛で全体像を把握しつつ休息を取っている。

 見たところ戦況は言葉通り五分五分。しかし、スカルドラゴン陣営は恐らくまだまだ余力を残しており、さらに言えばエリアボスのスカルドラゴンが出張ってくればオルゲスが相手をしない限り前線は間違いなく崩壊するだろう。


「エリアボスがどう動くかが全体の鍵だな……」


「白竜メラルテンバル……いや、今ではスカルドラゴンだったか。奴のブレスは射程こそ短いが、食らえば我らとてタダでは済まん」


「……ちなみに聞くがやられると一般の戦士はどうなる?」


「しばらく眠りにつく。なに、5分もすれば自分から墓石の下から這い出して来る。……我は恐らくそうはいかないだろうがな」


「オルゲスさんは霊体の格が高いのでもう一度出てくるには二日はかかるかと……」


 どちらにせよやられた時点で戦いの表舞台からはさようならって感じか。ならば尚更気を引きしめなければならない。


 空いた時間を利用してステータスを開く。SPが丁度3だから自動回復:極大とっといて……ステータスはVITとMAGに40ずつ振っておこう。


 ……恐らく今が最後の休息だ。ここを逃せば残り2時間ノンストップな防衛戦の始まりだ。

 ステータスをいじり終わったあと、ほう、とため息を吐く。俺自身、このため息に乗った感情がどんなものか分からなかった。戦への慄きか、それとも滾る戦意の吐息なのか。


「どちらにせよ、戦いは避けられぬ。我は腹を括って構えるとしよう」


「俺たちは前線を抑えながら遊撃って感じだな……火力はロードに任せるか、それとも」


 先の戦いでロードは少なからず消耗している。ちらりとみたロードのローブは所々破れており、息こそ上がっていないが、MPも消費したことだろう。後ろにエリアボスが構えた状態で消耗戦を続けざまにすれば、ボス戦でガス欠もあり得る。

 静かにロードに向き直ると、ロードは銀髪を揺らしながら俺の目を見つめた。


「僕は大丈夫です、ライチさん。一緒に……守りましょう」


「……んじゃ、行こうか」


 小さく微笑んだロードの顔は、背後に佇む赤い月すら霞ませる、圧倒的な彩を放っていた。何度見ても見慣れぬそれに心を撃ち抜かれながら、出来るだけ素っ気ない返事をした。

 ゆっくりと、戦場に歩みを進める。取り敢えず遠目から鑑定した限りだと、味方の剣闘士のレベルは平均15から18程度。対して相手方は10から16ほどだ。レベル的には勝っているが、相手の持ち味は動物特有の素早さと不死者特有のタフネス、そして数だ。


「左側が若干押されてる感じだな……ロードは後衛から誤爆に気をつけて魔法撃っててくれ。俺は付かず離れずで前線補強してくる」


「分かりました。……気をつけてください」


 全体像を見てみると、若干左翼側が守りが手薄い。逆に右翼側は元スケルトンの戦士達が盾を構えて連携を取っているので暫くは大丈夫そうだ。さて、俺たちの役割は遊撃。ロードを後衛に置いて、俺一人で戦士達の中に入り込む。途端にロードの魔法が戦いの隙間に撃ち込まれ、運悪く直撃した獣達が消滅する。


 振り返ってロードをみると、彼女は林檎の樹の枝の上から戦場を俯瞰して魔法を撃っているようだ。サムズアップで褒め称える。

 前を向いた俺の視界に映っているのは、紛れも無い戦場。素直に日本で生きていれば見れるわけの無い景色が、当たり前のように広がっていた。


「さて……突っ込むか」


 ペース配分を考えつつ、盾を構えて戦線に飛び込んだ。多対多の戦いは酷く混沌としており、前後左右で戦士達の声、獣の吠える音、剣が腐肉を断つ音が幾重にも重なっている。戦闘が断続的に続いているため、敵の死体が消えることは無い。地面には幾つかの死体が倒れ伏している。

 ……ぐっちゃぐちゃで何して良いか分からんな。


「グルォォ!」


「っぶね!」


 戦場の空気に気圧されていると、前からゾンビドッグが飛び出してきた。レベルは12。飛び込みざまの噛みつきは地面にうまく受け流せた。ボスを連戦したせいで、途轍もなく一撃が軽い。地面に牙を立てる事となり、隙を晒したゾンビドッグに魔法を放つ。


「『ダークアロー』」


 漆黒の鏃は目にも留まらぬ速さでゾンビドッグの頭骨を破壊した。一撃で倒せたことに驚いたが、よく考えればここらの敵とは最大で10のレベル差がある。魔法特化のレベル22の攻撃をもろに食らえばこんなものだろう。

 あまりにあっさりした勝利に肩透かしを受けていると、後ろからカラスの断末魔が聞こえた。振り返ると、霊体の剣闘士がゾンビレイヴンを切り裂いていた。


「おい! ぼさっとすんな! ここは戦場だ! 休む暇なんて無いぞ!」


「す、すまん……なにぶん戦場は初めてで――」


「喋ってないで戦え! 口開けてる暇があったら片っ端から敵の頭蓋骨を砕け! 時々来る指示にはいち早く従え! それがここのルールだ!」


 そう言うのが早いか、剣闘士は雄叫びを上げながら骸骨の馬……鑑定すると骸骨馬スパルトスに突っ込んでいった。周りを見れば同じように剣闘士達が敵に突撃をしていく。それでいてお互いをカバーしており、更に言えばある程度の距離の敵には絶対に踏み込まない。


 全員が指示に従いつつ、己が闘争心に身を任せて暴れ回っている。


「成る程、それがルールか。そうやって戦えば良いのか」


 俺の中に作戦がアップロードされていく。戦い方がインストールされていく。目標と条件が設定された。内容を掻い摘むと……周り見つつ暴れろって所だ。


「『四重捕捉クワトロロック』『混乱コンフューム』」


 ならば、全力を持ってして、ルールに従うまでだ。視界に映る四体の魔物が瞳の色を変え、近くの仲間を襲い出す。

 さあ、俺の本気を見ていけ。集団戦は多分、得意なはずだ。


「『四重捕捉クワトロロック』『吸収ドレイン』」


 この際MPは度外視だ。直ぐに回復するだろうし、困ったら『等価交換』使うなり『吸収』使うなりすれば良い。自分のことを客観視してみれば、『手の届く範囲に重いデバフを撒き散らす上本体が硬いし普通に魔法も痛い』という、歩くトーチカみたいな事になっている。

 が、これこそが俺の求めた理想。自分が動かなくても、技量が無くても敵を倒せる。更に言えば死に難い。


「最高だ……『四重捕捉クワトロロック』『盲目ブラインド』」


 詠唱を一つすれば一塊の敵が視界を失い、混乱しているうちに剣闘士達に斬り殺された。このタイミングで先程吸収を掛けた敵が『枯れた』ようだ。空を飛びながら敵をつついていたゾンビレイヴンが急にばたりと地に落ちた。

 好き放題重い状態異常を撃ちまくれるのは最高に気分が良い。格下だからだろうが、宙に【抵抗】の文字が浮かぶことは無い。


 さて、次は誰に……。


「カカラッカカラッ」


「そうだよな。そりゃヘイト集めるわ……なっ!」


 好き放題暴れられるのは良いが、同時に生まれるヘイトは看過できるものでは無い。剣闘士達をぶっちぎってスパルトスが蹄を鳴らしながら突っ込んで来る。その後ろにはレベル16の腐乱狼アンデッドウルフがぴったりとつけている。取り敢えずスパルトスの重い体当たりを正面から受け止めた。

 かなり重々しいが潰されるほどでは無い。確認したところダメージは26。一瞬で完治した。


 自慢の突撃を受け止められたスパルトスが、驚きからか動きを止めるが、その影からアンデッドウルフが喉元に鋭く噛み付こうとする。両手が塞がっている状態ではその一撃を受けるしか無いが、俺には頼れるスキルがある。


「『ランパート』。残念だったな。『ダークボール』」


 バランスボール大の闇の球体が周囲の空気を圧縮しながら二頭に迫り、その火力を持ってして、その体を破壊し尽くした。

 さて……次は呪いか衰弱でも――


「……ってぇ!え、何でまだ生きてんだ!?」


 無防備な背中に力強いタックルを受けた。幸い体幹は鍛えられているため倒れることは無い。振り返った先にいたのは、先程打ち倒した筈のアンデッドウルフ。全身からドス黒い血液を溢れさせながら、死に物狂いで俺に体当たりをかましたようだ。

 ……戦場で油断は大敵。今回は格下だったから良かったが、これがエリアボスなどの格上だったら、間違いなくレオニダス戦の二の舞になる。


「『ダークアロー』……天狗にならないようにしないとな」


 ダークアローを受けたアンデッドウルフは、もうピクリとも動かない。調子に乗るとロクなことがないのは、たった17年しか生きてない俺にだってよく分かる。

 慎重にあたりを見渡して、呪術の準備をした。


「『四重捕捉クワトロロック』『衰弱ウェイスト』、『四重捕捉クワトロロック』『呪いヘックス』……こんなところか」


 呪術は、闇魔法に比べて燃費が良い。だが、四重捕捉を込みでこれだけ乱発すれば、六割は確実に無くなる。ちょびっとだけHPから借金をしてMPを作る。どちらも自動回復するが、HPはMPとは別格の回復量を誇る。返済はすぐに済むだろう。

 回復していくHPとMPから目を離すと、銀の光線が、濁流のように敵の群れに突っ込み、跡形もなく消しとばしていた。


「……本当にえげつない火力過ぎる」


 触れた隅から一瞬で敵が消失している。ロードの成長具合に比べれば、俺の呪術は誤差の範囲なのではなかろうか。

 万が一ロードと戦いになったら、あの光線を防ぎきれるだろうか? ……まあ、今はそんな事より敵と戦うことを優先しなければならない。取り敢えず前線から一旦退く。


「左翼はそこそこ持ち直した……おっと、『ダークアロー』!」


「なっ……助かった。ありがとう」


「気にすることはない。味方の背中を守るのは当たり前の事だ」


 目尻の方に映ったのは、アンデッドウルフにのしかかられていた剣闘士。反射で喉元を食い千切られる前に魔法を放った。無事で済んだ剣闘士は、こちらに一礼すると、雄叫びを上げながら戦線に戻っていった。

 ……普通、死にかけたら日和って後衛に下がると思うが、逆に前に突っ込むあたり流石としか言いようがない。


 無事後衛に戻ってくると、ロードがちょこんと木から飛び降りて出迎えてくれた。いつのまにか破れていたローブは直っている。自動修復機能があるのかもしれない。


「今のところは大丈夫か?」


「はい。定期的に休憩を取っているので大丈夫です。ライチさんも無事そうで何よりです」


 軽くお互いの状況を確認すると、戦場に目を移した。クエスト画面を開くと、残りの時間は1時間20分。クエスト開始から今で40分くらいといったところか。


「カルナの方は……大丈夫そうだな」


「見た感じでは、押されている様子も無いですし、大丈夫だと思います」


 霧が晴れた墓地は、林檎の木よりも高い物が無いので枝の上に乗ればあたりが一望できる。木の上にいたロードが大丈夫と言うなら、問題はなさそうだ。

 クエスト開始から40分。味方の兵士たちは未だ余力を残している。稀に墓石から苦い顔をしながら這い出してくる剣闘士達も居るが、消耗は少なそうだ。敵の数はまだまだ底が見えないが、もうすぐで1時間。半分を割ろうとしている今にしては、中々の戦いようだ。


「この調子で行けば大丈夫そうだが……やっぱりネックはスカルドラゴンだな」


「エリアのボスが本気を出せば、まず前線はひっくり返ります。今はまだ良いですが、剣闘士達にも、疲労の概念はあります。後半……その弱ったところを叩かれた時が、本当の勝負でしょう」


 その時、どう動くかで戦いが決まるな。……取り敢えず左翼は大丈夫そうだ。


「ロード、次に危なげだったのはどっちだ?」


「中央部、ですかね。他よりも多くの敵がオルゲスさんを目指して集まって来ています。敵の数に比べて、若干数が足りないように見えるんです」


「成る程。じゃあ、行くか」


 俺たちの役割は遊撃。有り体に言えば戦場の何処にでも飛んで行く便利屋だ。ロードの後ろにつきながら、中央部に向かう。

 その間にも果敢に戦っている剣闘士達に視線を向けると、相変わらず味方ながら慄きを隠せないほどの戦意を全身にみなぎらせているが、顔には隠しきれない疲れが見えた。


「この戦いで一番の敵は、エリアボスじゃなくて疲労なのかもしれないな……」


 遅い駆け足の最中に呟いた声は、戦士達の雄叫びに揉まれて消えてしまった。戦いはそろそろ序盤を抜け、中盤を迎える。夜空の赤い月は、俺らのことを嘲笑っているようにも見えた。

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