第17話 始まりの二重奏
時間は飛んで昼休み。机の上の消しかすを片付けて、晴人の姿を探す。運動神経やコミュニケーション能力と同じくらい外見も良い晴人は、昼休み以外では基本的に同じくらい キラキラしたグループの中に入っている。
日賀くん、優しいね、なんて狙ったような女子の言葉をありがとうな、と分厚い仮面を貼り付けて晴人は返す。
言い方は悪いが、その気になれば晴人は女を選び放題のはずだ。しかし、奴自身、気まぐれで付き合ってみて二週間と持たず破局する、という事を繰り返している為、もはやあまり異性に興味は無いらしい。
少なくとも、俺の勘がピピッと反応するようなゲーム好きじゃないとなぁ、と言っていたが、それは明らかに別のやべえ奴を見つけるレーダーと化している。
奴が二人に増えたりなんてしたら、間違いなく俺は心労でくたばるぞ。
分裂した人外の図に戦慄していると、うまく話を合わせて抜け出したらしい晴人が、手を振りながら近づいてきた。
「おぃーす、シンジ。学食いこーぜ」
「おーけー」
さして遠くない食堂へ向かうまでの時間に話すことなど、VRの話に決まっている。
「人間側って攻略進んでる?」
「んー、全く。それどころか街中で爆破繰り返してたアホのせいで今じゃNPCが防具も武器もポーションも売ってくれなくなってな」
「げぇ……」
初期装備でエリアボスに進むのは愚行。にしてもレベル上げに消費するであろうポーションは質の低いプレイヤー産のもの。
ギルドでゴミ拾いやお使いのようなクエストをこなしてなんとか信用を取り戻そうとしている最中というのが、今の人間側らしい。
さすがに攻略最前線は、他の町との流通を得るためにエリアボスの攻略に全力をかけているとのことだ。
「もうそろそろ西のエルダートレントの行動パターンが割れそうだから、西は大丈夫そうだな。森の先はエルフの里で、食料関連のものが手に入るらしいぜ」
「ほうほう……ちなみに他はどこに繋がったんだ?」
「南が神聖国云々に繋がってて、魔法使いとか僧侶系統に必要な感じで、東は商国で錬金術の材料とか武器防具の材料が集まってんだとか」
「北は?」
「それがなぁ……まだ分かってないらしいんだわ。NPCの噂によると『禁忌の地』とか言って誰も寄らないってさ」
「多分魔物プレイヤー用の場所か?」
憶測に過ぎないが、そんな明らかな場所以外に、俺たちが気を休められそうな場所はなさそうだ。
にしても『禁忌の地』かぁ……やばいイベントが盛りだくさんになってそうだな。素直に魔王とか出てきそうな雰囲気だ。
食堂に着くと、そこは既に戦場と化しており、熱気の坩堝になっていた。
出遅れたか、と舌打ちを軽くして、熱を持つ群衆を掻き分けていく。やっとこさ目的の物を手に入れて晴人と空き席に座る頃には、すっかり疲れ切っていた。
メロンパンを二つ同時に食べている晴人に話しかけようとすると、周りに座っている連中が、一様に同じ話題について会話しているのに気づいた。
「ほんと、お使いクエだるいわぁ」
「マジ湿地はオススメしない。取り敢えずあの沼どうにかしないと」
「南の海龍のHP半分まで削ったんだけど、行動変化でブレス打たれて全滅したわ……」
「よく半分も削れたなぁ……取り敢えずレベル二桁乗せないと」
殆どVRの話だ。ここまで人気なゲームも珍しいだろう。魔物陣営からしたらクソゲーだが、グラフィック、ストーリー、リアルタイムで進むイベント、圧倒的な自由度など、人気になりそうな面は多い。
「人気だなーVR」
「なんてったってグラフィックだぜ。もう現実より綺麗って言われてもしょうがないわ」
「俺のスポーン地点墓場だったからすげえ怖かったけどな」
「ははは、ぜってえゾンビとかクソ怖いだろ。やばいな」
威勢良く笑う晴人に肘鉄を打ち込んでみたい所だが、確実に避けられるか流されるかするのでやめる。
たしかにたった二日しかやっていないのに、このゲームには舌を巻いてばかりだ。最後の青い空や、メルエスの笑顔など、俺が人生を真っ当に過ごしても見る機会などカケラも無かっただろう。
「おーい、シンジ」
「ん?」
「ぼーっとしてんなって。俺の話聞いてたか?」
「いや、さっぱり」
げ、と晴人は肩を落とした。しかし、すぐに元のテンションを引き出すと、俺と対戦するときのような獰猛な笑顔を浮かべて聞いた。
「サーバーメンテの日時とイベント内容、十二時に発表されたぜ」
「マジかよ!いつ?あと何?」
「がっつくなって」
ニコニコと笑う晴人は、『いつも通りの笑顔』で言った。メロンパンは既に胃袋に収まってしまったようで、カレーパンを二つ同時に食べている。
「メンテは明後日。二十四時から六時まで。イベント開始はその三日後の二十一時から。内容は――」
ダンジョン攻略戦、だそうだぜ?そう告げる晴人に、俺は漸く奴の心の内がわかった。これ……絶対人間側と魔物側でイベント内容変わってるよな。
震える手で公式サイトを開き、iDを入力して、ユーザー用のページを開く。そこにデカデカと張り出されていた文字。イベント内容――
「ダンジョン防衛戦……マジかよ。やってくれるなぁ」
「
笑う晴人に、全力で叫びたい。戦力差を考えろ、と。そして運営にも伝えたい。そこまでして魔物と人間を対立させたいのね、と。
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