10.3.お母さん!?


 えっ? えっ??

 いや、いや確かにベリルのお母さん見たことないけども!

 いたの!?

 てかライドル領にいなかったの!?

 どこ行ってたのよ今まで!!


「ど、どこですか!?」

「東の門です! 早く乗ってください! ヴァロッド様がしばかれてる!」

「ええー……」


 母親は強いと言いますけど、まさかヴァロッドがしばかれているとは……。

 結構気の強いお母さまなのかな。

 だがこれは見に行かなければならない……か?

 どうだろう、別に放っておいても向こうから来てくれる気がする。


 でもヴァロッドがしばかれているの見たいな……。

 ま、今は子供たちが寝てるから来てくれるのを待つとするかな。


 ベリルはガルザの背中に乗り、すぐに立ち去ってしまった。

 セレナ忘れてるぞー……まぁ寝てるけど。


『ベンツ、様子を見に行ってくれるか?』

『分かった』


 あとでゆっくり見てきたことを教えてもらおうかな。



 ◆



 ガルザの背中に乗ったベリルは数分もかからずに東の門へと赴くことができた。

 そこではライドル領兵士が馬車の後ろに待機している。

 ベルネゾア王国でしばらく滞在していた、母の兵士たちだ。


 そして、何やら声が聞こえてくる。

 嫌な予感がしたが、見ないわけにはいかない。


 そこには美しいドレスを着飾っている女性が立っていた。

 日傘を持ってそれをヴァロッドに向けて怒鳴っている。


「貴方って人は本当に!!」

「すす、すまない……! まさかこんなことになるとは思っていなかったんだ……」

「言い訳は聞きたくありません!!」

「わ、悪かった! 本当にすまない!」

「謝ってばかりでいてどうするのですか!」


 どうしろというのだろう。

 さすがのベリルも理不尽な叱り方に少しだけ呆れる。

 

 ハバルに説明を求めると、肩を竦めて教えてくれた。


「ベリル様のお母様は戦争のせいでここへ帰ることができなかったんです。何ヶ月もベルネゾア王国で滞在することを余儀なくされたんですよ」

「そ、そんなことで怒ってるんですか?」

「まぁヴァロッド様やベリル様からしてみれば、お母様の身の安全を考慮すれば離れていておいた方がいいと思われるかもしれませんが、本人からしたらそれは望まれないものです。丁度用事があってベルネゾア王国にいたとはいえ、帰ることができないとなれば不安は募るばかりだったでしょう」

「あ……」


 ハバルの言う通り、テマリアは帰ることができないことに不安と苛立ちを募らせ続けていた。

 なぜ戦争が起きたのか、魔物とはどういうことか、何の説明もないまま彼女はベルネゾア王国でライドル領が落ち着くまで時を過ごすしかなかったのだ。

 最愛の息子がいるこの地に帰れないことが、どれだけ辛かったものか。

 話を聞いたベリルにもよく分かった。


 ガルザから飛び降り、礼を言ってから母親の元へと走っていく。

 未だに怒鳴り続けてはいるが、とにかく声をかけたかった。


「お母様ー!」

「はっ!! ベリルー!!」


 テマリアは半泣きになりながらベリルを抱きしめる。

 随分力が強いようで、ベリルは少し苦しそうだ。


「怪我はない!? 大丈夫だった!? ああーよかったわぁー!!」

「ふぐぐぐぐ……」

「お、おいテマリア……。ベリルが潰れている」

「あっ!!」

「けほけほっ!」


 なんとか息を整えたベリルは、もう一度テマリアの顔を見る。

 本当に久しぶりの再会だ。


「はー。お帰りなさい、お母様」

「ええ、ただいまベリル。なんかこの辺、すごい変わったわね」

「はははは、いろいろ壊されてしまったもので……」

「お!? おいベリルなんてことを……」

「ヴァロッド……? 壊されたって……どういうことかしら?」

「いや、いやそれはだな……!」

「俺が説明しましょうか?」


 ハバルがそう声をかける。

 ヴァロッドは止めろと訴えているが、事情を説明しないのはさすがに領主の妻に失礼だ。

 少し酷なことをしてしまうかもしれないが……怒られる時に怒られていた方がいいというもの。


 完全な善意でハバルはこのライドル領で起こったことを説明した。

 ヴァロッドが不在の時に発生した不運も添えて。


「と、まぁそんな感じです。ベリル様のお陰で、フェンリルが寄り添ってくれました」

「ありがとうねハバル。誰も何も教えてくれないから困ってたの」

「いえ、お気になさらず」

「でも私の可愛いベリルが死にかけたってどういうことかしら??」

「え?」

「あーそれはですねー!!」


 この流れはマズいと、ベリルが自分で説明した。

 とはいえあの一件がなければフェンリルたちとここまでの友好関係は築けなかったので、ベリルとしてはなんとも思っていない。

 だがテマリアからすれば、どうしてそんな状況になったのかを問いただしたくて仕方がなかった。


 今回はベリルが何とか説得して事なきを得たようだが、次はないと思った方が良いだろう。

 伝えてもいいことと悪いことがあると、ここでハバルも学習した。

 女性はやはり、恐ろしい。


「無茶ばっかり! 駄目よベリル」

「はい」

「で、その子がエンリルなの?」

「あ、いえ。こいつはガルザ。一角狼という種族で、今は俺と血印魔法を結んでいます」

「え? 従えているの?」

「いえいえ、協力関係、といったところでしょうか」

『お、ハバルにしてはまともな答えが出たな』

「まともは余計だぞガルザ!」

「あら!? 会話もできるの!? すごいじゃない!」


 先ほどまでの怒りはどこへやら。

 テマリアは一角狼に興味津々で、頭を撫でたりして可愛がっている。

 ガルザは少しいや気にしているが。


 遠目から今までの一連を見ていたベンツは、問題なさそうだなと思ってオールの所へと戻ったのだった。

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