9.13.不吉な音


 オールたちがライドル領への体験訪問を計画している時、木々が土に飲み込まれた森に一人の男が歩いていた。

 何かを探しているらしく、地面を何度か蹴ったり、手を叩いて確認したりしている。

 これに何の意味があるかは分からないが、彼が目的のものを探すのには必要なことなのだろう。


 地面を踏み、手を叩く。

 それを何度も繰り返して何かを確認しつつ、着実に目的のものがある場所に近づいていった。


「ここかなぁ?」


 額にある二つの角を触ってから、指を鳴らす。

 手の中に魔力をため込み、ある程度溜まったら地面の中へと流し込む。


「不死の使者」


 不気味な口調で魔法を口にした彼は、何かを地面から引っ張るようにして立ち上がる。

 すると、地面から半分腐った死体が出てきた。

 地上に出たその死体に魔力を注ぐと、腐った部分が綺麗になっていく。


 黒い肌、長い耳。

 ダークエルフと思われる存在が、地面の中から出てきて蘇った。


 彼は何が起きたのかまだ分かっていないようで、頭を振るう。

 目の前にいる悪魔と形容するにふさわしい人物を目にして、首を傾げた。


「……悪魔?」

「よーし成功だ。まぁ一人だけしか無理だけど」


 悪魔は肩を回して疲労を表に現した。

 ようやくこれでこの呪いを解除できるめどが立ったと、少し安心する。


「君は名前なんだったけ」

「……何で生き返らせた?」

「そうだね。俺と君の目的が一致しているからじゃないかな。ちなみに俺は呪いでその目的を話すことができない」

「……フェンリル様を殺せばいいんだな?」


 ダークエルフのその問いに、悪魔は答えはしなかった。

 いや、答えられないと言った方が良いだろう。


 ダークエルフであるフスロワは、口にはしないが悪魔に感謝した。

 これで本当のフェンリルを解放することができる。

 本来あるべき姿のエンリルたちを取り戻すことができるのだ。


 体の調子を確かめてみる。

 腕は細いが筋肉はしっかりとついており、弓を引くには申し分ない。

 だがあの戦いでほとんどの戦士を失ってしまった。

 自分だけが生き返って復讐をしたとしても、結果は前回と変わりはしないだろう。


 どうしようかと悩んでいると、悪魔がほほ笑む。


「戦力だな?」

「……そうだ。僕一人では勝てる戦いも勝てない。前回の戦いでダークエルフはほとんど駆り出してしまったし、残っているのは女や子供くらいだ」

「では、俺が兵を手配しよう。死なない兵士だ……俺のとっておきの駒さ」

「いいのか? お前悪魔だろ? 魔王とかの許可は取ってんのか?」

「魔王様も手を焼いているのさ……。幾度となく送り込んでいる魔物たちが何の成果もなしに死んでいくんだからね」


 フェンリル、エンリルは強すぎる。

 だが昔はそうではなかった。

 先代フェンリルやエンリルたちは一つの魔法しか扱うことはできず、数も少なく、いたとしても少数で行動することが多かったのだ。


 だが今のフェンリルになってから魔法の質が向上し、魔法の教育を得たエンリルが子を成して、より強力な魔法が使える子供が産まれている。

 今回のフェンリルは、自分の力をしっかり理解しており、未だに成長が止まらない。

 一つ一つの魔法を理解し、すべて掌握し、それを仲間に教えている。


 これがなければ今頃新しく作られたエンリルの棲み処など、とっくのとうに潰せるはずだった。

 三狐もなぜかフェンリルについており、魔法における知識はより多くなっているだろう。


 このままだと魔族、延いては魔王にも被害が及ぶ可能性があった。

 あのフェンリルは、危険すぎるのだ。


「俺じゃあいつは止められない。だがそいつを敵と見ている奴も少なくない。そして君が選ばれた。古くからの付き合いを持つ、君たちがね」

「……では僕は一度村に戻る。毒を持ってこなければ」

「後五人なら蘇らせることができるけど、どうする?」

「いらない。多分僕がフェンリルを殺すって言ったら逆上するだろうしね。君の兵士だけでいいよ」

「なるほどね。じゃあ俺は兵を持ってくるよ。場所はここから南に行った場所でいいかな。大きな湖がある場所ね」

「ルワイドの森に潜んでいてくれると助かるんだが」

「南西の方角か。分かったよ」


 フスロワの発言に満足したのか、悪魔は翼を生やして何処かへと飛んでいった。

 ようやく呪いが解けるかもしれないと、彼は静かに笑っていた。

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