8.43.親同士


 完全とまではいかないが、回復してしまったジェイルド。

 心音は穏やかになり、戦闘開始前とほぼ同じ状態になっていた。


 マズいと思って一度引こうとしたベンツだったが、それをジェイルドが許すはずがない。

 雷魔法の稲妻が足元で走る。

 地面を蹴って一瞬で移動した彼は、ベンツに刃を向けた。


 バヂヂヂッ!


「チッ」

『くそ……!』


 雷狼の一匹が完全に破壊された。

 すぐに近くにいた雷狼に攻撃をさせるが、その瞬間には破壊されてしまう。

 ゆらりとした動作で雷狼の数を確認したジェイルドは、目線だけを動かして自分の動く道筋を決めていく。


 それを決めるのには一秒もかからなかったらしい。

 すぐに走りだして一匹、また一匹と雷狼を仕留めていく。


『動きが速くなってないか!?』


 残った足だけで何とかその場を後にしたベンツだったが、そこで最悪なことが起きる。

 真後ろで、雷魔法が一度解除される音が聞こえた。

 更にジェイルドの臭いが鼻を突く。


『!?』

「まず、ひとぉつ」


 シュパバッ!!

 一瞬で移動したと同時に、ベンツの足が一本使い物にならなくなった。

 先ほど刺された前足だ。

 肩から指先にかけて深く切りつけられており、完全に踏ん張りが利かない状況になった。

 というより、既に引きずっている状態だ。


 だらりと脱力した前足から、血が流れていく。


『いっづぅ……!』

「体がでかいから一部しか攻撃できんな。まぁいいか」


 血を払ったジェイルドは再び武器を構える。

 剣がどんどん調子を上げるように光っており、未だに衰えることはなさそうだ。


 体を治してもらわなければ、これ以上戦えない。

 このまま戦えば一方的に斬られるだけだ。


 ベンツはオールの方を見る。

 向こうではまだ戦いが行われているようだ。

 こちらから行かなければ治療はしてもらえない。

 しかし、こいつを連れていくとあの二匹が危ない。

 だがオールが状況を判断して結界を張ってくれるかもしれないという考えが、ベンツの脳裏を駆け巡る。


 強者との戦闘経験不足。

 オールたちに唯一足りなかったこの要素が、今彼らを追い詰める結果となっていた。


「よそ見とは良い度胸をしているな」

『やばっ!』


 咄嗟に地面を蹴って後退する。

 だが初動は向こうの方が速い。

 それにこちらは手傷を負っていて本来の力を発揮することができなかった。


「もう頭でいいか」

『雷狼!』

「無駄だ」


 作り出した雷狼が、投げつけられた短剣で破壊される。

 そんな小さなもので壊すことができるのかと驚いた時には、すでにファイティングソードが頭上付近に迫ってきていた。

 それは強い衝撃を脳天に与える。


 はずだった。


 ガァンッ!!

 目の前が光る黄色い物体で一杯になる。

 何かが自分と剣の間に入って、その攻撃を防いだようだ。

 一体何だと思って後退して見てみれば、小さな妖精が武器と盾を持っていた。

 なんだこれはと首を傾げたが、後方から足音が一つ近づいてくる。


「エンリル! 無事か!」

『!? 人間!? ……こいつは……』


 重そうな装備を身に着けてはいるが、その動きは身軽だ。

 赤い髪が特徴的なこの人間は、ライドル領の領主、ヴァロッド・ライドルである。

 一体こんな所に来て何をするつもりなのだろうか。

 ただ邪魔になるだけだし、なんなら死んでしまう。


「邪魔だぞ領主ヴァロッド」

「このエンリルは殺させねぇぞジェイルド!」


 一歩でのシールドバッシュ。

 だがその攻撃は簡単に回避され、逆に反撃を受ける。

 しかしその雷魔法は一体の妖精に簡単に防がれて、あらぬ方向へと飛んでいった。


 一度後退して様子を見ようと思ったのか、ジェイルドはその場から離れる。

 そしてヴァロッドがベンツを守るようにして前に立ちふさがった。


『人間……君らは戦わないはずだろ!』

「何を言っているか分からん! とりあえず少し休め!」

『くそ、分からん』


 意思疎通ができないのは普通のことだ。

 だがこの状況を、ベンツは理解していた。


『守ってくれたのは……分かるけど……』


 あの時、ヴァロッドが助けに来なかったら確実にやられていたことだろう。

 彼の得意な光魔法、ディフェンダーガーディアンは今、ベンツとヴァロッドにだけ使われている。

 二体にだけ使用するのであれば、その能力は絶大になりどんな攻撃からも身を守ってくれる盾となる。

 更にその継続時間も長い。

 ヴァロッドの魔力量を考えれば、一時間は余裕だろう。


 遠目からヴァロッドは戦いを見ていた。

 明らかに押されているベンツの方を気にかけ、兵士たちの阻止を無視してここに参上したのだ。

 自分だけであれば、あの雷魔法を阻止することができ、更にエンリルを助けることができる。


「親を殺されるわけにはいかねぇからな!」

「何を言っている」

「お前には関係ない!」

「……チッ。一匹増えたところで変わりはしない」


 バリバリッと雷を纏わせたジェイルドがヴァロッドに突撃する。

 雷魔法は簡単に弾いた。

 だが斬撃だけはしっかりと弾かなければならないようで、盾を操って防ぐ。


 ヴァロッドはジェイルドの行動を完全に勘、もしくは予測を立てて防いでいる。

 見えるはずがないのだ。

 だがそれでも長年の経験によって攻撃を回避することはできていた。

 二度ほど軽い切り傷を入れられて血が流れるが、その程度怪我には入らない。


「らぁ!!」

「ぬぐっ!?」


 攻撃に合わせて盾を下から上に蹴り上げる。

 それは丁度いタイミングだったらしく、ジェイルドは盾に体を打ち付けられて後退した。


『本当に人間は分からない……』


 それがベンツが感じた率直な感想だ。

 それに、不思議な感じがしてならない。


 かつて親を殺したであろう人間に自分の身を守ってもらうなど、考えたこともなかった。

 オールは既に人間のことを許しているようだったが、ベンツはまだそこまでできているわけではない。

 だからこそ、セレナが未だに人間にくっついているのが心配でならなかった。


 しかし、今のヴァロッドの行動を見て少しだけ心が動いた。

 ほんの少しだけだが、それはベンツに一つの勇気をくれたような気がする。


 変わらなければならないというのは分かっている。

 だが変わるための材料を、未だにベンツは持っていない。

 このままでは一生セレナを遠目から見ているだけだろう。

 判断材料、それを集める方法が一つある。


『まさか、僕がセレナと同じことをするとはなぁ……』

「な、なんだ? うぉ!?」


 力の入らない足を引きずって、ヴァロッドの隣りに来たベンツは切り傷を舐めた。

 それが意味するのは一つだけ。


 簡易血印魔法。

 魔獣の一方的な契約は、いつでも解除できる比較的安全なものだ。

 今のベンツは、セレナと同じ状況になった。


『話せないと、協力できない』

「……そんな声だったのか」

『どうでもいいこと言ってないで、少し耐えて。僕は兄ちゃんに傷を治してもらってくる』

「よし任せろ! ……お前はセレナの親だろ?」

『そうだけど?』

「じゃあ親同士、まぁ仲良くやろう」

『……気が乗ればね』


 そう言ってベンツはオールの方へと走っていった。

 回復魔法のことを知らないジェイルドは、まずヴァロッドから倒せばいいと首を鳴らして武器を構える。


「逃げたか。まあ別にいいけど」

「っしゃこい!」


 数秒後、連撃がヴァロッドの盾を襲った。

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