8.39.レイ無双


 水狼が全て消え去った。

 爆発に巻き込まれた人間は一人として立っていなかったが、まだ奥の方には人間がいる。

 何とか盾で防いで後続を守った兵士たちは息を切らして痺れた手を庇っていた。

 あまりの衝撃に負傷している者もいるようだが、まだ戦えるらしい。


 そんな敵へ、一匹の淡い水色をしたエンリルがてくてくと自信満々に歩いて向かっていた。

 後ろには灰色と茶色が混じったエンリルもいるようだ。

 誰が見てもこの二匹はエンリルだということが分かるだろう。

 しかし少しだけ様子がおかしい。


 淡い水色をしたエンリルの歩いた道が凍っていく。

 近くにあった草は凍って砕けた。

 それを見ることができた者は、あれには近づくことさえ難しいと理解することだろう。


『やっと出番なのー!!』

『ぼ、防御は任せた……。おお、俺は後ろから援護するから……』

『前に行く味方がいないのに援護なの?』

『え? あっ』


 おいあいつら大丈夫か。

 てかウェイスもうちょい頑張れ。

 晴れ舞台なんだからしっかリやれよ!


『ったくしゃーねぇなぁ……』

『あ、オール兄ちゃん』

『ほら落ち着け。俺が攻撃するとこの辺全部なくなるんだからお前らで頑張るんだよ』

『頑張るのー!』

『お、おおー……』


 身体能力強化の魔法と雷魔法と風魔法を合わせて一瞬で二匹の所まで走った。

 こいつらは瞬きをした瞬間に巨大な俺が現れたように見えただろうな。

 まぁどっちにしろあの速度は人間の目では追えないだろう。


「え……でかくないか!?」

「あれはエンリルじゃないぞ!?」

「じゃあなんだよ……」

「エンリルを束ねるっていうフェンリルじゃねぇか!?」


 おや、俺のこと知ってんのか。

 まぁどっちでもいいんだけどさ。


 さぁ敵さんはこれからどう動いてくるかな?

 水狼が結構かき乱したから、矢とかも使ってきそうではあるけども。


 ていうかさっきライドル領の兵士の少し前に空間魔法で結界を作っておいたんだけど、なんかぶつかったぽいんだよな。

 あれなんだったんだろう。

 矢とか魔法とか使われたら面倒だなって思って、保険として作っただけだったんだけどね。


『よし、向こうも大丈夫そうだな』

『ガルザー! 見ててなのー!』

『なんでレイはそんなに元気なんだよっ! 俺緊張しっぱなしなんだけど!』

『やけくそで一発お見舞いしたらどうなの?』

『あーそれムカつく! うらああ!!』


 レイの態度を見て何故か怒ったウェイスが、乱暴に風刃を使って敵へと攻撃を繰り出した。

 四本の爪から斬撃が飛び出す。

 それは兵士の身に着けている鎧を簡単にスライスし、一瞬で数十人の魂を刈り取った。


『お、やるじゃん』

『わぁ』

『今度はもう少し魔力を腕に集中させてやってみろ。お前ならすげぇのができるはずだ』

『よ、よし!』


 俺たちが登場したことで固まっていた兵士たちだったが、味方が殺されてようやく我を取り戻したようで戦闘態勢に入る。


「弓兵!! 構え!!」

「なに!? そんなことをしたら毛皮が痛むだろうが!」

「言っている場合か! 全戦力を持って戦っても勝てるかどうかわからない相手なんだ!! 出し惜しみなど、手加減などできるか!!」

「わ、私に向かってなんだその口の利き方は!」

「生きて帰ったらいくらでも処分を受けますよ!」


 弓兵が一斉に狙いを定める。

 彼らは卓越した連携で伏せ、立ち、二段構えで俺たちを狙ってきた。


 なかなか面白い連携だな。

 火縄銃の三段構えを思い出す。

 だけど残念、遠距離攻撃はレイに効きません。


 一斉に矢が放たれる。

 中距離からの一斉掃射はほとんど弧を描くことなくこちらに飛んできた。

 だが数メートルまで近づくと、矢尻が凍って軌道が一気に変わった。

 重量を増した矢は地面へと落下して突き刺さる。

 その後木の部分も凍り付いて割れ、跡形もなく消え去ってしまった。


『ふふん! レイに攻撃したかったら魔法を使うの! 物理攻撃は効かないのー!』

『いつ見ても恐ろしいわ……』


 うん、レイに接近イコール死だもんな。

 魔法は凍りにくいみたいだからレイも動かざるを得ないらしいけどね。


『んじゃお返しなの』

『え? ウェイス撤退!!』

『え!?』


 レイが大きく息を吸ったところを見て、俺はすぐにウェイスに指示を出して後退させる。

 俺も下がってレイの攻撃範囲内から離脱し、その様子を遠目から眺めることにした。


『凍土』


 息を地面に吹きかけると、地面が一瞬で凍った。

 それは普通に凍ったような氷ではなく、真っ白な氷となっている。

 空気の移動と共に氷が人間のいる方へと襲い掛かる。


 氷には炎。

 この鉄則は破られることがない。

 炎魔法を使うことができる魔法使いが杖を振るい、炎を生み出してその氷へとぶつける。

 だが霧散したのは炎の方だった。


 氷は一部も溶けた様子は一切なく、炎魔法などなかったかのように未だに氷が前進していく。

 逃げることもできただろうが、この大軍勢を搔き分けて逃げるのは難しい。

 明らかに恐怖を抱いた兵士が逃げようとするが、その前にレイの使った魔法、凍土が彼らを襲った。


「うわあああ──」

「にげ──」


 氷が自分の足に張り付いた瞬間、体温が奪われて凍り付く。

 それは近くにいた者へと移っていき、連鎖するようにして氷像が出来上がった。


 扇状に広がるその攻撃は正面にいる敵のほとんどを凍り付かせることができた。

 炎魔法は意味をなさず、逃げることもできないこの状況ではただ死の冷気が迫りくることを恐れることしかできなかっただろう。


『かーんぺき! はい、ウェイスの出番なの!』

『よ、よっしゃ!』


 風魔法を足に溜め込み、跳躍する。

 上空高くまで飛び上がったウェイスは体を横にして狙いを定めた。


『落ち風刃!』


 落下しながら爪を横に薙ぐ。

 強力な風魔法が凍った兵士たちをすべて砕き、更に凍っていない兵士にまで被害を与えた。

 だが凍った兵士をすべて砕いたところで、落ち風刃が解除されてしまう。


 しゅたっと地面に着地したウェイスが首を傾げる。


『あれ?』

「あぶなーい。けど余裕で解除できるっぽい」

「んじゃ防御は任せるわ」

「ちょっと、それだと私が獲物を綺麗に狩れないじゃないの」

「たまにはいいじゃねぇか」

「よくない!」


 男女の冒険者が、杖を持ってこちらに歩いてきている。

 兵士たちは彼らの登場に安心しているようだ。


『…………』


 嗅いだことのある匂い。

 男の方。

 こいつからはあのドームで使われていた魔力と同じ魔力を感じる。


『まさか! 闇の糸!』


 すぐに闇魔法を使用して周囲を確認する。

 あの時と同じ魔法が使われているのであれば……ここは包囲されているはずだ。

 それを目視で認識するには闇魔法を使用する必要がある。

 どういう原理かは分からないが、あの時はそれであのドームを見ることができた。


『くそ……』


 案の定というべきか。

 とてつもなく大きなドームが作り出されていた。

 俺たちは中にいる。

 この状況は、あの時……父さんが戦った時と同じだ。


『ガンマにもう一度、感謝しとかねぇとな』

『ヒッ!? ……お、オール兄ちゃん……?』

『『『オール様……』』』


 自分が今どんな顔をしているのかは分からない。

 体の中の魔力が激しく渦巻き、殺意がどんどん膨れ上がっていく。

 ガンマの様に狂いはしないが、それでも気を抜けば自我を持っていかれそうなほどには怒っている。


 ガンマがこの状況を作り出してくれたおかげで、ようやく相まみえることができた。

 となれば俺が今やることはただ一つ。


 敵討ちだ。

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