8.38.絶望


「全軍防衛陣形!! 矢を放ち、魔法兵士は遠距離での攻撃を続けろ! 重装歩兵前へ! 攻撃はするな! 防御に徹しろ!」


 隊長格の指示を受けた兵士はすぐに陣形を作り直し、戦闘態勢に入る。

 たかが五百程度のライドル領の兵士を見ている場合ではない。

 それ以上の脅威をまず優先して倒さなければならないと、誰もが理解したことだろう。


 だが、今作った防衛陣形は容易く突破されることになる。

 一匹の水狼が重装歩兵を飲み込んだ。

 その隙をついて魔法兵士が攻撃を放つ。

 魔法が水狼にぶつかった瞬間、瞬時に破裂して全方位約五メートルの範囲を吹き飛ばす。

 さらに五メートル先に、水の塊が飛び散って半径十メートルの範囲にいる兵士たちはダメージを受けた。


 崩れた場所を狙って入り込んでくる水狼。

 すぐに魔法兵士の場所まで向かってそこで自爆する。

 攻撃されなくても水狼の王が自動で破裂させ、こちらが有利になるように持っていく。

 後方でその様子を伺っている水狼の王は、未だに小さな水狼を生み出し続けて突撃させていった。


「あれだ! 一番デカい奴を狙え! そいつが本体だ!」

「攻撃が届きません!」

「何とかしろ!」

「無理でぎゃあああ!!」


 ズパァアアン!!!!

 バパアアンパアァン!!!!

 連鎖爆発が起きるようにして、水狼が破裂していく。

 前衛を任されていた重装歩兵は既に姿を消しており、魔法兵士の数も近くにはいなくなっていた。


 だが、まだ右翼の一部が壊滅しただけだ。

 兵士はまだまだいる。

 すぐに増援を向かわせて対処しようとしたとき、一番奥にいた水狼の王が走り出した。

 隊長格、高位冒険者は顔を青ざめる。


『あれが爆発したらヤバイ』


 魔力が膨大に詰まっている水狼。

 今までの攻撃であれも爆発するということは分かっていた。

 だからこそすぐに兵士をかき集めて防御の構えを取る。

 しかしその前に、水狼の王は自爆した。


 ──ッ、パーーーーーーーン!!!!

 爆発の衝撃が兵士に襲い掛かる。

 一拍遅れて音が鳴り響き、甲高い音が遠くにいた兵士にまで届いた。

 衝撃は森の木を揺らし、兵士を吹き飛ばし、地面を揺るがせた。

 多くの兵士がなぎ倒されたが、まだ生きている者は多い。


『結構しぶといじゃん』

『んじゃ行ってくるね』

『おう。かませぇー』


 森の一部に黄色い電撃が走る。

 その瞬間、黄色い稲妻はサニア王国の軍勢を通り抜けた。


 ヂババヂヂヂヂバッヂバヂヂヂヂッヂバヂッ!!!!

 ベンツが駆け抜けた後には、誰も立っていなかった。

 雷が周囲に伸び、それに少しでも触れてしまった人間は感電して死んでしまう。

 ただ走ればいいだけで敵はすぐに倒れてくれる便利な魔法だ。

 それは素早すぎるベンツに持って来いの魔法である。


『こんなもんかなー』

「……こりゃあいい……」

『ん?』


 二振りのハンティングソードを抜き放った人間が、雷をその剣に溜め込んでいた。

 地面に突き刺して流し、感電を回避する。

 近くにいた冒険者二人はほっとした様子でベンツに構えを取っていた。


「あぶねぇなぁおい……」

「凄いのがいるのね。ねぇねぇ! 一匹目はこれにしようよ!」

「お前らは無理だろ。ふぁあぁ……。俺がやる」


 眠たそうな表情のまま睨みを利かせた人間に、ベンツも構えを取る。


(僕の攻撃を流したのか……。レイとウェイスのためにも、こいつを向こうに向かわせるのは良くないな……)


「グルルルル……」

「っしゃかかってこいエンリル。ザック。あれだけ使っとけ」

「了解~。へへ、久しぶりにリーダーが本気出すじゃん。いいねいいね。雷魔法使った時は人が変わるもんな」

「はよしろクズ」

「クズて……はいはい。マジックドーム」


 拳を合わせて音を鳴らす。

 小さな杖を取り出してそれに魔力を込めた瞬間、魔法は発動された。

 特に何かが変わったわけではない。

 だが彼はそれで満足したようで、その場からそそくさと離れていってしまった。


『なんだ……? くそ、僕も人間の言葉を少し理解してけばよかったかもな』


 何かしたということは分かるが、それを理解することができなかった。

 だが今やるべきことは、この目の前の敵を殺すことだ。


 瞬時に雷魔法を使い、一瞬で間合いを詰める。

 爪を振りかぶって人間を切り刻もうとしたのだが、その攻撃は空を切った。


『!?』

「速すぎんだろ」


 ジェイルドは跳躍してその攻撃をかわしていた。

 すぐに追撃しようと思ったのだが、そこで背中が若干痛むことに気付く。

 一度立ち止まって確認してみれば、背中を少し切られていた。


『こいつ……』

「よっと……。へへ、綺麗に殺すのは無理だな。どう殺したもんか…………。足だな」


 そう呟いた瞬間、ジェイルドが消える。

 雷魔法の魔力の動きでそれを察知したベンツも同じタイミングで動いてその攻撃を回避した。

 ザザザザッと地面を滑りながら敵と目を合わせる。

 彼もベンツを見失ったわけではないようで、しっかりと武器を構えてこちらを見ていた。


『僕より速いとかどうなってんの。でも速いのは一瞬だね』

「チッ、初撃は俺の方が速いが、連続で動かれると向こうの方が速くなるな」


 ベンツは逆立った毛を体を振るって少し整える。

 ジェイルドは武器を軽く回しながら肩を鳴らす。


 こうなってくると、攻撃するタイミングを変えなければならない。


『先手は向こうにあげないとな……。魔法使ったら回避されてそのまま斬られそう』

「一撃で決めねぇとな。長引くと負ける」


 お互いが睨み合う。

 じりと足が動いた瞬間、同時に動き出した。

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