8.27.難しすぎる判断


 一人の男が頭を悩ませていた。

 過去にテクシオ王国で国王の側近として働いていた人物、ゼバロスだ。


 重度の毛皮マニアのゼバロスは、何としてでもあのフェンリルの毛皮が欲しかった。

 兵を動かす口実を作り出すことができたため、すぐに屈強の戦士五千を用意し、ライドル領へと向かわせた。


 だが結果はどうだ。

 未だに誰一人として彼らの行方を知らない。

 すでに殺されていると考えた方が妥当ではあるが、殺された状況も何もわからないのでは、次に活かすことができないのだ。


 冒険者に匿名で依頼を出しても、調査に行った者は未だに帰還していないという。

 何処かで始末されている。

 あのライドル領にそれ程にまで腕の立つ者はいないし、それだけの兵力もないはずだ。

 考えられることはただ一つ。


「フェンリル、エンリルがライドル領の味方をしているのか……?」


 有り得ない話だ。

 意思疎通のできるはずがない魔物と、共同でライドル領を守るために暗躍しているはずはない。

 それがもし可能になっているのであれば、この現状にも頷くことができるが、有り得ない話でしかないのだ。

 この考えは早急に捨てる。


 そもそも魔物というのは危機察知能力が人間よりも高い。

 何か来ると分かればその場からすぐにでもいなくなってしまうだろう。

 今も滞在しているとなればすぐにでも冒険者は動き出すだろうが……。


「不確定要素が多すぎる……」


 ゼバロスは持っていたペンを机に突き刺す。

 先端が折れて使い物にならなくなったが、気にしていない。


 そもそもライドル領は以前にエンリルがいると周辺諸国に報告した。

 内容としてはライドル領にエンリルがいるということだけだった。

 接触もしているし比較的おとなしい。

 だがテクシオ王国の研究者の報告があるので、必ず蔑ろにはしないでほしいという話も聞いていた。


 そんな内容でしかなかったので、ゼバロスも自分の目で確かめに向かったのだ。

 数は少なかった。

 見たところ三匹しかいなかったが、あの群れの生き残りである可能性は十分にある。


 毛皮を見て襲い掛かってきたのでこれは確実だろう。

 わざわざ高価な物を王に付けさせて外出させた甲斐があったというものだ。

 嬉しいことに向こうから襲ってきたし、これで周辺諸国の者たちはやはりエンリルは恐ろしい存在だと信じるだろう。


 しかし、しかしだ。

 兵士を送ってからライドル領の情報が一切入ってこない。

 それだけの力があの場所にあるとは思えない。

 あるとすれば……いや、これではない。

 これではないはずなのだ。


「エンリルが人間と手を組むなど、有り得ないに決まっている……!」


 何度も何度もこの考えを捨てようとするが、いつも決まってある程度考えこんだ時に浮上してくる。

 これしかない、と誰かに言われているような気さえした。


 ふと、机の上に置いてあった封筒を見る。

 豪華な印が押されており、それはアストロア王国の物だということが分かった。

 この内容を見て、彼はまた頭を抱え込むことになったのだ。


『二ヵ月後、ライドル領を攻める。協力されたし』


 ふざけるなと叫びたかった。

 だがこれを見たサニア王国王子、カレッドは『これはいい!』と大喜びで二つ返事をしてしまったのだ。

 今の状況を弁えているのだろうか?

 いや、あの王子は自分の腕を噛み千切ったあのエンリルに復讐をしたいだけだ。

 それは問題ない。

 自分もただ毛皮が欲しくてこんなことをしているだけなのだから。


 だが、だがしかし。

 ライドル領の人間がエンリルと手を組んでいるとしたら……その脅威度はSランクの竜種にも劣らない程のものになる。

 策が必要だ。

 だがそれを作るだけの情報が一切ない。


「二年前のエンリルを知るものと会う必要があるな……」

「……呼んだか……?」

「どこから入った」

「窓」


 後ろから声を掛けられて警戒するが、その声に敵意はない。

 窓を見てみれば確かに開いていた。

 まったく気付かなかったと思いながらも、その声の主を見てみる。


「お前か」

「あの時はどうもねー。おかげでいい思いができたよ」


 目に隈を作って常に眠たそうにしている人物。

 彼があの黒いエンリルを狩った。

 名前をジェイルド・マンティアス。

 冒険者最強と言われている、男である。


「で……エンリルは何処に居るんだい?」

「ライドル領だ。前みたいに頼めるか?」

「ふへ、金が入るんだったらいいよ……。眠れる薬でも作ってくれたら本当に喜ぶ」


 不敵な笑みを浮かべて、彼は目を閉じた。

 あの時もこんな感じで話をしたということを覚えている。


 研究者からの話を聞いてエンリル討伐が流れそうになっていたが、それをゼバロスが阻止して多大なる利益を得た。

 Sランクという称号を持つ彼らの影響力は大きく、一声かければ数多くの冒険者が討伐へと向かってくれたのだ。

 自分も逃げる時間ができて非常にありがたかった。


 だが今回は状況が違う。

 気を付けなければならないだろう。


「ライドル領の人間は少し厄介そうだ。エンリルと協力関係にある可能性がある」

「……はぁ? ……人間と魔物だよ? 無理に決まってんじゃん。怖気づいたのかぁ?」

「そんなことはない。だが……」

「ふぁあぁあ……。気にすんなよ……俺たちがいれば、また儲けられる……ふへへ」


 ジェイルドは手をひらひらとさせながら、その場を後にした。

 王城に堂々と入ってくる度胸だけは褒めたいところだが、やはり何か引っかかる。


「……くそ、あの王子め。もう少し考える時間があったっていいだろうが」


 二つ返事をしたせいで、調査することができる時間が消えてしまった。

 何も分からない状況で戦いに行く戦争程怖いものはない。

 だがSランクのあいつらがいるのだからと、ゼバロスは少し安心して蝋燭の火をしたのだった。

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