8.8.Side-ハバル-調査開始


 ライドル領を出てアストロア王国へ情報収集をしに向かったハバルとガルザは、道中で一度休憩をしていた。

 いろいろと決めておかなければならないことがあったので、その為に一度休憩を挟んだのだ。


「俺がアストロア王国を監視して、動きがあった場合はガルザがフェンリルに報告をしに行ってくれ」

『確かにその方がいいな。お前を乗せていなければ、あれの数倍は速く走れる』

「その場合、ライドル領に戻るのはどれくらい時間が掛かりそうだ?」

『すぐだ』

「……まぁ時間の概念なんて分からないよな」


 ハバルは水袋を傾ける。

 ガルザも飲むだろうかと思って水袋を見せてみたが、彼は首を横に振った。


『その形では飲めない』

「そ、それもそうか……」


 受け皿になる様な物も今は持っていないので、水袋を腰にバックの中に仕舞う。

 その後立ち上がり、伸びをして体を鳴らす。


「行くか」

『方角はあっちだな?』

「ああ」


 ガルザに乗りながら方角を示すと、すぐに走り出した。

 それからしばらくして、彼らはアストロア王国付近の森に潜伏することになった。

 周囲の状況を確認し、長期滞在に備えて食料の調達もしなければならない。


 今いる場所は森の端っこであり、ここからはアストロア王国の城壁が見える。

 中を見ることはさすがにできないが、その辺は夜に調査を行えば問題ない。

 ハバルの能力であれば空を飛ぶことができるので、夜の街で情報を集めることは容易いだろう。


『で、これから何をするんだ?』

「これからは待ちだな。明るい内は向こうが動くまで監視。夜になったら侵入して聞き込みをしてみる」

『……大丈夫なのか?』

「何とかなるさ。お前はここで待ってもらうことになるけどな」

『目立つからな』


 ガルザは座って匂いを嗅ぐ。

 この辺りは人間の匂いがあまりしない。

 恐らく人間が近寄らない場所なのだろう。


 ハバルの言う通りにここまで足を運んできたが、それまでは一切人間を見かける事はなかった。

 彼は見つかることがない様に道を選んでここまで来たのだろう。


『こういう偵察は慣れているのか?』

「俺の使う魔法が隠密や偵察に向いているからな。そういった仕事も、ギルドから何回かやったことがある。主に魔物の調査だが……」

『匂いでバレないのか?』

「魔物や動物みたいに、俺たちは鼻や耳は良くないんだ。そう簡単にバレやしないさ」


 そうは言うが、ハバルはパーティーリーダー。

 ライドル領では彼の名前を知らない者はいないし、冒険者の中でも高ランクに位置する人物だ。

 大きな都市でも名前が知れているのかは分からないが、その強すぎる風魔法を見られればバレてしまう可能性は大いにある。


 なので、顔を隠して調査を行う予定だ。

 仮面だと尚更目立ってしまうのでローブを着こむ。

 夜なのでそう簡単にはバレはしないだろうが、酒場の中に入っての調査である場合はその危険性を考慮しておいた方が良いだろう。


 ガルザの言ったことを少し気にしながら、アストロア王国での調査のやり方を考える。

 まず知りたいのは兵士の動きだ。

 それと国王や貴族たちの動向、ライドル領へ抱いている感情。

 狙われているのは確かだし、まずはギルドマスターのディーナから聞いたことをガルザを交えてまとめることにする。

 彼にも知っておいてもらった方が、今後の役に立つだろう。


「ガルザ。少し情報を整理するぞ」

『ん?』

「まず俺たちの居るライドル領は、アストロア王国の領地にある一つの小さな町だ。今まではアストロア王国の支援があったおかげで、ライドル領は発展してきた」

『大きな棲み処と、小さな棲み処ということか?』

「その認識で大丈夫だ」


 ガルザはレイたち兄弟が、もう一つの拠点を作って食料調達をしていることを思い出す。

 おそらくそれと同じような事なのだろう。


「だが今、俺たちとアストロア王国は対立している。その理由はエンリルとフェンリルたちの存在だ。ヴァロッド様はお前らを守ろうと、アストロア王国の要求をすべて蹴った」

『ああ、それは何故なんだ? 俺は難しくて分からなかった。リーダーは理解していた様だが……』

「お前たちの毛皮は高級品なんだ。アストロア王国の貴族はそれを安定して手に入れようとして、お前たちを保護という形で家畜にしようとしていたんだよ」

『……人間が使う言葉はよく分からない。俺たちにも分かりやすいように説明してくれ』

「つまり……怒らないでくれよ?」


 ガルザは一つため息を吐いて、言いにくそうに説明をした。


「お前たちに子供を産ませて、産んだ親は殺してしまい、子供を育ててまた子供を産ませ、親を殺し毛皮を得る。っていうのを繰り返すんだ」

『……リーダーが怒っていたのも頷ける』


 ガルザも毛が少し逆立ち、雷が小さく走っている。

 ハバルに怒っても意味はないので感情を殺している様だが、腹の底では怒りが湧いているのだろう。


 だがヴァロッドはそれを知って、要求をすべて蹴った。

 このことはガルザも理解して彼は本当に自分たちを守ってくれようとしているのだと知った。


「話を戻すが、敵勢力は他にもいる」

『ああ、俺たちが殺した人間の集団か』

「それはサニア王国の兵士だろうな。まぁこれはこちらが先に手を出してしまったからな。アストロア王国が守ってくれなかったという点を見ても、既に俺たちという邪魔者を排除してエンリルたちを奪おうっていう魂胆が見えているが」

『それはすまなかった』

「構わないさ。あの事件がなかったとしても、アストロア王国とは戦う羽目になっていただろうからな」


 結局、少し戦争開始日が早まっただけなのだ。

 もしサニア王国と同盟を結ぶことができたとしても、サニア王国国王はエンリルの毛皮を持っていた。

 下見程度の視察だったのだろうが、彼らはエンリルが本当に居るか確かめたかっただけだろうと、ハバルは考えている。


 王族や貴族は強欲だ。

 欲しいものは手に入れたいと考えているだろう。


 今考えてみれば、エンリルがいるから視察をしに来た彼らの動向もおかしなものだ。

 毛皮を身に着けて来るなど、エンリルの毛皮がもっと欲しいと宣言しているようなものだった。

 ある程度恩を売って、それから回収するつもりだったのかもしれない。


「結局、本当に協力してくれる国はないかもしれないな」

『人間は面倒なのだな。ただ寝るところがあり、水があって食べるに困らないだけの獲物がいれば、俺たちは満足だというのに』

「羨ましい話だ。頭が良すぎるってのも問題だなぁ」


 ハバルはそう言いながら、頬を掻いた。

 バックから単眼鏡を取り出してアストロア王国を監視する。

 しばらくは動きがなさそうなので、やはり夜まで待機することになるだろう。


「……夜開いている店で買い物ができるだろうか」

『食料がいるのか。獲ってくる』

「え?」


 ガルザはバヂリと雷を纏って、その場から素早い速度で移動したのだった。

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