8.4.Side-ヴァロッド-役に立てない


 ギルドの中に入ったヴァロッドは、すぐに二階へと上がっていく。

 用があるのはディーナ。

 すぐに奥の部屋をノックし、返事を待たずに扉を開ける。


 そこには頭を抱えながら書類に目を通しているディーナの姿があった。

 ヴァロッドが入って来たのを確認したあと、手に持っていた書類を横に置く。


「何の用だい?」

「お前は……フェンリルとエンリルの力を知っているか?」

「戦ってるところはほぼ見たことがないから、その質問にはノーとしか言えない」


 知らないと答えたディーナに、ヴァロッドは先ほど見て来たことを説明する。


「フェンリルは……天候すら操る。角の生えた狼も雷魔法で敵兵士を瞬殺した。あの灰のエンリルは……それを一撃で地面に埋めた……」

「……なにを言っているんだい?」

「私が先ほど見た光景だ。サニア王国から五千程の兵がこちらに進軍して来ていたが、一時間ほど前殲滅してしまった。あのエンリルたちだけでだ」

「待て待て、雷魔法とかはまだ分かるとして、五千の兵を一撃で地面に埋めたってどういうことなのさ? レイドだってそんな真似はできないよ? それに天候を操る魔法なんて聞いたことがない」

「だが事実だ」


 ヴァロッドの言葉に嘘偽りはないし、嘘を言っているようには一切見えない。

 真剣そのものだった。


 だがそれを聞いて信じろと言う方が難しい話である。

 お伽噺でも天候を変える魔法が出てくる事はないし、五千の兵士を一撃で地面に埋めてしまうという荒業をしでかす奴は見たことも聞いたこともない。

 ディーナからすれば「寝ぼけていたのか?」と言いたくなる。


 しかしヴァロッドはそういう冗談を言う人物ではないということは、長年の付き合いから把握している事だ。

 ようやく話に本腰を入れて聞く態勢になり、彼の目をじっと見つめる。


「勝ったんだね?」

「ああ」

「じゃあいいことじゃないか。もう皆不安で仕方がないんだ。少しでも希望のある話を持って帰って来てくれよ」

「だが私たちは何もしていない」

「それを気にしていたのかい?」


 ヴァロッドが素直にこのことを喜べないのにはこういう理由があった。

 常に考えていた事だ。

 自分たちは今、エンリルたちの協力なしでは生きてはいけない。


 生活すら助けてもらって、戦争にもエンリルたちだけで行かせているということに不満を持っていたのだ。

 だからあの時止めたかった。

 しかし、止める事はできなかった。


「何の役にも立っていないではないか……」

「それ、私の前で言うことかね……。全く、無駄に正義感が強くて困る……」


 ディーナは席を立ち、椅子にヴァロッドを座らせる。


「ほら、力を貸してくれって頼んだのはあんただろう? 任せっきりで何が悪いのさ」

「それはそうだが……」

「あんたは守り手ヴァロッドだ。攻めるのが得意じゃないことくらい分かってんだろう?」

「だが……」

「うるさいなぁ! 男がうじうじ言ってんじゃないよこの馬鹿垂れ!」

「いだっ!!」


 スパァンと頭をひっぱたいてヴァロッドを椅子から転げさせる。

 いくら守り手といえど、魔法を使っていない状態では普通にダメージが入るのだ。


 ディーナはヴァロッドに構っているほど暇ではない。

 いつまでもこうしていられると腹が立ってくるのだ。

 いくら領主と言えど元パーティーメンバー。

 誰も見ていないところであればこういうことも平気でする。


「頼ればいいじゃないか。今の私たちに力が無いのは事実。戦争では力を借りな。だが戦争が終わった時、今度はあんたがあいつらを守るんだ。フェンリルたちは私たちの協力なしでは平和に過ごすことはできないんだ」

「……ああ……そうか。そうだよな」

「はい、お話終わり。じゃあ帰れ」

「辛辣だな……」


 こうして誰かに言ってもらって、吹っ切れることもある。

 ヴァロッドはゆっくりと立ち上がった。


「それでさ」


 立ち上がった瞬間、ディーナが言った。

 何かを聞こうとしているのは明白である。

 そちらの方を向いてみれば、先ほど机に置いた紙を片手に持ってそれを眺めている。

 恐らくその内容のことを聞きたいのだろう。


「なんだ?」

「これからどうするのさ。言っちゃあれだけど、どっこもかしこも敵だらけ。逃げても他の国には受け入れてくれないと知った領民は不安のどん底にいて、今の状況で冬を越せるかどうかも分からないという不安も一緒について回っている。あとね、交易路は絶たれたと思ってもいい。危険な魔物を飼っていると思われてるから、何処からも商人は来ない。だから魔物の素材も売れなくなった」

「ぼろっぼろだな」

「誰のせいだよ本当に……」


 アストロア王国からの支援を打ち切りさえしなければ、ここまで酷い状況にはなっていなかっただろう。

 それに加えて、理由があったから何とも言えなくなってしまったが、エンリルの暴走は痛手だった。

 あれで全ての流れが変わってしまったのだから。


 今のこの領土の状況だが、食べる分には全く問題がない。

 だが働いた冒険者へと渡す資金は無くなっていく一方である。

 金が動かないことには経済は回せなくなる。

 まだ余裕はあるが……そう遠くない未来で問題にぶち当たることだろう。


「だから、早く決着を付けな。この戦争に勝たないと、本当の意味で死ぬよ」

「分かっているが、まだ情報が足りないのだ。今は私の部下だけで情報を集めているが追い付いていない。冒険者から情報収集に長けた奴を出せないか?」

「探しておくよ。まぁ何とかなるだろうけどね。問題はアストロア王国か?」

「ああ。あいつらの動向が知りたい。サニア王国は私の方でやってみる」

「了解」


 とりあえずの方針は決まったが……もう一つだけ気になることがあった。

 テクシオ王国のことだ。

 あの国はサニア王国と強い同盟を結んでいるため、すぐにでもこちらに軍を進軍させる可能性があった。


 エンリルたちを狩った国なのだ。

 今回も出張ってくるだろう。

 そっちの方にも警戒をしておかなければならない。

 サニア王国を必ず通ってくるはずなので、捜査隊を分ける必要はなさそうではあるが。


「邪魔したな。こっちも動くことにする」

「ああ。慰めて欲しいなら今度から他を当たれ」


 軽く手を振ってから、ヴァロッドはギルドを後にした。

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