6.19.現状
いきなり変化した俺の態度に驚いたのか、少年はびくりと体を跳ね上げて数歩後ずさった。
テクシオ王国とかそんな国は知らん。
だがそこから来たエンリルかと問われれば、それは俺たちに当てはまるのだろう。
あれから二年以上は経っている。
遠い里にある所でも、あの大規模な討伐隊が動いたという情報は既に浸透している事だろう。
「や、やっぱりそうなんですね……」
あっ、しまった……。
そうだよな、こんな態度取ったらそうだと肯定している様なもんだよな。
一度顔を振るって自分を落ち着かせる。
目の鋭さは変える事はできなかったが、牙は仕舞うことができた。
落ち着け俺。
ここで冷静さを欠いたら、もうこいつから情報を得られなくなる。
だが、こいつは俺たちの事を調べていたはずだ。
誰かに聞いたか?
それとも自分で調べたのか?
前者であれば俺たちの存在がこいつ以外の人間にバレている可能性がある。
言いふらされるよりはましだが……そいつからまた伝染して行ったら意味がない。
俺が考えを巡らせていると、少年は大きく息を吸いこんで頭を下げた。
「ごめんなさい!」
……何をしているんだこの少年は。
何に対して謝っているのだ?
「貴方たちの事はバレない様に、一人で本を読んで調べました……。その中で、テクシオ王国にいたエンリルが討伐されたという話を聞いて、まさかとは思ったのですが……やっぱり貴方たちの群れだったのですね……」
……つまり、なんだ?
こいつは今、俺たちの群れが人間の手によって殺されたことを謝っているのか?
いや、お前が悪いわけではないだろう。
悪いのは攻めてきたあの人間共だ。
それにテクシオ王国ね。
俺たちの復讐相手はそこにいるという訳か。
これは良い話を聞くことができたな。
あの土地には戻ることもできるし、敵が攻めてきた方角も覚えている。
いやでも忘れない。
今度調査に向かってみることにするか。
少年は相変わらず頭を上げない。
こいつは俺との約束を守ってバレない様に動いて調べてくれていた。
だったらもう言う事はない。
それに……。
『
そう言って、俺は爪を出して一本の線を地面に書いた。
二本目、三本目とどんどん増やしていく。
ガリガリと何かを書く音を聞いて、少年はようやく顔を上げる。
一本一本増えていく縦線に何の意味が込められているのか良く分かっていないようではあったが、俺はそんなことお構いなしに線を増やし続けていく。
計四十二本の線が地面に描かれた。
そしてそれを、弱めの風刃で切り裂く。
「……え? これ……」
何かに気が付いたのか、少年は手でそれを触りはじめた。
触ったところで何かが分かるわけではないだろうが、その傷の深さを確かめているようにも感じられる。
そこで答えがようやくまとまったのか、俺の顔を見ながらその考えを口にした。
「殺された……エンリルたちの数……ですか?」
その通りだ。
俺は頷いてそれに肯定する。
俺たちの群れは元々五十六匹の群れだった。
そこで生き延びたのが十二匹。
俺たち兄弟と、シャロたち兄弟、後産まれて間もないレイたち兄弟たちだけだ。
他の狼たちだが、あの時から一度として声すらも聞いていない。
惨状を見たときから、声は聞こえなかった。
逃げ延びた俺たち以外の狼は、もう既にこの世にはいないのだろう。
この少年がどれだけ謝ったところで、この魂が帰ってくる事は絶対にない。
「えっと……あの……」
別に何か言おうとしなくてもいいさ。
俺たちの群れの数は教えていない。
教えたのは殺された狼たちだけだ。
これを教えたところで何かが変わるわけではないだろうが、人間であるこいつには教えておいた方が良いだろう。
これは俺の勘だがな。
さて、そろそろ帰るとしよう。
また情報を収集しに時々ここを訪れることにするか。
ああ、それと……。
俺はバスケットを少年に返す。
捨てるより、こいつが食べておいた方が良いだろう。
無くなったバスケットの言い訳を考えるのも面倒くさそうだしな。
『じゃあな少年。また話を聞きに来る』
「あっ」
俺は立ち上がり、帰路へとつく。
ほぼ一瞬の事に少年は動けなかったようだ。
暫く狼の去って行った方角を見ていた少年、ベリルだったが、何か決意を決めた様にして、自分の家へと戻って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます