逃亡生活

4.1.逃亡生活


 大きな月が青い花を照らしている。

 花はそれに応えるかの様に輝いており、自分の存在感をアピールしていた。

 まるで、今亡き狼たちを追悼してくれているようだ。


 その景色を背に、二匹の狼が森を歩いていく。

 向かうのは他の狼が待っている場所だ。


 あんまりぐずぐずしていられない。

 逃げてきたとは言え、まだ走って一日も経っていないのだ。

 またいつどこで人間が向かってくるかわからない。

 だが、今の所その心配はないだろう。


 とにかく俺とベンツは子供たちのいる場所へと戻る。

 これからの事をしっかりと練っていかなければならなかったからだ。

 子供たちにもこの話はしておいた方が良いだろう。

 これからの事、そして今の現状をしっかりと把握してもらう必要がある。


 帰ってみると、どうやら子供たちは眠っていたようだ。

 急に起こして連れまわしたのだから無理もないだろう。

 だが、ガンマはしっかりと起きており、子供たちを覆いつくすように丸くなって構えていた。

 子供たちはガンマに挟まれているが、それが温かいのかもしれない。

 気持ちよさそうに寝ていた。


『待たせたなガンマ』

『いいよ。それより二匹も休みな?』

『その前に、俺たちだけでも話し合っておかないといけないことがある』


 そう言い、俺とベンツはガンマの前に伏せる。

 話し合うのはこれからの事だ。

 旅なんてしたことないし、俺の前世の記憶が使い物になるかどうかも分からない。

 それにどういった場所に居を構えればいいのかも分かっていないのだ。

 話し合いをして、情報をすり合わせなければ無謀な旅路になることは目に見ている。


 それに、俺たちは狼だ。

 人間の様に食料を持ち歩きながら歩くなどという事は出来ない。

 幸いにして俺たちは水魔法を持っている。

 水に関しては問題ないだろうが、食料に関してだけは不透明さが拭えない。

 何処に居るかもわからない獲物を狩り続けながら旅をするというのは、なかなかに難しい事だろう。


 これからいったいどれ程歩いていくか分からないのだ。

 一ヵ月旅をするかもしれないし、もしかしたら半年以上かけるかもしれない。

 そう考えるだけで不安に押し潰されそうになる。

 俺たちがどれ程恵まれた環境に居たのかという事が、嫌でも身に染みてくる。


 故郷を失うという事は、これ程にまで損失が大きい物なのだと、俺は初めて理解した。


『で、その内容だが……俺たちはまず住みやすい場所を探さなければならない。この辺りはもう駄目だ。最低でも一週間は歩いて距離を稼ぐ』

『行く方向とかは?』

『当てがないんだ。適当に進むしかない。お父さんは南に行けと言っていたから、何かあるとは思うんだけど……』

『それだけが頼りなのか……』


 人間から拝借した地図を見ても、途中まで行くと切れている為その先は分からない。

 完全に未知の領域だ。

 行く方向をオートが定めてくれたおかげで、歩みは進めることが出来るだろうが、不安は残る。


『兄さん。食べ物とかは?』

『水は問題ない。が、獲物が居なければ割と不味いだろうな……』

『兄ちゃんの嗅覚で嗅ぎ分けられたりしないの?』

『それも状況によるんだよ。雨が降ってたら無理だし、何か強烈な匂いがあるとその辺は嗅ぎ分けられない』


 狼になってどれがどんな匂いがするかという事は大体分かっている。

 しかし、やはり匂いは水で消える。

 雨などが降っていたり、湿気などが多く水滴が付くような場所であれば、その一帯の匂いをかぎ分けるのは難しい。

 

 なので、少しは頼ってくれてもいいのだが、当てにされるのは困るのだ。

 恐らく、この旅で何日か何も口にできないという日が続いてもおかしくはないだろう。


 最悪俺が土魔法で木の実を作り出せばいいのだが……なんでか俺の作った木の実は不味い。

 子供たちが一斉にかぶりついてペッと吐き出されたのはいい思い出。

 何が足りないのでしょうかねぇ……。

 ま、今はそんなことはどうでもいいか……。


『獲物は見つけたら狩っておいた方がよさそうだな』

『だね。最悪一日くらいは持つだろうし……』

『無理だな。これだけの数の仲間がいるんだ。それに殆ど育ち盛りの子供。残すだけの肉なんて残らないさ』


 俺たちはまだ我慢できるだろうが、子供たちに我慢させるわけにはいかないだろう。

 獲物を狩ったとしても、肉片一つ残さずに食べてしまうはずだ。

 数を狩ったとしても、それを持ち運べるだけの余力があるかと言われればそうではない。

 それに加え、肉の匂いに釣られて肉食獣が寄ってきて無駄な戦いを強いられる可能性もある。

 獲物は狩ったその場で食べてしまった方が良いだろう。


 まともに戦闘できるのは俺とベンツとガンマの三匹しかいないのだ。

 無駄な戦闘はしない方が良いに決まっている。


『……わかった。食料の件はそれで行こう』


 行くべき方向もとりあえず決まっている。

 食料や水も、方針は決まった。

 後は……。


『……縄張り探しか』


 この旅での一番の難関はこれだ。

 俺たちが生きられる分だけの獲物を狩れる程に豊かな森と、水が確保できる川か湖。

 それに加えて安全な洞窟、もしくは雨風が防げるような拠点。

 そこに住んでみて一年間やり通せるかの賭け。

 これがクリアできれば、その場に永住することは可能だろう。


 他にも何か足りない物はあるかもしれないが、今思いつくのはこんなところだ。

 幸い俺には全属性の適性がある。

 なので拠点を作ること自体は簡単だろう。

 とは言え、良い立地を探さなければならないというのに変わりはないが。


『ここにいても何も始まらないって事だな』

『そうなるな……。行ってみないとなんも分からんからな』

『じゃ、とりあえず今日はもう休もう? 兄ちゃんは絶対に寝てね』

『ん、いやだけど……』


 リーダーとしてそれはどうなんだと疑問に思う。

 こういうのはリーダーが先だってするものではないのだろうか。

 そう思ったが、ベンツがそれを否定する。


『旅の道中で一番しっかりしないといけないのは兄ちゃんだよ? こういう時は僕たちに任せてくれていい。僕なら速攻で片づけられるし』

『そうだぞ兄さん。俺は昼あんまり活躍できないだろうからさ。夜に頑張らせてくれよ』


 ガンマはそう言うと、俺の頭を手で押さえて無理矢理寝させようとしてくる。

 いや流石に……と思って首を上げたままにしようとしたのだが、物凄い勢いで顎が地面に叩きつけられた。


『ぐがっ!?』

『あ』


 あ、じゃねぇよ。

 お前そんな力あったか?

 めちゃくちゃ痛いんですけど。


『がーんーまぁ……』

『ご、ごめん……。あれぇ……?』


 何やらその力にガンマ自身も驚いている様だ。

 無意識にそんなことをされると今後が怖いので、とりあえず気を付けろと注意だけしておいた。


 俺は無駄なダメージを負った気がするが、まぁ良いかという事でそのまま休む。

 それに二匹は安心したのか、各々が夜の警備にあたる。

 俺はそれを確認した後、もそもそと子供たちのいる場所に行って寝てあげた。


 ガンマが立ち上がったので皆寒そうだったからな。

 俺もこいつらと寝ることにしよう。

 こんな日じゃなければ、もっとくつろぎながら寝られたんだけどなぁ……。


 そう思いながら、俺は眠りにつく。

 気が付かないうちに随分と消耗していたようで、寝ようと思った瞬間には既に眠りに落ちていた。

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