3.31.狩り講習


 何とか騒ぐ子供たちを静かにさせ、ようやく狩場までやってくることが出来た。

 本来であればワープを使ってくるところなのだが、それでは子供たちに狩りを経験させる意味がなくなってしまう。

 本来、ワープなんて物は使えないのだから。


 山を越えたから、子供たちは少し疲れてしまっているかなと思ったのだが、そこは流石というべきか。

 全く疲れた様子はなく、むしろ有り余った体力をどこで使おうかそわそわとしているようだった。

 俺たちは昔、洞窟の中で体を動かしていたので、こういうことにはならなかったな。


 とは言え、今回子供たちが暴れれるような場所はありません。

 大人しく見ていてください。


『ナック。あとどれくらい?』

「ガルゥ」

『お、了解。じゃ、皆は此処で待機。後は俺たちがこっちにおびき寄せてくる』

「ガウ」


 どうやら、獲物はこの辺りによく出没するらしい。

 なので、狩りに参加しない狼たちを、少し高い所に移動させて待機させた。

 その下は少し開けているので、ここに誘導できれば、子供たちに魔法と狩りの両方を見せることが出来るだろう。


『よし。ベンツ、ガンマ。準備は大丈夫か?』

『僕は大丈夫』

『はっはー! 久しぶりに全力でできるって考えるとわくわくす──』

『それは駄目。子供いるから手加減して』

『クゥーン』

『うわきっも』

『兄さんおいぃ!!』


 いや、ガンマみたいなでっかい奴がそんなつぶらな瞳で見つめてきても恐怖でしかないわ。

 俺より小さいけど、それでもほかの狼に比べればでっかいんだ。

 もうちょい縮め。


 さて、俺たち三匹は、ナックたちが知っている獲物を見たことがないわけなのだが……。

 まぁどんな奴かは大方聞いている。

 要するに猪みたいな奴らしい。

 基本的には突進をメインに攻撃してくる奴らしいのだが、その突進には風魔法が付与されているらしく、周囲にも被害が及ぶもののようだ。


 中々に恐ろしい物だが、近づかなければどうということは無い。

 基本的には風刃で仕留めれるようなので、今回はその魔法だけで仕留める。


『いいな二匹とも。今回は子供たちに魔法と狩りを見せるんだ。俺たちなら全員が使える風刃だけで対処するように』

『了解だ! 身体能力強化の魔法は使っていいよな? な!』

『それは構わんぞ』

『っしゃ!』


 俺も使う予定だしな。

 もし敵に苦戦するようであれば、俺は身体能力強化の魔法と、雷魔法、そして風魔法を合わせた風刃ならぬ風神を使って対処しようと思う。

 俺が今出せる最高火力の技だからな。

 子供たちの前だし、ちょっとかっこいい所見せたいってのが本音だが。


『よし、じゃあベンツ。作戦通りに』

『了解!』


 バリバリッという音を立てて雷魔法を身に纏い、一瞬で駆けていく。

 今回の作戦は、俺たちが待ち伏せで、ベンツが敵を引き寄せてこちらに誘導させるという物だ。

 やることはいつもとあまり変わらないが、今回は風刃縛り。

 遠距離攻撃で仕留めることが大切だ。


 俺とガンマは左右に分かれて適当な場所に身を潜める。

 ガンマは注意深く俺を見てもらい、俺はその間に匂いでベンツと獲物の様子を探るのだ。

 匂いでベンツがこちらに来たことに気が付いたら、ガンマと目を合わせて注意するようにと促す。


 と、いうことで、俺は目を閉じて嗅覚を使って周囲の状況を把握していく。

 ベンツが走っていった場所には匂いが残っている為、ベンツを追いかけるのはとても簡単だ。

 暫く匂いを辿っていると、ベンツが見えた。

 未だ高速で移動して、獲物を探しているようだ。


「ワォーー!」


 ベンツが急に止まり、遠吠えを上げた。

 それは俺たちが隠れている場所にまで届く。

 これは獲物を見つけたという合図である。

 同時に獲物に自分の位置を発見してもらい、追いかけてもらうのだ。


 それはうまく成功したようで、もう一つの大きな匂いも感じ取ることが出来た。

 匂いでしかまだわからないので、詳しい姿は分からないが、その獲物は俺と同じくらいの大きさがありそうだ。


 ベンツは雷魔法を解除したようで、獲物の速度に合わせてこちらに向かって走ってきている。

 獲物の速度は、大方ガンマが全力で走っている時のものと大差ない。

 これであれば、タイミングを見計らって風刃を仕掛ければ簡単に仕留めることが出来るだろう。


 俺は目を開けてガンマに注意するように促す。

 それを見たガンマは、俺から目を離してベンツがかけていった方へと目を向けた。

 俺も同じように、ベンツが帰ってくるのを待つ。


 すると小さな音が聞こえてきた。

 あれは獲物が走ってきている音だろう。

 これだけの距離で、ここまで大きな音が聞こえてくるのだから、相当肉がありそうだ。

 それを支える筋肉は非常に硬そうではあるが、その辺は俺たちで食べることにしよう。


 走ってくる音が大きくなってきた。

 すると、ベンツが山の影から出現してカーブを曲がる。

 その後ろから、想像よりデカい獲物が姿を現した。


 大きな二本の牙と、非常に大きな体躯の持ち主であり、その肉は脂肪ではなく全て筋肉であるかのような姿だ。

 筋肉だるまが走ってきている。

 何処にあの体躯を支える筋肉があるのだろうかと驚いたが、どうやらカーブは非常に苦手らしい。

 曲がろうとして自分の体の重さに振り回され、ゴロンゴロンと回転していた。


 だが、すぐさま体制を整えて、今度はしっかりとこちらに向かってくる。

 あの足の細さでよく無事だったなと感心しながら、俺とガンマは風神の用意をした。


『兄ちゃん! ガンマ!』

『『おう!!』』


 ベンツが俺とガンマの間を通り抜けた。

 その瞬間に、飛び出して風刃を放つ。


 俺の狙いは足。

 ガンマの狙いは顔。

 ガンマが先に風刃を放って、獲物の視界に魔法を入れる。

 次に俺が足を狙うことで、風刃が重なって獲物からは見えにくくなった。


 パァン! ザン!


「グモオオオ!!」


 突進をしている時、この獲物は風魔法を体に纏っていると聞いた。

 体に直接風刃を放っても意味がないようで、ガンマの風刃は弾かれる。

 だが、足には風魔法が届いていないようで、すんなりと切ることが出来た。

 しかし、元の肉質が硬いのか、切断まではできなかったようだ。


 とは言え今の攻撃で、獲物を転倒させることには成功。

 ドシンという音を立てながら、地面を滑っていくが、それを狙わない俺たちではない。


『ベンツ! ガンマ!』

『『おう!』』


 俺は身体能力強化の魔法を使って脚力を上昇させ、上空へと跳躍する。

 二匹の動きを邪魔しないようにするためだ。


 まず最初に動いたのはベンツ。

 雷魔法を身に纏い、纏雷を使用する。

 一気に加速して獲物の前に現れ、纏雷の最大火力を獲物にぶつけた。


「グオオオオオオ」


 これで一時的に身動きが取れなくなる。

 ベンツはガンマの様子を確認して、ガンマの準備が整った時に、獲物を蹴ってその場から離脱した。

 ガンマは身体能力強化の魔法を発動させるのは速いのだが、そこから一気に動きが遅くなるのだ。

 その間に逃げられてはいけないので、ベンツはガンマの準備が整い、こちらに来るのを待っていた。


 ベンツが離れても、纏雷の効果はまだ続いているようで、その獲物は逃げることが叶わない。

 そこで、身体能力強化の魔法で強化されまくったガンマが獲物の前に来た。

 獲物は動きたくても動けない。

 そこで、ガンマが大きく息を吸った。


『スゥーー……ッ! ッラァアア!!』

「モギュ──」


 ガンマは獲物の頭を地面ごと掬い上げ、俺のいる上空へと吹き飛ばす。

 あれだけの体躯の獲物を軽々と吹き飛ばすあたり、流石脳筋ガンマと思ってしまうが、そんなことを考えている内に、獲物がこちらに飛んできた。

 ぶんぶんと回転しながらこちらに来ているので、少々狙いが定まらないが、大丈夫。


『っしゃいくぜぇー!』


 身体能力強化、雷魔法・纏雷、風魔法・風刃の三つを合成。

 そして、強力な風刃……もとい、風神を獲物に向かって叩き込む。


『風! 神!!』


 ズッドン!


 強力な一撃を、上空から獲物に向かって放つ。

 丁度首の部分に当たったようで、頭が胴体から離れていく。

 風神の余波は地上にまで伝わったようで、地面には四つの爪のような跡がくっきりと残っていた。


 ベンツとガンマは既に退避している為、影響は全くない。

 獲物は重力に従いながらゆっくりと落ちていき、大きな音を立てて着地した。


 俺は静かに地面に降り立つ。

 ベンツとガンマもゆっくりとこちらに歩いてきている。

 これで狩りは完了だ。

 首が切れたので良い感じに血抜きされていることだろう。

 雷魔法をベンツが入れてくれたので、多少たりとも肉が焼けているはずだ。

 喜べ子供たち、ちょっと美味しいぞ?


『お疲れ~』

『こんなもんでよかった? 結局風刃以外の魔法使っちゃったけど……』

『いいんじゃね? 最後兄さんが風刃で決めてくれたし』


 まぁ自分の得意な魔法で戦っちゃうのは、これは癖だよな。

 仕方ない仕方ない。

 俺は風刃だけでやったからセーフセーフ。

 ……いや、一番いろんな魔法使ったのは俺なんだけどね?


「わふわふ!」

「わおー!」


 すると、子供たちがこちらに走ってきた。

 護衛をしたいたはずの狼たちは、その子供たちをしどろもどろに追いかけている。

 流石子供たち。

 大人たちをこうもすんなり抜けてくるとは。


 まぁ危険はもうない様だし、子供たちも遊びたいのだ。

 後は自由にさせてやるとしよう。


『あ! っちょっこら! 頭で遊ばない!』


 え、やめて本当に。

 地味に怖いから。

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