1.14.成長
二つの風が森の中を走っていく。
一つは白い風となり、もう一つは黄色い閃光がその後を追った。
白い風の体は大きく、強靭な足を持っているようだが、非常に臆病で戦うという事はしない。
「チチチチッ!」
『ガンマー! そっちいったぞー!』
『あいよー!』
ベンツの速度をもってしても、追いつくことのできない獲物が、ガンマのいる場所に走っていく。
一匹では勝てないその獲物に、ベンツとガンマは戦いを挑んでいた。
『剛!』
ガンマは身体能力強化の魔法を使い、腕に今持てるすべての力を集中させる。
そして、地面を攻撃した。
ドドドドドド!
ガンマの叩いた地面は大きく凹み、その余波で地響きが起きて獲物の動きがとまる。
「チチッ!?」
『『兄ちゃーん!』さーん!』
『おっしゃあ!』
俺は猛スピードでその獲物に突撃していき、滑るように地面を走ってその爪を振るう。
『風刃! 手加減バージョンッ!』
出来る限り近づいて、絶対に外さないように風刃を使って刃を飛ばす。
細かな小さい風刃が飛んでいき、獲物の足を両断する。
『ガンマー!』
『あいよー!』
地響きの中でも動くことのできるガンマが、走っていってその獲物の首にしっかりと噛みつく。
その噛みつきで、獲物の首がボギリと嫌な音を立てて潰れた。
だがまだ逃げ出そうとする。
そうはさせないと、ガンマは首を思いっきり振るって獲物の体を地面に叩きつけ、片腕で体を押さえて完全に拘束した。
それに続いて、俺とベンツも駆け寄って得物を抑えていく。
『やったぜー!』
『まはひんへはい《まだ死んでない》!』
『そうだぞベンツ! 最後まで気を抜くな!』
『分かった兄ちゃん!』
それからしばらくの間、獲物の息の根を止めるためにしっかりと押さえつける。
ガンマが倒したことを確認した後、ようやく口を離して一息ついた。
『よっしゃぁああ!!』
『やっと倒せた!』
『やったな二匹とも!』
『うん!』
『ああ!』
あの日から一年が経過した。
季節が一度回ったのだが、それでも一匹も欠けることなく、一年過ごすことが出来たのだ。
今の季節は秋。
俺たちは完全に大人の仲間入りをして、大きくなり、狩りにも参加できるようになり、この森で一番狩るのが難しいと言われている獲物を、ようやく狩ることが出来た。
ベンツはあの時よりも素早くなり、群れ一番の素早さを持っている。
今は狩りでの追い込みをよくやっていて、その機動力の高さから、獲物の群れを逃さないように立ち回ることが出来ていた。
それと、雷魔法を使うのだが、こちらの方も完璧だ。
ベンツ以外に雷魔法を使える狼がいないので、随分と苦労していたようだが、俺の前世の記憶と、この世界の環境を見てもらってイメージすることが出来るようになっていた。
次にガンマ。
ガンマは群れ一番の力持ちだ。
力技で全て解決しようとする所がたまに傷だが、それで助けられることはいくつもあった気がする。
だが、相変わらず火魔法は使っていない。
そこだけが頑固である。
そして……俺なのだが……。
基本的に全ての魔法を使いこなせるようになり、狩りでも好成績を残せるようになっていた。
全ての魔法と言っても、真似できる物だけマスターしただけだ。
手加減も完全にできるようになり、魔力の扱い方も相当うまくなった……と思う。
一番褒めてほしいのは、お婆ちゃんが使っていた水狼を使えるようになった事。
いやあれマジでしんどい。
頭の中で一匹一匹をリアルに再現し、動かさなければならないのだ。
まとめて動け、という事は無理で、一つ一つ動かさないといけなかった。
そのおかげで、水魔法は随分上達した。
おそらく回復魔法の次に得意な魔法が水魔法だろう。
あの~、いや~……お婆ちゃんマジヤバイ。
本当に群れで最強です……。
なんであれをさ? ちょっと魔法見せて~って言ったときにしれ~っとこなすのかが分からん。
まぁ、先生たちがよかったので、俺はここまで強くなることが出来ました。
やったぜ。
後ですね……お爺ちゃんもやっぱやべぇよ。
特に土魔法だ。
俺もまだ完全にできないのだけど、一度見せてもらった玉座と、草木を生やすあの魔法。
あれを同時にするというのがどれほど難しい事か。
頭の回転速度はお婆ちゃんの方がすごいのだが、記憶力と想像力、そして空間把握能力は完全にお爺ちゃんの方がすごい。
それは間違いないだろう。
まぁお爺ちゃんもお婆ちゃんもすごいんですけど、やっぱり一番すごいのはお父さんでした。
あのー……なんていうんですかね。
俺とベンツとガンマを足した狼です。
この一年で随分近づけたかなと思ったけど、いや全くそんなことなかったですね。
全属性の魔法を俺より上手く使うし、なんならベンツと足の速度ほぼ一緒だし、力もガンマと同じくらいある。
一つを極めているベンツとガンマよりは、若干劣る……程度の違いしかない。
いやなぁにあの狼、こわいわ~。
勝てるビジョンが全く見えなぁい。
『ねぇ! 早くお母さんのところ持って行こ!』
『そうだな! ガンマ、運んでもらっていいか?』
『おっしゃまかせろぅ!』
この一年で、二匹の性格もしっかりと決まってきた。
『ベンツ! 先に言ってお母さん起こしておいてくれ!』
『分かったよ兄ちゃん! じゃ、先に行ってくるねぇ~!』
昔からの兄ちゃん呼びは崩さず、ちょっと陽気な感じになった。
まぁ変わっていないと言ったら変わっていないのだが……これが今のベンツだ。
ベンツはそのまま雷を纏い、一瞬で消えた。
『兄さん! これなんかいい調理法ないか!?』
『あるぞあるぞ~! お前が火魔法使ってくれたらなぁ!!』
『じゃあ諦めるぜぇ! はっはっはっは!』
『笑ってんじゃねぇよくそが!』
ガンマは俺の口調を真似して、少し荒っぽくなった気がする。
なんか昔の友達みたいな感じがして、話しやすい。
口調は大きく変わってしまったが、俺を慕ってくれているというのは変わっておらず、やはりお兄ちゃんっ子だ。
……こんな口調だけどね?
いい子だからね? うん。
俺たち二匹は、お母さんの寝ている場所へと走っていく。
◆
昔から馴染みのある洞窟へと帰ってきた。
ガンマが大きな獲物を引きずって入る。
中に入って少しだけ進むと、白い狼が寝ていた。
その隣には、先に戻ったベンツが心配そうにしてその白い狼を見ている。
『ベンツ!』
『起きてるよ。静かにね』
『あ、すまん』
白い狼。
この狼は俺たちのお母さんのリンドだ。
リンドは……お母さんは、今病気だ。
何の病気なのか。
それは、魔力総量の減少による魔力枯渇。
魔力総量が既に少なく、常に魔力タンクが満タンの状態だ。
だが、魔法を使えば一瞬で魔力がなくなり死に至る。
これは、治ることのない病気であり、その症状は動けなくなるという事と、極度の体温低下。
昔はそんなことは無かったのだが、いよいよ総魔力量が極限にまで減ってきてしまっていたのだ。
だが、それを和らげることはできる。
それがこの、今狩ってきたばかりの獲物だ。
この獲物は、魔力総量を増やすことのできる珍しい魔物。
名前は知らない。
だが、素早くなかなか仕留めることのできない魔物だ。
とはいえ、これを食べたとしても魔力総量はあまり増えない。
完全に気付け薬程度の効力しかないが、それでも俺たちはリンドのためにこの獲物を狩ってきた。
少しでも永らえてもらうために。
『お母さん食べれる?』
『大丈夫よ』
リンドは遠慮なくといった風に、俺たちの狩ってきた魔物を食べてくれる。
俺たちはそれにほっとして、一緒に食べ始めた。
この魔物の一番良い部位は心臓。
これを食べると、魔力総量が一番大きく上がる。
重要な部位はここだけなので、そこだけは絶対にリンドに食べてもらった。
『狩るの大変だったでしょう?』
『ベンツと速度一緒だったからね……あんなに狩るのが難しい奴もなかなかいないよ』
『俺は手加減しにくいから大変だったぜ……』
『兄ちゃん手加減下手だもんな~』
『うるせぇやい』
『ふふふっ。ありがとうね』
リンドは少し元気になったような気がする。
これでもうしばらくは大丈夫なはずだ。
俺たちは苦労して狩った獲物を食べながら、談笑して食事を楽しんだ。
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