1.8.みんなでご飯


 俺たちは崖から降りて、狩ったばかりの獲物を前にして待機していた。


 初めて動物の姿から直に食べるわけだが、なかなか勇気が出ない。

 ベンツとガンマはそんなことお構いなしだといった風に、柔らかい所をガツガツと食べている。

 もう引っ張る力も顎の力も十分に発達したため、自分一人で食べれるようになっていた。


 他の狼たちも、お父さんが食べ始めた後に獲物を齧り始める。

 いつもは残ったところを、俺たちの元に持ってきてくれたのだという事がこれでわかった。


『兄ちゃん食べないのー?』

『ん、んー……いや、んー……』


 ちょっと生々しすぎるんですよ。

 解体なんて見たことないし、こんな見せられない臓物むき出しの死骸なんてものも見たことない。

 多分人間の姿でこれを見ていたら、確実に嘔吐していたことだろう。

 狼の姿だからか、そういうことは無かったが。


 いつもは完全に肉の形をしたものだったので、普通に食べることが出来たのだが……こうして実際に獲物を前にすると怯んでしまうな。

 流石にこのままじゃ駄目だよなぁ……。

 自分で狩った獲物を食べれないって……流石にどうなのよ。


 いやでもね、聞いてほしいことが一つある。

 この可愛い子たちが、全力で獲物の肉を引きちぎって食べていく姿なんて、見方変えたら残酷映像だからね?

 俺今ドン引きしてるもん。

 それが食欲を低下させてる一つの要因だよ。


『オール。狩った獲物は喰え。出来なきゃ死ぬぞ』

『わかってる』


 お父さんに促され、やっと口を獲物に近づける。


 いや~~~~めっちゃうまそうな匂いなんだよなぁ~~~~!

 頭では抵抗してても体は正直なんだよぉ~~!


 焼いてもない肉にこれだけのうまそうな匂いがするとは思わなかった。

 俺はそのまま口を開けて肉を掴む。

 ぐいーっと引っ張って肉を引きちぎり、軽く咀嚼しながら肉を胃袋へと流し込んだ。


『うまぁ!!』

『狩りたてってこんなおいしんだね~!』

『ハグハグッハグッ!』


 抵抗はどこへやら。

 それからという物、俺は腹いっぱいになるまで肉を食っていった。


『ゆっくり食べなさい?』

『ふぁい』


 お母さんであるリンドにそう言われるが、俺たちは全く食べる速度を落とすことなく食べていく。

 ちらりと他の狼たちを見てみると、俺たちを微笑ましそうに見ているという事がわかった。

 全員が俺たちを心配してくれているし、大切にされているという事が良くわかる。


 みんなで食べるのはなかなかに良い物である。

 今まで三匹だけで食べていたので、少し寂しかったというのもあるが。


 暫くして、全員が腹いっぱい食べたのだが……まぁ食べきれるわけもなく、食べ残った残骸が残っている。

 無残にも残されたこの死骸は、このまま放置されるらしい。


 その理由は、この残骸を食べに来た獲物をまた狩るためだという。

 狩った獲物も、次の獲物を狩るための罠にする。

 この狼たちはそうして生きてきたらしい。


 前から思っていたけど、この狼たち人間並みの知性あるよね。

 魔法もあり得ないくらい上手い事使ってるし、連携もめっちゃすごかったし……。

 実はみんな人間から転生した狼なんじゃないですか?

 あ、そんなことは無いですか。


 その後、俺たちは結局洞窟に戻されてしまった。

 やはりまだ狩りのできる体格ではない俺たちは、邪魔になってしまうらしい。


 まぁそれもそうか。

 結構洞窟の中で鍛えてるつもりだが、体格差にはまだ勝てないのだ。

 大人しく帰ることにする。


 洞窟に戻って一息ついたところで、眠たくなってきてしまった。

 それは二匹も同じだったようで、俺の腕と尻尾を枕にされてしまう。

 俺が枕にできるのは、俺の腕を枕にしているガンマの首しかない。


 あ、意外とフィットする。


 大きく息を吸って、ゆっくりと吐く。

 結構体力を使ってしまったらしく、脱力するとすぐに眠りに入ってしまった。

 慣れない外を歩いて疲れてしまったのだろう。


 俺はそのままスヤスヤと眠ってしまった。



 ◆



『大事ないか』

『ええ、大丈夫です』


 オートがリンドに寄り添い、リンドの体調を心配する。

 リンドはもとより体が弱い。

 リンドは二十七歳なのだが、アルビノなので寿命が短い。


 この狼たちの種族の寿命は大体七十年。

 だが、リンドはその半分も生きることはできないのだ。

 それをこの狼たちは知らないが、リンドが短命だという事は狼たちの全員が理解していた。


 それを知っているからこそ、この狼たちはオールのことを心配している。

 オスであり、群れのリーダーである子供の長男が、リンドと同じ体質。

 頭もベンツとガンマよりもよく、魔法習得に関しても意欲的の姿勢を示しているオールは、リーダーとしての素質を十分に持っていると、群れの誰もが認めていた。

 だが短命。

 そして、リンドと同じく、体が弱くなる可能性が高い。


 なので子供の頃だけは、出来る限り外に出したくないというのが、群れの総意だった。


『私はもう……長くないですね』

「くぅー……」


 リンドもオールと同じく、他の群れの仲間の言葉を理解できるわけではない。

 だがやはり、何を言いたいかは理解できた。


『無理するな。お前の力は強大だ。子供たちのために、その力を使ってくれ』


 リンドは唯一群れの中で回復魔法を唱えられる。

 それは非常に強力であり、傷を全て完治するといった物なのだが、やはり代償はある。


 総魔力量の減少。

 魔力とは、魔法を発動させるために必要な物であり、更には生命にも直結する重要なものである。

 幸いにも、リンドの総魔力量は他の狼よりも遥かに高い。

 それ故、ここまで生きてこれたのだろうが……。


 気づくのが遅かった。

 回復魔法を使う時、総魔力量が減少すると知ったのは、オールたちが生まれた後の事だったのだ。

 それまでは、只の体調不良だとして、問題視はしていなかった。


 もっと早くにこのことに気が付いていれば、リンドはもっと長生きできただろう。

 子供たちにこのことはまだ伝えていない。

 伝えれば気を使わせてしまう。

 それだけは避けたかった。


『明日からあいつらに魔法を教える。お前はオールに回復魔法を教えてみてくれ』

『はい。でも……』

『わかっている。成功したら、ちゃんとその代償について教えてやれ伝え方は任せる』

『分かりました』


 オートは立ち上がり、また縄張りの巡回を開始する。

 近くにいた狼もそれに続いて走っていった。


 リンドはゆっくりと立ち上がり、子供たちのいる洞窟へと帰っていく。

 自分の死期を把握してはいるが、それはまだ先の事。

 それまでは何としても子供を守ると、一匹で誓ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る