第17話 アドリ


〔花山襲撃前日昼 三上忍〕







「それにしても、よく神道庁は西洋魔術結社である有鳥アドリさん達に委託をされましたね」


 ――邪人の疑いがある九条ヒカルと妖魔の疑いがある天ヶ瀬シイナを調査せよ。


 そう神道庁から依頼を受けていた私、三上忍はファミレスで民間委託業者の、あの胡散臭いカールした髪型の有鳥氏と打ち合わせをしています。


 最初は某有名ハンバーガー店でいいですか? と言われたので、ささやかな抵抗としてファミレスにして頂きました。


「この時期、他も忙しいですからねぇ。アドバイザーなんて言ってますがその人、事務所のトップと修行時代に付き合いがあって、たまに仕事を回して貰ってるだけで我関せず。こうやって仕事を回すのが仕事なんでしょうね」


 美味しそうに、けれどなぜか複雑そうにチキンソテーを頬張る有鳥氏。


 ……やっぱりただのコネ、天下り先じゃないですか。


「ああ、どうして……鳥類ってこんなに美味しいんだ………」


「はい?」


「あ、いいえ何でもないです。独り言デース。それよりも邪人でしたっけ? 具体的にどういう存在なんです?」


「は? ええと、有鳥さんはこっちの社会の方なんですよね?」


「ええ。ですけど、ハイチテンカンってやつです」


「はぁ……ええと邪人というのは、強大な妖術を使い、無尽蔵な霊力を持ち、様々な神秘を引き起こす者を指しますが?」


「妖術と霊力ってなんですか?」


 思わず頭を抱えそうになります。


「妖術は妖術ですけども……霊力を用いて、この世に理に反する現象を起こす禁止された力と言えば伝わりますか?」


「ああ、魔術と魔力?」


「あ、あの、有鳥さん? その呼び名は国際神秘法に抵触するのですが」


「へ? あっ、そうなのか? ってか禁止されてる??」


 何を言っているのでしょうかこの方。


「魔術という呼称は欧州の連合魔術協会ユニオン・マギカが国際神秘特許を取得しており、国際神秘司法機構が公式に認定した連合のみが使用可能な神秘ですよ?」


「こ、国際神秘とっ、え? 司法?」


 私の言葉に有鳥氏はクルっ、クルっとフクロウみたいに首を九十度捻りまくっています。


「ええっと。一言でまとめると魔術は、日本国以外の主に欧州で正式に認められた神秘の事です」


「ふーん。でも根源は同じでしょ? 国によって違うのはなんで?」


「それは……元々、神秘は様々な地域であったのですが、中には危険なものも多く、それらの危険ではないものだけ選別し、公式に活かした為です」


「つまりさっきからやたら何度も出てくる【神秘】ってものは、ようは魔術や召喚術、日本の祓い? だとかを全部まとめた言い方だと」


「そうです。超常の力=神秘であり、その中に魔術やら私達の使う祈祷やらがあります」


「共通して使われないの?」


「それは言語やら文化やら違いますし。ただ各神秘の代表から認可を受ければ他国でも可能です。それがライセンスですね」


「あ、それで日本なのにうちは魔術師を名乗れてるんですね」


「え、えぇ……」


 ご自身の所属先なのに知らなかったのですか?


 しかも彼は「あー、神秘はつまり魔術全般。その中で国ごとに聖樹……とかの真名……な地域限……もんか……」などとブツブツ言っています。


「本当に何も知らないのですね。てっきり神道庁の委託なので神道の事を含めてお詳しいのかと」


「え? あー、俺は外採用なもんで。ちなみに日本で認められる神秘ってなんですか?」


「それもご存じないのですか!? 日本で認可されているのは陰陽術と舞と言った祓と禊から神降ろしまでを組み込み、再構成した『神祷術』と、仏教の秘典宗が使う『百家法術』のニつで【祈祷】と【法術】と呼ばれます。

 ちなみに私は祈祷が使えます。これでも東北を管轄とする巫女長の筆頭候補ですので」


「よく分かりませんけど、三上さんは凄いんですね」


「そもそも力を使える人間が少ないので実戦経験はありませんが東北ではたぶん、一、二を争う力があるとお母さんは言ってました。

 ……というより失礼ですが、有鳥さんは前はどういったお仕事をされていたのですか?」


「えーとねぇ。探偵をしておりました?」


 あっ――この人、一般社会からこっちに引き込まれた人ですね。


 なるほど。それで外からの採用と。


 こういってはなんですが、こちらの社会は酷く閉鎖的であり、保守的です。

 なので一般から見て変な事はできても、常識的な事が全くダメだったりします。


 そのため彼の様な、外部の適当な人間を引き込む事が稀にあるのです。


「では私の仕事に協力して下さるとの事でしたが、文書の作成なども期待してよろしいのでしょうか?」


「あの、それってもしかしてピーシーとかいうヤツで作るのですか?」


 ……私はその質問だけで気が重くなりました。


「い、今のは忘れて下さい。それより尾行や監視をお願いします」


「了解デース」


 ……ああ、もう、どっちが年上なのでしょうか。とにかくこの方には、せめて尾行とか頑張って貰いましょう。










「別れようって……どうしてなんだいシイナ!」


「なんでもなにも何十回と説明しているではありませんか。私と彼女は別人なんです。だから私達は最初から付き合ってないんです。従姉妹も連れてきて謝罪したではありませんか。なのに私と別れたくないと言われても困ります」


 ……修羅場でした。


 ファミレスからの打ち合わせの翌日。


 初日なので二人で探りを入りてみましょうという事になり、有鳥氏と共に放課後、ヒカル君を尾行していました。


 するとどうでしょう。いきなり修羅場です。


「待ってくれシイナ! 俺は君の事を本気で愛しているんだ! お願いだから考え直してくれ!」


「……本気で愛しているのに従姉妹と私の違いを見抜けなかったのですか?」


「む、胸は小さいと思ったけど……でも君の方が顔も身体も百倍素敵だ! ならあらためて君に告白しよう、俺と付き合ってほしい!!」


「お断りします」


「なぜ!? 学園一の男の告白なんだよ!」


「なぜって、今の告白でうんと言う女性がいるんでしょうか……それにあなたの周りを見て下さい」


 うん。女の子が何人もいらっしゃいます。毎日取っ替え引っ替えですもんね。


 最低ですね。


 確かに彼は多くの女性を救っていると聞いておりますが、これは酷い。


「それに学園一と言われましても……学園どころか世界を掴もうとしている何百倍も格好いい素敵な男の人を知ってしまいましたから……今更学園一なんて言われても……」


「え? なんだって?」


「な、なんでもありません。とにかくすみませんが、さようなら」


「まっ、待ってくれシイナ! 君はやっぱり加賀美の奴に何かロクでもない事を吹き込まれて騙されてるんだろ!?」


「なっ!? れ、レンくんは関係ありません!! レンくんとは、そのっ、まだお友達、と言いますか……その……あの……っ」


 シイナさんの言葉は尻すぼみになり、段々と赤くさせてまるで恋する乙女の様な表情になると、彼女は誤魔化す様に顔を覆いました。


「くそッ! アイツっ……! だ、大丈夫だ、今すぐアイツを俺が倒そう!」


「だから違いますっ! それにレンくんがいなくとも貴方の事はお断りしました!」


 ――加賀美? レンくん?


 二人の関係は非常に良好だとエリから聞いていた私は、第三者の存在に眉をひそめます。

 特にシイナさんはヒカル君の正妻の様なポジションだったとか。それが実は付き合ってすらなかった上に、シイナさんをこんな顔にさせる別な男がいたと衝撃的な話です。


「とにかく失礼しますねっ」


「あっ、お願いだ待ってくれシイナ!?」


 追い縋るヒカル君。

 けれどハーフらしい美貌もスタイルも可愛らしいも総取りした様なお嬢様は、頭を下げると品のある走り方で行ってしまいます。


 それでも追い掛けようと彼はしますが、周りの女の子達はむしろ引き止めます。

 ライバルが減ったと思っているのか、表情がどことなく明るいのが、同じ女としてもちょっと怖いです。


 一方、シイナさんと親しいのか、彼女の方にも女の子が数人行き彼女と話します。けれどそちらも説得に失敗したらしく、彼女はそのまま行ってしまいました。


 これは……どうなんでしょう。


 シイナさんにも妖魔の疑いがあるのですか……。


「どうしましょうか有ど――」


 一緒に物陰に潜む有鳥氏に声を掛けようとした所で、彼の表情がさっきは比較的にならない程に冷めたものになっている事に気付きます。


 怖い。


 なんでしょうか。ゾッとする様な、人間味のない顔です。


「……ん? ああ、なんですか?」


 その表情も一瞬で消えましたが、私の記憶に強くこびりついて離れません。


「ええっと……どちらを追いましょうか?」


「そりゃあもちろん女――いや、そうですねぇ。ここは男の方を引き続き見張りましょ」


 いいのでしょうか?


 射殺す様な視線を送っていたのは、ヒカル君ではなく間違いなくシイナさんの方でした。


「ええ。向こうはちょっと影から嫌な感じがしたんですよねえ」


 影とは何のことか分かりませんがそういって笑った彼からは、恐ろしい印象しかありませんでした。














「なんで、山?」


 私達はその後、ヒカル君の後をつけましたが彼は女の子達と別れてどんどんと田舎の方へと進んでいきます。


 思い詰めた様な、何か確信した様な態度で夕暮れの中を突き進んで行きます。


 そして辿り着いたのは山。


 正確には山の入り口にある民家です。そこの玄関で何度も呼び鈴を鳴らしています。


「シイナさんの家は違うはずですが」


「ほぉ……こっちはこっちで何かあるのか?」


 先ほどから有鳥さんも、初対面の胡散臭さは消えもはや不気味な感じしかしません。


 本当に何なのでしょう、この方は。


 今更ながら本当に民間委託の方なのでしょうか。だとしても、本当に私の仕事を手伝う為に来たのでしょうか。


 そんな疑念が膨らむ中、その民家から出て来た中年の女性と何か喋っていた彼ですが、やがて民家から出てきます。


 それからしばらく周辺をうろついていた彼ですが、山の方へ足を向けます。


「やはり……山か」


 有鳥氏は何か考え、それから私へまたゾッとする様な顔で笑いかけてきます。


「ねぇ三上さん。あの山、怪しいとは思いませんか?」


「え、ええ……」


「ではせっかくですし、ここは二手に分かれて探りを入れてみましょう。ああ、それがいい。そうに決まってる」


 まるで命令の様にそういうと、彼は別な方へと歩いていってしまいます。


「ええと……」


 取り残された私は迷っていましたが、ヒカル君も先へ行ってしまうので仕方なく後をつけます。


 なんなのでしょう、これ。


 有鳥氏といい、ヒカル君といい、凄く嫌な感じがします。これは簡単な確認作業のはずです。おかしい。何かがおかしい……。


 そんな不安に駆られつつ、彼の後をつけ山へ入っていくと。


「なんで……フェンス?」


 大きなフェンスが張り巡らされていました。


 意味が分かりません。こんな何処にでもありそうな山に、なぜフェンス?


「不法投棄とか……いえ、それにしては綺麗ですよねここ」


 悩みます。


 このフェンス、上には有刺鉄線の様なものが見えますが、それもまだ施工中なのか一部だけで、他の所を頑張れば越えられそうです。


 これは、行かない方がいいのではないのでしょうか。

 けれど私も腐っても神道庁から勅命を受けた身。


 結局――私はフェンスを登りました。


「は、入ってしまいました。最悪、神道庁経由で警視庁に口聞きして貰いましょう」


 そうあまり期待できない事を言い聞かせ、私は意を決して歩みを進めます。


「あれ? ヒカル君はどこに?」


 しかし先へ進んでもヒカル君はおらず、気が付いたらまた元の道に戻っている事に気付きます。


「まさか迷ったのかしら?」


 考えます。時刻はもう夕方。

 もしもう一度探索しようとして迷ったら大変な事になります。


「……今日はここまでで帰りましょう」


 仕方なく山から降りてフェンスへ向かいます。が、何もなかった場所にそれがありました。


「ぇ………………なんでここに祠?」


 見つけたのは白い祠です。

 ですが入った時はこんなものありませんでした。

 しかも祠は随分新しく、物凄く場違いな印象を受けます。


「……なに、この、凄い霊力」


 さらに祠からハッキリと強い霊力を感じます。

 あまりにも強いので、正確な所は分かりませんが、下手をすれば前に修行時代に見た、国宝に匹敵するのではないかと思ってしまいます。


「嘘、なんで……さっきまでなかったのに。誰かが置いた? いえでも、なんでそんなこと……それにこの霊力。神道庁が重大な理由で設置したとしか……」


 訳が分かりません。


 これが何の霊力も持たない祠なら、私も勘違いで流しました。

 けれど、この状況で出くわした祠に得体の知れないものを感じます。


「中身は……どういった神様が祭られていらっしゃるのでしょうか」


 祠は閉まっており、鍵が掛かっている様です。


 ――開けるべきでしょうか?


 そんな不敬な事が過ぎりましたが、流石に自重します。

 ただ、何か書かれているのではと、手を伸ばし――。


「何か御用でしょうか?」


「ひっ――!?」


 背後からいきなり声を掛けられました。

 振り返ると、金髪の偉丈夫がいます。


「こんばんわ。こんな時間に山に入るなんて危ないですよ? それにここは立ち入り禁止だったはずでは?」


「え、あ、すみません。その、同じ学校の男の子が山に入っていったので心配になって」


「学生ですか? いやぁここに入ってきてはいませんよ」


「あ、そうですか……あの、ところで、あなたは?」


「私? 私は趣味で野鳥の観察をしてまして、今は日本に滞在し、こうして山々を歩き回っている旅行者ですよ。ちなみに地主の方から正式にこの山へ立ち入り許可は頂いております」


 そういって彼は首から掛けられたカメラを見せる。


 外国人がこんな所で? しかもこんなにも流暢な日本語で旅行者?


 とは思わなくもなかったですが、彼から霊力は感じず、自分も後ろめたさがあるのでそれ以上は踏み込めません。


「と、ところで、その、この祠ってどなたが設置されたかご存知ですか?」


「実は私もこれだけ綺麗な祠だと気になりまして地元の方に聞いたのですが、何でもここの地主さんが設置したとか。昔、ここで誘拐事件があったのでそのお祓いです」


「そう、ですか」


 それから私は彼に誘導され、山を降りました。

 一体、あの山は何だったのでしょうか。


 ただの山にしては――。


「おおっ、お帰りなさい三上さん。どうでしたか? 帰りに何かを見たのでしょう? それは一体なんでしたか?」


 鳥が羽ばたく様な音が聞こえたと思ったら、突然目の前に有鳥氏が現れました。今、誰もいなかった様な気が……。


「さぁさぁ、あの山の中をご覧になったのでしょう?」


 そう顔を近づけてきます。前髪が当たって嫌です。


「え、ええと、それが……」


 私はその勢いに負けて、フェンスや祠、そして外人の方について話します。


「――дайАИх!!」


「えっ」


 突然、有鳥氏が叫びます。けれど私にはそれが全く聞き取れませんでした。


「これは由々しき事態です! すぐにでも強行偵察をせねばなりますまい!」


「は、はい? あの落ち着いて下さい。確かに変な所はありますが、まだそんな不確定な――」


 いくらなんでもありえない。


 何を根拠にそんな主張をするのか分からず、反論しようとする私に彼はとんでもない事を告げます。


「何を暢気な事を言ってるのですか、あのヒカルという青年は、未だに山から降りてきていないのですよ!?」


 ………………はい?

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