第138話

 狙うのはこちらから見て左手側にいる脚を一つ失った機体である。一見すると問題なく稼働しているが、本来四脚で動くものを三脚で強引に動かしているのだから、どこかに無理をさせている可能性は高い。機体バランスも崩れているはずであるし、最初に付け入る隙があるとしたらそこだろう。

 慎重にエクリプスに狙いをつけさせる。エレイアの努力もあってTRCSの制御も安定し、いつかのようにこちらの思考を誤って察知し勝手に動くというようなこともほとんどなくなっているが、それでも気を付けるに越したことはない、

 狙いを定めたところで相手の様子を窺うがやはり動きらしい動きはない。あくまでこちらが仕掛けるのを待ち受けるつもりらしい。

 それならば、とエクリプスに構えさせたマシンガンを発射させようとしたところで、不意に装着しているヘッドセットからアラートが鳴り響く。

 慌ててバイザーディスプレイに詳細を表示させるが、表れたのは『反乱部隊接近中』という簡潔な文字列だけだった。そして、俺とエクリプスは現在ラグート基地入口を背にする格好でいた。

 まずい、と口にする時間すら惜しい。俺はとっさにエクリプスの側面ステップに体を預けると、バスターソードをその場に突き立てたままエクリプスを緊急発進させ、最大巡航速度をわずかに上回る速さで四脚たちの方へ突っ込ませる。

 当然四脚たちもそれに対応して攻撃行動を取り始め、短腕ワイヤードアームが正面と左右から飛んでくるが、左右の奴は無視し正面からの攻撃はマシンガンの集中連射で勢いを削ぐ。正面の相手が短腕を回収するのに乗じる格好で接近に成功すると、機体の体格差を生かして体当たりで弾き飛ばし、そのまま相手の裏側に抜けたところでようやく機体を旋回させて状況を確認する。

 案の定というべきか、基地の入口には反乱部隊のWPがいた。前回と同じくWP-02FAが二機、それと事前の情報にはなかったWP-03AACと思われる指揮官機が一機。指揮官機には士官の格好をした操縦者が随行しているが、何故か他の二機には操縦者が付いていない。

 士官服姿の中年男が俺に向かって声をかけてくる。


「あのお方に期待されているのだ。あまり失望させてくれるな……ナオキ・メトバ」

「何故、俺の名前を? ……貴様は誰だ!?」

「私の名前など後でいくらでも調べられるだろう?」


 いきなり知らない相手に名前を呼ばれた動揺を押し隠し、相手の素性を問うが、軽くいなされてしまう。

 ただ、確かなのは相手は正規の軍人ではないということだ。士官服を着用しているのにそれを意識している素振りがない。軍人同士なら階級で呼び合って当然であるところだが、それもしていない。


「貴様……軍人ではないな。何故士官服を着ている?」

「下賤な者どもを手っ取り早く従わせるにはこの手に限るのでな」

「何だと?」

「本来ならこのような品位のない風体になぞなりたくも無いが、これも命令なのでな。あのお方も中々に人使いが荒い」


 あまりにも露骨に軍人、というよりも国民そのものを見下してくるその態度に、戦闘中なのも忘れて気分が悪くなってくる。かつてのケヴィン曹長だって、ここまで劣悪な考え方はしていない。救い難いほどの選民思想だった。

 俺はどうにか気を平静に保ち、男を問い質す。


「……貴様が反乱部隊を組織したのか?」

「愚民どもに少しだけ入れ知恵をしてやっただけだ。政府は北部の安全と引き換えに南部を評議会に引き渡すつもりだとな」

「馬鹿な、そんなことがあるわけ……」

「勿論、嘘だとも。お前が引っ掛からなくてむしろ安心しているよ、ナオキ・メトバ」


 こちらが怒りを抑えるのに必死なのも構わず、士官服の男は挑発的な声色で嘲り続ける。


「まあ、連中も愚民といえど多少は忍耐を知っていたようでな。中々簡単には乗ってこなかったが、連中の信頼するマクリーンが実は評議会の上層部と通じていて、孫娘の身柄と引き換えに新型機のプロトタイプを引き渡す予定があるがあると吹き込んでやったら、遂に連中も……」

「……もういい……!」


 士官服の男の不快な喋りを遮る。これ以上の我慢は出来なかった。


「何だね、ナオキ・メトバ? 貴様ごとき南部の棄民風情がこの私に指図しようとでも言うのかね?」

「指図などするものか! 自由と平等を愛する共和国軍人として、反乱をそそのかした貴様を捕らえるだけだ」

「笑わせてくれる! あのお方に少し目をかけられている程度で、私を倒せると思わんことだ!」


 士官服の男はそう言うと左手に装着されたコンソールを構える。こちらもエクリプスにマシンガンを構えさせる。


「おやおや、ご自慢の剣を落としているようだが大丈夫かね?」

「剣を持つだけが戦いじゃない」

「剣を持つことすら出来ぬ弱輩どもの意見そっくりだな、ナオキ・メトバ」


 こちらのやせ我慢を見透かした士官服の男がせせら笑う。


「そちらこそ、敵は俺だけじゃないだろう。そこの四本脚をどうするつもりだ」

「……血塗られた英雄めが、余計な手間を取らせてくれる。だが、こんな玩具程度では私は止められん」


 丁度こちらとの中間地点に陣取る四本脚たちを一瞥してそう言うと、男は何故か構えていたコンソールを下ろし、WP-03AACに接続されていたケーブルを引き抜く。

 相手の意図が読めず、つい疑問が口から出てしまう。


「……どういうことだ?」

「TRCSを操るのが貴様だけだった時代が終わったということだよ、ナオキ・メトバ」

「まさか……?」

「信じられぬのなら見せてやろう! 行け、03AAC! あの玩具どもを蹴散らしバスターソードを奪取しろ!」


 驚く俺の目の前でWP-03AACは男の声と共に火器を乱射しながら四本脚三機に向けて突進した。

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