第94話

「どうした、パワー比べは退屈だったか?」

「こちらは時間がないんでね。もっと手早くケリをつけたいのさ」

「随分と強気に出たな。さては何かひらめきやがったか?」

「あいにく僕は高校もろくに出ていなくてね。頭を使うのは苦手なんだ」


 僕はベゼルグに言い返しつつ、コンソールを使って次の指示を入力しようとするが、その瞬間視界がゆっくりと揺らめいた。


(くっ! ……まだだ、まだ倒れるわけにはいかない……!)


 僕は頭を小さく一回左右に振ると、どうにか意識を覚醒させてコンソールでの入力を終える。

 エクリプスがゆっくりとアサルトブレードを構える。ただし、普段とは逆の手で。

 それを見たベゼルグが目をつり上げた。


「なんだそりゃ? この期に及んで遊ぶつもりか?」

「別に遊んでいるつもりは無い。これも一つの戦術でね」

「剣を逆で構えるのが戦術ってか? 笑わせるな」

「ただのお遊びじゃないところを今見せてやるさ!」


 僕はそう言い捨てると、エクリプスを突撃させた。ベゼルグもまたクォデネンツに迎撃の指示を出す。

 普段の利き手と逆、左手で構えるというのはおそらく通常のWPのモーションパターンには入っていないはずで、TRCSの補助がなければまともに動かすのすら困難なはずだ。

 ただし、それは相手にも同じことが言えるはずで、ベゼルグの操るクォデネンツも両腕が刃になっているものの基本は右を主とした攻撃をするはずで、相対する敵も右から攻撃を仕掛ける前提で動作プログラムが組まれているはずだった。

 そこでもし、相対する相手が左から攻撃を繰り出せばどうなるだろうか?


 僕は重くなる意識を引っ張り上げながらTRCSを使って踏み込みを調節し、左からの斬撃を見舞った。こちらから見て左からの斬撃ということは、相手からは右から攻撃が来たことになる。

 その時、クォデネンツはちょうど右側の腕を振り上げていたところだった。


「ちぃっ、これが狙いかよ!」


 ベゼルグは小さく毒づくと素早くコンソールを入力して、わずかにクォデネンツの立ち位置を後ろにずらして攻撃を受け流そうとする。

 が、そこで僕は更に動きを変化させてアサルトブレードを突き立てるように構えさせると、ブースターを発動させて一気にクォデネンツに迫った。


「何だと!」

「隙ありだ!」


 ベゼルグの驚愕の声と僕の気迫の声が同時にその場に響き渡る。

 流石のベゼルグもこれには焦ったか、慌ててコンソールでクォデネンツに指示を送るが、間に合うはずもない。



 ガギィィィィィン! バシュゥゥゥゥゥン!



 鈍い音を立ててエクリプスのアサルトブレードがクォデネンツの右肩部分に突き立てられ、何かの電気回路らしきものがショートする音が響く。

 僕は深追いせず、二度ほど傷口をえぐるようにアサルトブレードを動かすと素早く引き抜いて、そのまま後退させた。


「……そう来るとは思わなかったぜ。やってくれるじゃねえか……」


 ベゼルグが怒りを押し殺しながら、僕に殺意のこもった視線を向ける。

 クォデネンツは右手が力なくだらりとぶら下がったまま動かなくなっていて、かなり大きなダメージを受けているようだった。


「だから言っただろう。ただのお遊びじゃないってな」

「ほざけ若造。まだ俺は負けたわけじゃねえ!」


 僕の言葉にベゼルグは呪詛じゅそを吐き捨てると、クォデネンツにコンソールで指示を送り、残った左腕を構えさせてこちらに突進してくる。

 僕もコンソールでエクリプスに指示を送ると再度左にブレードを構えさせ、その場でクォデネンツを迎え撃つ姿勢を取った。


めるんじゃねえ、若造が!」


 ベゼルグは大きな声で叫ぶと僕の予測を上回る速度でクォデネンツを踏み込ませて左腕を一閃させる。

 次の瞬間、エクリプスが構えていたアサルトブレードは真っ二つに寸断されてしまう。


「しまった!」


 僕は両断されてしまったブレードを見て自分の判断の甘さをいたが、後悔は先に立たずである。

 僕はぐずぐずと悩むことはせずにエクリプスを大きく後退させた。


「どうした若造、怖気づいたか?」

「ああ、あまりにも見事な腕なんで、ちょっと手が震えてしまってね」

「ふん……だが、頼みの剣が折れてしまっては戦えまい」

「こちらの武器はブレードだけじゃないさ」


 僕はそう言って、エクリプスに折れたブレードを捨てさせると腰にマウントしておいたマシンガンを手に取らせる。


「何だ、今更飛び道具に頼るつもりかよ」

「なら聞くが、貴様が僕の立場だとして、戦える力を残していながら降伏するのか?」


 僕が挑発に乗らずに言葉を返すと、ベゼルグはニヤリと笑った。


「なるほどな……既に覚悟を決めているってわけかい」

「やらなきゃいけない理由には事欠かないからな」


 ベゼルグの言葉に小さくうなずく。ひとりの軍人としての使命感、エレイアやトマス少尉たちのこと、ジェノ隊長たちのこと、そしてアレク前隊長のこと……ベゼルグと戦わなければならない理由は実際山ほどある。


「それじゃ、こちらも遠慮なくいかせてもらうとするか」

「まだ、本気ではなかったとでもいうのか?」

「何度も言っているだろう。本気ならお前なんか瞬殺しゅんさつだってな」

「……要するに、次で決めると言いたいわけだな」

「ちゃんと伝わっているじゃねえか……さあ、いさぎよく死にやがれ!」


 僕の言葉に返答を叩きつけると、ベゼルグは再びクォデネンツを突進させてくる。

 それに対して僕はエクリプスを動かさなかった。マシンガンを構えた態勢のまま、その場でクォデネンツが来るのを待つ。


「どうしたどうした! やる気がねえのかよ、てめえはよ」

「……」


 ベゼルグがこちらをあおってくるが、僕はそれに応じずじっと耐える。仕掛けるタイミングはここではない。

 クォデネンツは勢いよくこちらの目と鼻の先まで迫ってくる。


「覚悟しやがれ、ナオキ・メトバ!」

「……!」


 クォデネンツが左腕を振りかざそうとしたまさにその瞬間、僕は狙っていたターゲットが完全に制止したのを確認し、僕は迷うことなくエクリプスに射撃の指示を送る。


「そこだ!」


 狙っていたのは三本の脚のうちの一本。ちょうど機体の前面で姿勢を制御するために動きを止めていた。


「! しまっ……!」


 ベゼルグはうめいて、慌ててコンソールに指示を送るがもう遅い。

 激しい勢いでマシンガンの弾丸が叩き込まれる。



 ガガガガガガガガガッ! ボンッ!



 至近距離から放たれたマシンガンの弾丸は瞬く間にクォデネンツの脚の一本をズタズタに吹き飛ばす。

 三本ある脚のうちのひとつを破壊されたクォデネンツは大きくバランスを崩していた。辛うじて後ろに下がったものの、動いていない右腕を支えにしてどうにか立っている状態であり、もはや戦闘の継続は望めないように見えた。


「クソッ! よくもクォデネンツをここまで……!」


 しかし、ベゼルグの怨嗟えんさの声を聴いている余裕は、僕にはなかった。

 先程からTRCSの連続使用で無理に無理を重ねてきた体がついに限界を迎えてしまったのだ。

 相手の追撃すらままならず、僕はその場に崩れ落ちてしまう。意識を失ってその場に倒れ込んでしまうよりはマシだったが、もうほとんど体を動かすことが出来ない。


「……どうやら例のタイムリミットが来たみてえだな、ナオキ・メトバ」


 エクリプスの脇で地面にうずくまる僕を、ベゼルグが静かに見下ろしている。


「……そうみたいだね」


 僕はほとんど消えかけの意識をどうにか働かせて、小さく言葉を発する。

 次に何が起こるのか、僕には大体の見当がついていた。


「……正直ここまでやられるとは思ってもいなかったぜ。やはりてめえはヤーバリーズ中央駅で確実に殺しておくべきだったな。だが……」


 ベゼルグはゆっくりとコンソールを捨てると、拳銃を取り出して静かに僕の方に銃口を向けた。


「……少々予定とは違うが、今度こそてめえを始末させてもらう。これ以上俺たちの計画の障害にならないようにな」

「……いいのかい? WPの操縦手が同じ操縦手を銃で殺すなんて」

「戦場ではどんなことでも起きるもんだぜ、ナオキ・メトバ。そして、理由なんて後からいくらでも付けられるものなのさ」


 以前にアレク前隊長が言っていたことと似たようなことを言っている。


「遺言か何かがあるなら聞いてやってもいいぜ。せめてもの情けって奴だ」

「それには及ばないよ。僕は最後まで死ぬつもりは無いからね」

「その状態でよくもほざけたもんだ」


 僕の強がりをベゼルグは嘲笑した。


「ここで諦めたら、アレク前隊長に合わす顔がないのでね」

「ふん、亡くなった隊長に忠義を尽くすとはな」

「誰に義理立てしようが僕の勝手だろう? それよりさっさと撃ったらどうだ」

「おっと、与太話が過ぎたようだな」


 ベゼルグはそこで言葉を切ると、ゆっくりと引き金を引こうとする。

 僕はその様を最後まで見届けるために、あえて意識を保っていた。本来ならもう意識を手放した方が楽なのだが、最後の最後まで生きることを諦めたくなかったのだ。



 そして、銃声が響く。

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