第74話

「隊長、少し意見を述べてもいいでしょうか?」

「メトバ曹長、どうしたんだい?」

「いえ、確かにケヴィン曹長の物言いは行き過ぎていたとは思います。実際自分も不快になることもありました。しかし、それだけでケヴィン曹長のすべてを否定してしまうというのもどうか、と思うのです」


 僕の言葉に隊長は、おやおや、というような表情を浮かべた。当のケヴィン曹長も呆然ぼうぜんとしたような表情で僕のことを見つめている。


「でも、君が言ったとおり、軍人はルールを守るべきで、彼はそのルールを何度も破ろうとするような行動や言動をとったのも事実だよ」

「分かっています。でも、もう一度だけケヴィン曹長にもチャンスを与えて下さりませんか? 同じ仲間として、彼のことを助けたいのです」

「ふむ……」


 その言葉にジェノ隊長は少し考えこむ仕草を取った。僕としてもここまでしてケヴィン曹長をかばうのもどうかという思いもあったが、このまま彼を見捨てるのも何となく躊躇ためらわれるような感じがした。


「……わかったよ、メトバ曹長。それで、どうすればいいんだい?」

「このまま先程のルールの通り、模擬戦を行いましょう。それでもし、自分が負けましたら責任を取って正規操縦手から降格して予備操縦手からやり直したいと思います。逆に彼が負けましたら、今後二度と上官や同僚に対して反抗的態度を取らず、軍法を順守する旨をこの場で誓ってもらいます」


 その提案を聞いた隊長は渋い表情に変わった。


「うーん、それはどうなのかな? いくらなんでも君の責任と彼の誓約とでは釣り合っていない気がするんだけどな。君ほどの実力者を予備操縦手に回すのは惜しいし、エクリプスのこともある」

「別に予備操縦手でもエクリプスの試験操縦手は勤まりますし、あくまでも内部的な措置ということで上層部に言い訳もできます。それに何より、自分も予備操縦手に降格したままで終わるとは思っていませんので」

「うむ……」


 ジェノ隊長は両腕を組んで考え込んでいる。僕は内心ではひやひやしていたけれど、ここまで来て意見を引っ込めるわけにもいかない。言ったからには最後まで責任を貫き通すのみだった。

 周囲は静まり返っていた。ケヴィン曹長は勿論、ジャックも、エレイアも、サフィール准尉も、他の兵士たちも固唾かたずを飲んでことの推移を見守っていた。


「……分かったよ、メトバ曹長。君の提案を受け入れよう」

「は……はっ、ありがとうございます」

「ただし、君が負けても降格は許可しない。その代わり、彼が勝利した場合は彼を正規操縦手として推挙することを約束しよう。君の降格は流石に影響が大きすぎるのでね」


 隊長は僕の提案を若干修正する形で受け入れてくれたのに対し、僕は最敬礼で感謝を示した。


「すみません隊長、無理をお願いしてしまって」

「いや、構わない。君がどんな時でも仲間を簡単に見捨てない勇敢な人間であることが確認できて、むしろ嬉しいくらいだよ」


 ジェノ隊長のその言葉に、僕はほっとした。いくら嫌味で口が悪いとはいえ、それでも仲間であることには変わりはない。サフィール准尉たちにも同じことを言ったけれど、そういう人間ともうまく付き合っていかなければならないし、付き合うためのきっかけになればいいとも思ってのことだった。


「そういうわけだ、オーグス曹長。とりあえず一休みしてから、模擬戦に移るとしようか」

「……はい……」


 ケヴィン曹長はやや毒気が抜けたような表情で隊長の言葉にうなずいた。続けて僕の方を向くと、黙ったままではあったが軽く頭を下げ、力のない足取りで仮設ベッドのあるテントの方に歩き去っていった。


「……あれでよかったのかい、ナオキ曹長?」


 ケヴィン曹長がいなくなった後、ジェノ隊長が改めて僕に聞いてきた。


「はい、ああしなければ、自暴自棄になった彼が何をするか分かったものではありませんでしたから」

「そこまで考えていたのかよ、ナオキ?」

「うん、思いついたのはとっさのことだったけれどね」


 その言葉にジャックが驚いたように口をはさんできたので、僕は静かな表情で肯定した。


「私もその可能性を考えないわけではなかったけど、君にまでそんな心配をさせてしまうとは、少しやりすぎだったかもしれないな」

「ジェノ隊長、ここはナオキ曹長に一本取られましたね。……やっぱり成長しているわね、ナオキ曹長」

「でも、メトバ曹長が正規操縦手を降りるって言いだしたときにはどうなるかと思ったわよ。最終的にはエクリプスの操縦手からは降りないと言ってくれたからいいようなものだけど……」


 隊長が頭をきつつ反省の弁を述べると、サフィール准尉やエレイアもその場にやってきて、それぞれの感想を口にした。


「その辺りはちゃんと計算して言ったつもりですよ、エレイアさん。せっかく僕向けの調整をしてくれている訳ですし」

「でも、あんまり迂闊うかつなことは言わないでちょうだい。心臓に悪いわ」

「大丈夫ですよ、万が一僕がそれを切り出しても隊長は絶対に受け入れないだろうなって思ってましたから」

「おいおい、それじゃそのことも頭にあったのかい?」


 エレイアに向けた僕の言葉を聞きとがめて、隊長が慌てたように聞いてきた。


「最初はそこまで踏み込む予定でしたけど、絶対それは通らないだろうなと思ったので、やっぱり止めにしました」

「そうしてくれて助かったよ。流石にそれをさっき切り出されたら、対応に苦慮くりょしただろうからね」

「隊長がそこまで困るなんて、ナオキも駆け引き上手になったもんだな」


 僕と隊長のやり取りを見てジャックが感心したように言った。


「ははは、あんまり褒められたことでも無いとは思うんだけれど……」

「そこは素直に喜んでおきましょうよ、ナオキ君」

「本当ですね。気を付けます」


 サフィール准尉の言葉に僕は思わず苦笑いし、つられてその場にいた全員が穏やかな笑顔に包まれた。

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