第72話
少しの間まどろみの中にあった僕の意識を現実に引き戻したのはサフィール准尉の声だった。
「ナオキ曹長、そろそろ起きてちょうだい。模擬戦を始めるわよ」
「……あ、はい、今起きます!」
僕は慌てて仮設ベッドの上で体を起こすと、軽く伸びをしてからベッドから降りテントの中から出た。
テントの外ではサフィール准尉とジェノ隊長が待っていた。
「おはよう、ナオキ軍曹。やっぱり新型機の操縦というのは大変なのかしら?」
「いえ、この間の戦いのときに比べればまだまだですよ」
「あら、そう? でもあまり無理しちゃダメよ。ホリー軍曹も心配しちゃうからね」
サフィール准尉は苦笑しながらそう言うと、演習場の脇にある通信ブースに戻っていった。
「案外女性にもてるのだな、ナオキ曹長?」
「いやですよ隊長、僕程度をみんなが好きになるわけないじゃないですか?」
「そうでもないと私は思うけれどね。君みたいな奥ゆかしいタイプはプレイボーイ的な男性とは違う意味で女性に好まれるものだと思うが……」
「……」
サフィール准尉が完全に歩き去ったのを確認してからジェノ隊長がしみじみとつぶやいたのを軽い調子で返したのだが、隊長は逆に大真面目な分析をして見せたので、僕はすっかり弱ってしまい、そっと話題を切り替えることにした。
「……それより、模擬戦はどういう順番で行うのですか?」
「うむ、まず私とジャック曹長が戦い、その次に君とケヴィン曹長とで戦ってもらう」
「隊長が先なのですか? 自分たちが先でも……」
「いや、ここは先に行かせてもらうよ。それに、ケヴィン曹長は君と手合わせするのを心待ちにしているみたいだからね」
僕の言葉に隊長はいつもと変わらぬ気楽そうな口調でそう言ったが、その相手を任された僕としては複雑な気持ちだった。
「ケヴィン曹長は何故あそこまで僕を敵視するのでしょうか?」
「なに、彼は北部の出身でああいう性格だからね。君のような南部出身者が新型機を操縦しているのが気に入らないのだろう」
「嫌なものですね。出身地で人を区分するなんて」
ジェノ隊長の言葉に僕は暗い気持ちになった。軍に入って以来、アレク前隊長を始めとしてあまり出身地にこだわりのない人とばかり付き合っていたから忘れがちになっていたけれど、出身地による差別というのは共和国では根深い社会問題になっている。特に
「あまり気にしないことだね、メトバ曹長。差別というのはする側に多くの責任があるのは当然だが、される側に責任が全くないとは言い切れない。『差別をされてしまうのも仕方がない』と心のどこかで思ってしまっているから、その差別を当然のもののように我慢しようとしてしまうんじゃないかと、私はそう思うんだ」
隊長はいつになく真剣な口調でそう語った。それについては、僕も何となくだが思うところがあった。
「そうですよね。そういう気持ちがあるから、受け身になってしまうところは確かにあると思います。でも、それでは良くないのですよね?」
「そうなんじゃないのかな? いかなる差別にも屈せず、ひとりひとりが誇り高く、日々を一生懸命生きようとすることが差別をなくしていく道なのではないかと、私はそう考えているけれどね」
「他人と自分を比較したりせず、ただ真っ直ぐに前を見て生きよ、という感じでしょうか?」
「うん、それでいいんじゃないかな」
僕のその言葉に、ジェノ隊長は満足そうにうなずいた。
「その言葉が言えるなら、何も心配はいらないね。君がケヴィン曹長に負ける見込みはほぼないと思うよ。私が保証しておこう」
「? 今の話がどうケヴィン曹長との模擬戦の勝敗とつながるんですか?」
「
隊長のその言葉に僕は首をひねった。隊長が何を考えてそう言っているのか、今一つ良く分からない。
「ははは、良く分からないといった表情をしているね。まあ、あまり気負わずに戦ってくれればいいよ。そうすれば、君と彼の間にある差に気付けるはずだ」
隊長は意味ありげな笑みを浮かべながらそう言った。そう言われると余計に気になってしまう感じがした。とにかく隊長としては、僕に勝ってもらってケヴィン曹長を少しでも大人しくさせる、というような皮算用を立てているらしい。勝つ自信がない訳でもないけれど、相手のことが良く分からない状態で、迂闊に勝ち負けのことについて触れるのも良くはないような気がした。
「どこまでご期待に添えるかどうか分かりませんが、とにかくやってみます」
「期待しているよ、ナオキ曹長。……それでは、まずは私とジャック曹長の番だな。ゆっくりと見ていてくれ」
僕の返事に隊長は小さく首を縦に動かすと、演習場の中央で既に待機状態にある自分の機体へ向けて歩き出したのだった。
最初の模擬戦はジャックの02FAとジェノ隊長の02FDの戦いだった。本来は部隊長であるジェノ隊長はC型装備を使うところなのだが、隊長本人がC型装備やA型装備よりD型装備を好んでいるということで、特別にD型装備を使っているということであった。また、ノーヴル・ラークスではそれまでD型を運用していた僕がエクリプスを扱うようになったため、D型装備の機体を扱う人員がいないことも考慮されているらしい。
ルールは制限時間十分で、火器は全て空砲を用い近接戦用の刃物の使用は不可。相手の機体へのロックオン回数で勝敗を決することになっている。
模擬戦がスタートし、最初に先手を取ったのはジャックだった。素早く後ろに飛び退くと反動を物ともせずにマシンガンの銃口を02FDに向けてロックオン。まずは一本を先取する。
しかし、そこから隊長が本領を発揮してくる。巧みな機体操作とシールドを効果的に用いる戦い方でジャックに的を絞らせない。中々決定打を放てずに焦れるジャックのスキをついた隊長は肩部のロケットランチャーで02FAをロックオンして、これで一対一のタイスコアに持ち込む。
その後は両者ともに相手のロックオンを許さない一進一退の攻防が続いたものの、終了間際にジャックが機体制御のために一瞬動きを止めた、そのスキを隊長が突いてマシンガンをロックオン。一本を奪って試合を終えた。
「……これで終わりだな。いや、見事な腕だったよオーヴィル曹長。最後はちょっと迂闊だったけれどな」
「いや、完敗です。良いところは最初だけで後は押されっぱなしでしたよ。勉強になりました」
隊長はジャックの健闘ぶりを
「いや、ニーゼン前隊長の残してくれた日誌にも君の射撃戦への適応力には目を見張るものがあると書かれていたけれど、今日それを改めて実感できたよ。これからも頼りにさせてもらうよ、曹長」
「はっ、ありがとうございます、隊長」
隊長のその言葉に、ジャックは最敬礼して応じた。負けたにも関わず高く評価してもらったので、すっかり恐縮してしまったようだった。
そして、二人のWPが脇に退いたところでいよいよ僕とケヴィン曹長の出番となった。
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