第58話
アレク隊長はどうにかベゼルグの攻撃を抑えていた。
隊長はやはり足が動かないのか先程の位置からほとんど動けていないが、03ACを器用に旋回させながらクォデネンツの刃を巧みに
クォデネンツの方も機動力を生かして隊長の裏をかこうとしているが、やはり片腕を失ってしまったのは大きいのか、03ACを攻めあぐねているようであった。
僕は隊長に加勢しようとしたが、その時、体の異変に気が付いた。
頭が、鉛でも詰められたかのように、重い。
「え……?」
疑問を口にする間もなく、その場に崩れ落ちる。体全体に力がまるで入らなかった。
(ま……さか、シ……システムの使い……すぎで……!)
その思考が口に出来なかったのは、むしろ幸いかもしれなかった。仮にベゼルグにそれを聞かれていたとしたら大事になっていただろう。
だが、隊長が僕の異変に気付いてしまう。
「ナオキ軍曹!?」
「隙ありだぜ! 隊長さんよ!」
「しまった!」
その隙をベゼルグは見逃さなかった。迷わずクォデネンツを動かすと左腕の刃で03ACを薙ぎ切り、その勢いのまま流れるような動作で回し蹴りを放ち隊長ごと残った残骸を吹き飛ばした。
「ぐぁ……っ!」
隊長が03ACの残骸の下敷きになってしまう。
(そ……んな……隊長……!)
僕は心の中で悲鳴を上げたが、もはや体は全くと言っていいほど動かなかった。意識もどんどん遠くなっていく。
「ハッハッハッ、俺の勝ちだな隊長殿。……何が起きたのかまではわからんが、頼みの部下も動けないようだしな」
ベゼルグは勝ち誇ったような笑い声を上げると、ゆっくりとエクリプスの方に歩みを進めてくる。
(う、動け……うごいて……くれ……エクリプス……!)
僕は残った意識をかき集めて新型システムでエクリプスを動かそうとするが、僕のコンディションが悪すぎるのか、それとも何らかのストッパーでも働いているのか、エクリプスは動こうとしなかった。
「さて、こいつが噂の新型とやらか……
ベゼルグがそう言いかけた時、彼のヘッドセットから小さく音が鳴った。
「……俺だ、どうした? ……何、敵の援軍がこちらに向かっているだと! こちらは敵の新型をちょうど
ベゼルグは通信回線越しに相手を怒鳴りつけたが、その時だった。
ズガガガガガガガガッ!
派手なマシンガンの銃声が辺りに響き渡る。
「ここかよ、隊長とナオキの反応があった場所は……ってあいつは!」
それは間違いなくヤーバリーズ基地にいたはずのジャックの声だった。
僕は倒れた状態から少しだけ視線をずらすと、そこにはジャックと彼の愛機である02FAの雄姿があった。
「チッ、もうここまで来やがったのかよ、ノーヴル・ラークスの生き残りが!」
ベゼルグはそう毒づいたが、それを聞いたジャックは眉を吊り上げた。
「なっ……それはどういう意味だ、てめえ!」
「どうもこうも隊長殿はそこで03Aの下敷きに、軍曹さんは体の不調か何かでおねんねしてるぜ。残るはお前だけってわけだ!」
「て、てめぇ……!」
ジャックは憤怒の表情でベゼルグを睨みつけた。
「おっと、動くなよ? そこから一歩でも動いてみろ、そこで倒れている軍曹さんの命を頂くことになるぜ」
ベゼルグはそう言うといつかのように拳銃を懐から取り出して、銃口を僕の方に向けた。
「ぐっ! ……てめえ、汚ねえぞ!」
「汚い? そりゃ上等だぜ。俺はあいにく『血塗られた英雄』なんでな。勝つためには手段は選ばねえのさ!」
ベゼルグは顔をゆがめて吐き捨てるように言い返した。
「それよりどうするつもりだ? 大人しく退くならば、俺もこれ以上は深追いしねえが、あくまで逆らうようならこいつらは皆殺しだ!」
ベゼルグは殺気をはらんだ声でそう怒鳴った。ジャックはそれに答えず、コンソールを構えたまま一歩だけ後退した。
僕はこの状況を打開するべく、どうにかエクリプスを動かそうとしていた。一瞬、一瞬でいい。攻撃でなくとも良いから、動かすことが出来れば、ベゼルグの不意を突くには十分だった。
だが、エクリプスはぴくりとも動こうとしない。
「おら、どうするんだ。ノーヴル・ラークスさんよ? それとも隊長がいなけりゃ何も決められないのか?」
ベゼルグの
(うご……け……動け……!)
僕は必死で意識を働かせる。
頭の中を「動け」という言葉で塗りつぶした。
(動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け……!)
その時、エクリプスはぴくり、と反応した。
手と足が微妙に動く。
「!」
敏感に異変を察知したベゼルグは慌てて拳銃をしまいコンソールを構える。
僕はありったけの意識を振り絞って叫んだ。
「動けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
同時にエクリプスも動いた。
何の構えもなく、ただ単に真っ直ぐクォデネンツに向かって突進を掛ける。
当然僕は倒れた状態のまま引きずられることになったが、それを気にできる状態ではなかった。
「チッ、まだ動けたのかよ軍曹さんよ!」
ベゼルグは罵声を浴びせつつクォデネンツを動かして、そのまま大きく後退させた。
「……! 逃がすかよ!」
突然のことに呆気にとられていたジャックが気を取り直して、マシンガンをクォデネンツに向けて乱射する。
「俺よりも隊長殿や軍曹さんのことを気にした方がいいんじゃねえのか、ノーヴル・ラークスさんよ」
「なめるなよ。てめえを倒してからでも……って、お、おい、ナオキ、どうしたんだ?」
ベゼルグの言葉にジャックは依然として動けないままの僕を見て愕然とした。
「どうしたナオキ、しっかりしろ!」
(ぼ、僕よ……り……たい……ちょう……を……!)
僕はジャックに答えようとしたが、既に意識は限界を超えていた。
僕の意識は静かに闇に沈んでいった。
同じ頃、中央幕僚本部のある一室。
「一体どうなっているんだ大佐、何故敵の動きを事前に察知できなかったのだ?」
「全ての情報がキャッチできるわけではありませんので、中将閣下」
ニデア・クォート大佐が落ち着き払って答えているのとは対照的に、中将閣下と呼ばれた男はますます語気を荒くしていった。
「いいかね大佐? もし仮に首都中心部に敵WPが足を踏み入れるようなことがあれば、私と君の進退問題にかかわってくるのだよ! その辺りについて、君はどう思っているのかね?」
「御心配には及びません、私に考えがあります」
ニデア大佐の答えに、中将は思わず目を輝かせた。
「ほう、何かね大佐?」
「閣下……お耳を」
その言葉につられて中将は席を立ち、ニデア大佐に近寄った。
そして、中将がニデア大佐の隣に立ったその瞬間、ニデア大佐は銃を抜いて引き金を引いた。
悲鳴を上げる
「あなたのような人間はこの国に必要ない、ということでありますよ、中将閣下……あなたが一人で罪を負えばいい」
ニデア大佐はそうつぶやくと、手に持っていた拳銃を中将と呼ばれていた存在の手に握らせた。
「さて、これで政府はどう動くか。そして、革命評議会とやらもな……」
ニデア大佐はそうひとりごちて、部屋を後にした。
後に、この日の戦いはリヴェルナの騒乱という名で記憶されることになる。
共和国軍はかろうじて首都中心部への敵の侵入を阻止したものの、
そして、僕はこの戦いで自分の甘さ、無力さを思い知らされた。守ろうとした人を結局守り切れなかったという事実とともに。
だから、僕はこの日を忘れない。二度と同じ過ちを繰り返さないために……。
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