第54話

 隊長のその言葉に、僕はがっくりと肩を落とした。


「どうしても、やらないといけないんですね」

「逃げたいのなら逃げてもいいぞ、軍曹。ただし、エクリプスは置いていってもらわねばならんが……」


 僕の吐いた弱音に、アレク隊長はニデア大佐のような無機質な口調で言った。反論は許さない、とでもいうように。


「君が何を考えているかは知らないが、私はリヴェルナ共和国軍の軍人であり、君の上官だ。敵が眼前にいて戦わなければ共和国の安全が守られないのなら、戦わなければならない。君を引きずってでもな」


 隊長はそう言い切った。普段は温和な隊長がここまで苛烈かれつな態度で僕に接するのは初めてのことだった。僕は隊長から強いプレッシャーを感じていた。


「隊長……」

「敵が近付いている。反論があるなら後で聞こう」

「了解しました……」


 僕は隊長の態度が気になったが、大人しく従った。隊長の言う通り、敵が迫ってきている。議論をしている暇はなかった。

 やってきた敵のWPは三機でこちらは二機。数では負けているがこちらはどちらも軍の最新式WPである。実質的には五分といっていいだろう。

 となれば、勝敗を決するのは操縦手の技量次第になる。僕は緩んでいた気持ちを改めて引き締めなおした。大分疲労がたまってはきているが、ここで負けるわけにもいかない。

 やる気をなんとか引き出した僕に、アレク隊長が声を掛けてきた。


「……案ずるな、軍曹。もう少しだけ我慢していてくれ」

「え……?」


 僕はその言葉に思わず隊長の方を向いたが、隊長は既に敵の方を向いていた。


「どうした、軍曹?」

「い、いえ……何でもありません」


 僕も慌てて隊長に倣い、敵の方を見た。

 すると、敵は三方に分かれて移動を開始した。左右と正面から間合いを確保しつつマシンガンを放ってくる。


「軍曹、まず君は正面の敵を叩いてくれ、私は右の敵を引き受ける。左の敵は後回しだが、余裕があるなら仕掛けてもいい」

「了解!」


 隊長は素早く方針を決めて指示を出し、僕もその指示に従って動き始めた。

 僕はエクリプスを正面の敵に向けて押し出し始めた。シールドを失っているから、逆に多少の損傷は覚悟の上で一気に間合いを詰めさせる。当然、相手もアサルトブレードの間合いを考えてWPを後退させるが、こちらの武装はブレードだけじゃない。

 僕は間合いを見計らって肩部のミサイルを相手に向かって発射させる。敵はさらに大きく下がろうとするが間に合わない。



 ドガァァァァン!



 ミサイルが直撃し、敵WPは上半身を吹き飛ばされて沈黙した。操縦手も退避しきれずに爆発の余波で吹き飛ばされている。

 僕はその光景をわざと正視せずにやりすごして今度は左側の敵に目を向けた。

 その一機はどうやら先程後退していった機体のようで、決してこちらには接近しようとせず、遠巻きにマシンガンを撃ってくるばかりだった。

 続けて右側の敵を見た。右側の敵は隊長の03Aと撃ち合いの真っ最中だった。隊長は間合いをうまく利用し、単発式のライフルしか火器がない不利を感じさせない戦い方で相手を追い詰めていた。

 僕は少し考えてから、隊長の援護に回ることを決めた。左の敵に戦う気がないのなら放置しておけばよいし、よしんば今の戦い方が単なるポーズで切り込むチャンスをうかがっているのだとしても、僕と隊長で右の敵を倒してから相手をしても決して遅くはない距離である。

 僕はエクリプスの手持ち武器をアサルトブレードからマシンガンに持ち替えさせると左側の敵に向けて突進を始めた。

 左側にいた敵は僕の突進に気付いて大きく機体を旋回させて後退しようとするが、機体を後退させようとするその瞬間にわずかに動きが止まってしまう。

 アレク隊長はその隙を見逃さない。タイミングよく03Aに敵の左脚部を狙撃させる。左足のホバーユニットが破損した敵は動けなくなってしまう。そこに畳みかけるように僕のエクリプスがマシンガンで敵のWPを射撃する。

 敵が沈黙するまでに時間はいらなかった。操縦手は機体をあきらめていずこかへ逃走していった。


「隊長!」

「いい攻撃だったぞ、ナオキ軍曹。それでいい」


 隊長は短く僕を褒めてから、左手側の敵の方を確認するように見た。

 左手側の敵はさっきよりさらに距離を取っていた。もはやマシンガンを掃射そうしゃしてすらいないようで、左右に動きながらこちらの様子を遠巻きに眺めている。


「どうします、隊長? あの敵は戦意は無いように見えますが」

「いや、追った方が良いだろう。どうやらあの敵はただながめているだけでは無さそうだしな」

「え……?」


 僕は隊長の言わんとしていることを掴みかねて、隊長の顔をまじまじと見つめた。


「もし逃げるのならば、あんな動き方をする必要はない。さっさと後退をすればいいだけの話だ。また、こちらに降伏するのならばもっと距離を詰めてくるだろう。答えがそのどちらでもないから、あのように遠巻きにこちらを観察しているのだろう」

「じゃあ、あの敵は一体……?」


 僕の疑問に、隊長は簡潔に答えた。


「恐らくは、援軍が来るのを待っているのだろう」

「援軍? しかし、残りの敵は全て友軍と戦闘状態にあるのでは……」

「首都リヴェルナの管制が確認している数はな。だが、それが敵の全戦力だと誰かが証明した訳でもない」


 隊長のその言葉に、僕はひどく嫌な感じがした。


「まさか……」

「レーダーに感ありだ、軍曹。一機だが凄まじい速度でこちらに迫ってくる」


 隊長はレーダーを見ながら冷静に告げ、僕は無意識のうちにエクリプスのそばに駆け寄りコンソールを構えた。

 やがて派手な駆動音を響かせて、新たな敵が姿を現した。


「よぉ、久しぶりだな、軍曹さんよ……!」


 あのときのあの男をその横に乗せて。

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