第35話

 アレク隊長が戻ってきたのは、正午になる直前くらいのことだった。

 隊長は心なしか朝よりも元気がないように見えた。


「隊長、少しお疲れですか? 表情が冴えないように感じられますが……」


 僕がそれを言うより前にホリー軍曹が心配そうにそう言った。


「いや、大したことはない。気遣いありがとう、ホリー軍曹」


 アレク隊長はそう言ったが、僕はその隊長の顔の裏に強い憂鬱ゆううつがあるのを感じ取った。


「隊長、大丈夫ならば何も言いませんけど、少しは気を付けてくださいね。隊長が倒れられても、代わりはいないのですからね」


 サフィール准尉がたしなめる。しかし、口調はどちらかといえば心配そうな調子だった。


「ははは、今日は皆に気遣われるな」


 アレク隊長はそう言って力なく笑った。


「そういえば、ジャック曹長はどうした、准尉?」

「あ、はい、少し気分が悪くなったとのことで仮眠室で休憩を取っております」


 サフィール准尉は完全にすっとぼけた表情で隊長にそう言った。


「おや、何かあったのか?」

「いえ、大したことはありませんよ。ねえ、ホリー軍曹」

「……は、はい! そ、そ、そ、そうですね、全然大したことなかったですよね、ナオキ軍曹」

「……あ、うん、そうですねー。平和でしたよー」


 サフィール准尉から話を振られたホリー軍曹は大根芝居にもほどがあるとぼけ方で僕にバトンを丸投げし、どうしようもなくなった僕はあえて白々しい言い方をして現実から逃避した。


「どう聞いても平和じゃなかったみたいだな、ナオキ軍曹?」

「え、いやですよ隊長。ほんの冗談です」

「ナオキ軍曹、中々口が達者になったわねぇ」


 サフィール准尉はそう言ってクスクスと笑っているが、目が笑っていないのを僕は確認し、とにかく話題を切り替えてみることにした。


「ところで隊長、自分の操縦する機体が失われている件ですが……」

「うむ、その件か。帰り際にマクリーン中将にも確認したが、直ちにこちらに回せる機体は見当たらないということで、現状では調整中だ」


 アレク隊長はそこで居ずまいを正して言った。


「流石に配備されて一か月も経たないうちに大破炎上させてしまったのはまずかったでしょうか?」

「いや、そういう問題ではないらしい」


 僕の言葉に隊長は首を横に振った。


「どういうことでしょうか? 間に合わせで良いなら01型でも何でも回してくれればいいのですけれど……」

「……これはまだ内密の話になるが……」


 と、隊長はそこで声を潜めて語り始めた。


「上層部としては我々に新型WPを配備することを考えているらしい」

「新型WP? 03型ですか?」

「いや、違う。03型なら03型と明言すればいいのだからな。そういう表現を取らなかったということは、全く別の機体ということになる」

「03型ではない全く別の新型……? そんなものがあるなんて、噂話にも上っていませんが……」


 それを聞いたサフィール准尉が首を傾げた。


「正直、その辺りは私にもよくは分からない。マクリーン中将もあくまで噂の域を出ない話だと仰ってはいたのだが……」


 アレク隊長も半信半疑はんしんはんぎと言った風情ふぜいだった。


「でも、新型機でも何でも、来るなら早くしてほしいですよね。それまでノーヴル・ラークスの運用できる機体が02F二機だけ、というのは流石に厳しいものがありますから……」


 ホリー軍曹が冷静な視点で見解を述べると隊長も大きくうなずいた。


「確かにそうだな、明日にでも再度上層部に確認を取ってみよう」

「頼みます、隊長。やはり自分の機体がないというのはどうも落ち着きません」

「ナオキ軍曹がそういう話をするのは珍しいな」


 隊長が珍しい、という表情を作って僕のことを見つめた。


「そう……でしょうか?」


 僕はそう言ってみたものの、内心自分自身でも言っていることが自分らしくないことには気がついていた。

 隊長の言う通り、今までの僕ならばWPが無くて落ち着かないなどという言葉を発することはなかったはずだった。しかし、今の僕は自分の、自分自身の分身ともいうべき頼れる相方を、WPを求めていた。心の底から、力が欲しかった。

 こんなことを考えていること自体、自分自身がまるで戦いに取りつかれてきてしまっているような気がして嫌だったが、内心の衝動は自分自身では止めようもなかった。

 隊長はしかし、そんな僕の内心を見透かしたようにこう言った。


「まぁ、そんなに焦るな軍曹。この間の謹慎きんしん期間中もそうだったが、そうそう突発的に何かが起きるわけでもない。仮に起きたとしても、私とジャックだけで対応できる事態で済むかもしれない。何でも自分がいなければ、という考え方は視野をせばめるだけだぞ」

「は、はいっ!」


 その言葉に僕は思わず敬礼した。やはり隊長にはかないそうもない。


「ふふ、いつものナオキ軍曹に戻ったかしらね」

「わたしはまだちょっと不安です。ナオキ軍曹、ストレスを溜めやすいタイプみたいですから……」


 サフィール准尉はそう言って笑ったが、ホリー軍曹はまだ不安そうな表情だった。


「あら、そういうことなら明日はナオキ軍曹とホリー軍曹に通信管制を任せてみようかしらね。どうせナオキ軍曹は出撃できないわけだし、一日通信室詰めでも悪くはないんじゃないかしら?」

「えっ!」

「ど、どうしてそうなるんですか? サフィール准尉」


 唐突な提案にホリー軍曹と僕は同時に戸惑いの声を上げたが、隊長はやたら真面目な表情でその提案にうなずいていた。


「悪くはない提案だな、准尉。ナオキ軍曹には考える時間が必要で、ホリー軍曹の心配事も解消できる、上手く出来た案だ」

「た、隊長……!」


 僕は傍から聞いてもとんでもなく情けない声で抗議の声を上げたが、あっけなく無視されてしまった。


「よし。ナオキ軍曹、明日はホリー軍曹とともに通信室での勤務を命ずる。ホリー軍曹もそれでいいな?」

「は、はぁ……承知いたしました、アレク隊長……」


 展開についていけず、ホリー軍曹は気の抜けたような声で返事を返した。

 と、そこへそれに輪をかけて気の抜けた声を上げる男が現れた。


「ふぁ~あ、仮眠取ってスッキリしたぜ……っと隊長、一体何事ですか?」


 ジャックは場の状況が読めず、きょとんとした表情で言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る