第30話

「なかなかやるな。だが……」


 アレクサンダー・ニーゼン中尉はモニター越しに敵WPを見つめていた。

 敵WPの動きはスマートだった。無駄弾は決して撃たず、しかし必要なタイミングでは一気に攻撃を叩きこもうとしてくる。接近戦なら、と踏んで距離を詰めたものの、相手も左腕部のマシンガンを効果的に使いけん制を仕掛けてきており、どうしてもあと一歩の間合いを詰めることが出来ない。

 お互いに決め手を欠き、戦いは膠着こうちゃく状態に陥っていた。


「ナオキ軍曹が来てくれれば、二対一に持ち込めるんだが……」


 とつぶやいてから、これではどちらが隊長だか分からないな、とアレクは思わず苦笑してしまう。

 と、そこで相手が大きく動いた。マシンガンを放ちつつ、急速に後退を始めたのだ。


(逃げるつもりか……? いや、違う……!)


 アレクは一瞬だけ相手が逃げると見たが、ナオキ軍曹の言っていたことを思い出し、すぐに考えを切り替えた。

 しかし、敵は距離を取るとマシンガンを撃つのを止めてグレネードを構えたままその場に静止した。こちらがけん制攻撃を放ってもぴくりとも動かない。


「……? 妙だな……」


 静止したままの敵WPを見てアレクは疑問を口にした。

 敵わないとみて降伏したのだろうか? だが、そんな甘い相手ではないのは前回相対したときに見た態度からしても明らかだった。

 だとすれば誘いだろうか? あるいはこちらが無防備に接近するのを待ってグレネードを叩き込む算段なのだろうが、そんなあからさまな誘いをしてくるだろうか。

 もしくは、操縦手側に何か異常があったのだろうか。無線操縦でコントロールしているWPは、敵がこちらに仕掛けたように操縦手側にトラブルが起こると何もできなくなる。警察や国境警備隊が連中のアジトを見つけ出して、コントロールを遮断しゃだんしたか操縦手を捕らえたのかも知れない。

 アレクは三番目の可能性だと判断した。操縦手が機体を放棄せざるを得ない何かがあって、動きを止めた。それが一番可能性が高いだろうと。

 それでも念のため、運転席のサフィール准尉に確認を取ろうと、機体の操作を一瞬止めて通信回線を開こうとした。

 だが、その瞬間を待っていたかのように、敵のWPがいきなり起動した。

 グレネードの残弾を狙いをつけずに全て発射すると、マシンガンを放ちながら一気に突進してくる。


「しまった!!」


 アレクは自分の判断の甘さを痛感した。可能な限り急いで02FCAを起動させたが、グレネードのうち一発は直撃するコースに入っていた。仮にグレネードをどうにか回避できても、今度は本体の突進を食らってしまう。


(やむを得んか……)


 アレクは機体を諦める決意を固めた。中途半端に回避行動を取って周辺に被害を出すよりは、02FCAの機体で全て受け止めさせて被害を抑える方が確実だった。それにまだ信頼する部下たちの機体がやられたという情報も入っていない。自分の機体が無くなってもそうそう簡単に敵の思うままにはならないはずだった。


(すまんな……02FCA……)


 アレクは心の中で配備されて間もない愛機に謝罪し、覚悟を固めて02FCAを弾道の正面に立たせようとした。

 が、そこに飛び込んでくる影があった。



 僕の02Fが隊長の機体がいたあたりに戻ってきた丁度その瞬間、動きを止めていたらしい敵機がいきなり攻撃を仕掛けつつ突進をかけてきていた。


「……! 隊長……危ない!」


 僕は声を上げたが、それより先に手が動いていた。02Fを敵と02FCAとの間にすべりこませる。

 当然僕の02Fはこれでおしまいだが、隊長の02FCAは無傷で残る。武装の少ない僕の02Fとまだ武装を使い切っていない隊長の02FCA、どちらを守るべきかは一目瞭然いちもくりょうぜんだった。


「ナオキ軍曹!?」

「隊長、いいから敵を攻撃してください!」


 隊長から声がかかるが、敵の動きはまだ止まっていない。話している余裕はなかった。

 グレネード弾が僕の操っていた02Fを直撃する。



 ズガァァァァァン!



 直撃を受けて、僕の操作する02Fは急速にパワーが低下していく。コントロールは失われる寸前であったが、まだ両腕と背面ブースターはかろうじて動かせた。僕は機体を強引に操作してこちらをかわそうとした敵WPの脚部きゃくぶに02Fをしがみつかせた。


「隊長、今です!」

「了解だ、軍曹!」


 隊長は即答して、02FCAの火力を全力で叩き込む。

 それほど頑丈ではなかった敵のWPは耐えられず、僕が操作していた02Fの残骸ざんがいごと爆発炎上した。



「くそったれが!!」


 最後の攻撃に失敗したベゼルグは思わず悪態をついた。

 指揮官機である02FCAの動きを止めるためにわざと距離を取って動きを止め、相手に考えさせることでスキを誘い、そこを突いて全火力を叩き込む。

 こうして一気にケリをつけそのまま撤退という青写真を描いていたのだが、あと一歩というところで駆けつけてきた02Fに邪魔をされ、その挙句に無傷で残った02FCAの攻撃を受けて遂に彼のスペクターも失われてしまったのだった。


「ちっ、どうせあの若造だろうが、どこまでも邪魔しやがる……」


 ベゼルグは仮設のコントロールピットを放棄しつつ、憎々にくにくしげに吐き捨てた。


「急いでください、ここは間もなく勘付かれます」

「分かってる。すぐ行くから待ってろ!」

「わかりました」


 一緒に派遣されてきたギレネスの部下に鋭く答えを返して、ベゼルグはその場を後にしようとしたが、一瞬だけ簡易コントロールルームを振り返りつつこうつぶやいた。


「ナオキ・メトバ……次は真正面から挑んでやるよ。首を洗って待っていやがれ……!」


 言葉には強烈な殺意がこもっていた。



 僕らが二機の敵WPを撃破したしばらく後で、ジャック機も敵WPの撃破に成功し、戦闘は終結した。

 その後いくらも経たないうちにWPの操縦をしていたとみられる男たちの集団が市役所にあった倉庫の中から車で逃走、国境線を超えて逃走していったとの報告があった。

「まさか市役所の中に既にひそんでいたなんで……」

「職員の誰かが手引きをした可能性が高いな。もっとも、それを調べるのは我々の領分ではないが……」


 戦いの事後処理をしつつ、サフィール准尉がつぶやいた言葉に隊長がごく常識的な推論を述べた。


「敵が警察を最初に狙ったのも、逃げる時の障害を減らすためだったんでしょうね」

「ちっ、そうと分かってたら最初から警察署の前にいたのによ」


 僕が言うと、ジャックは悔しそうにつぶやいた。


「今だから言えることをあれこれ言っていても仕方がない。事後処理が終わり次第、ヤーバリーズに帰還する」

「隊長、今回の任務は成功だったんですか? 失敗だったんですか?」


 僕はつい隊長に聞くまいと思っていた質問をしてしまった。そんな質問をすれば士気にかかわるのは分かってはいたのだが、聞かずにはいられなかった。


「それは他の人間が決めることだが、私自身としては成功したと思っている」


 サフィール准尉やジャックが口を開く前に隊長は確固とした口調で言った。


「どうしてですか?」

「少なくとも犯人グループの狙いはくじいた。警察や国境警備隊に少なくない犠牲は出たが、一般市民の犠牲は出なかった。それに……」

「それに?」

「我々の被害がWP一機で済んだ。厳しい戦いを全員が乗り越えることに成功した。それが何よりも大きい成果だ」


 隊長ははっきりとそう答えた。厳しい顔ではあったが、どこかに安堵あんどが混じっているような気が僕にはした。流石にこの後サフィール中尉からはきつく注意をされたものの、僕もまたその隊長の言葉に誰よりも安堵していた。



 こうしてルドリアでの戦いは終わり、僕たちは事後処理を終えた後ヤーバリーズへと帰還したのだった。

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