第27話
国境の町、ルドリアはヤーバリーズから西に150キロメートル離れた場所にある。ドゥリング連邦共和国との国境を持つこの町は、古くからリヴェルナの陸路の玄関口として栄えていた。
現在でも陸路での往来でルドリアを訪れる人は国内外を問わず多く存在し、普段なら観光客や商売人で賑わうこの町も、今は突如として表明されたテロ予告によって緊迫した雰囲気を漂わせている。
僕たちがルドリアに到着したのはその日の深夜だった。
町はひっそりと静まり返っていたが、警察や国境警備隊が物々しく警備を敷いており、現時点での異常は見つからないと、警備を統括している国境警備隊の隊長から説明があった。
「市民の避難は万全でしょうか?」
「はい、市中心部にある市民ホールと各市立学校、市役所の五か所に分散していますが、テロリストの標的にならぬよう警備は入念に行っています」
「そうですか、ご苦労様です。こちらは予告時刻まで郊外の監視に入りますので、中心部と国境の警備はお任せします」
「了解いたしました」
アレク隊長は国境警備隊長との簡単な打ち合わせを終えると、僕らに指示を飛ばし、隊長、ジャック、僕の三人で郊外の監視に入ることになった。
「分担はどうしますか、隊長?」
「うむ、私とジャック曹長の機体で中心市街から遠い郊外の見回りを行うので、ナオキ軍曹は運搬車両の周辺を突出しないよう注意しながら警護をしてくれ。運搬車両自体は市街地を円周状に巡回する形で動くように頼む」
「了解!」
「了解です!」
「分かりました、隊長」
隊長の言葉に僕らはうなずくと、運搬車両内にある小型コントロールピットに入り、WPを起動させる。この運搬車両は特別製で、三機までWPを搭載するのと同時にWPの簡易無線操縦基地としても機能するようになっている。WPの運用に特化しているため防御力・機動力は決して高くないが、僕たちにとっては必要不可欠な存在であると言える。
僕たちのWPが各自出撃したのを確認して、ドライバーと通信手を兼ねているサフィール准尉が車両を発車させて、警戒任務が始まった。
「見えるか?」
「見えています。やっぱりWPですね」
ベゼルグの声に傍らにいた男がうなずいた。
「国境警備隊にはWPはいなかったはずではなかったのですか?」
「ああ。そうだ。つまり増援が来たってこった」
「ひょっとして、例の独立任務部隊ですかね?」
増援の可能性を指摘したベゼルグに別の男が尋ねる。
「そうだろうな。軍本隊が動くには早すぎるタイミングだ」
「どうします? 予定を早めますか?」
「いや、予定は変えん。このまま待機だ」
ベゼルグはきっぱりと言い放った。
「よろしいのですか?」
「わざわざこちらから動いて、手の内を明かすこともねえ」
僕らが警戒を始めてからおよそ五時間が経過した。夜が明けて、今のところ敵に動きは見られなかった。
犯行の予告時刻は昼の十二時。まだ時間に余裕はあった。
「ジャック曹長、そちらの状況はどうなっている?」
「相変わらず動きはありませんね。隊長はどうなんです?」
「こちらも今のところ変わった動きは確認されていない」
アレク隊長とジャックはお互いの担当する地区の状況を報告しあっているが、今のところ変化はないようだった。
「ナオキ軍曹、車両の周辺に異常は?」
「ありません」
「サフィール准尉、警備隊や警察に動きは?」
「ありませんね。引き続き警備に当たっています」
「そうか……」
隊長は気落ちした様子もなく淡々とつぶやいた。
「隊長、提案なのですが、どこかで交代で休憩を入れませんか?」
サフィール准尉が彼女としては珍しい提案をした。
「ほう、理由は?」
「既に警戒を開始して五時間が過ぎました。そろそろ集中力も切れ気味になる頃です。勿論、敵がこちらを観察している可能性もなくはないですが、それでもこちら側が疲弊した状態で敵と相対するよりは、少しでも休息を取って万全の状態で挑んだ方が良いかと考えました」
「なるほど……」
隊長はその提案に即答はしなかった。慎重に提案を吟味しているのだろう。
「あー、自分も准尉の提案に賛成です。ちょっと一息くらいつきたいですよ」
ジャックはもう限界、と言わんばかりに大きな声で言った。
「ジャックは賛成か……ナオキ軍曹はどうだ?」
「そうですね。休憩すること自体に異論はありません。しかし……」
僕はそこで少し言い淀んだ。するとジャックが口を挟んでくる。
「しかし、何だよナオキ? 気になることでもあるのか?」
「いえ、僕たちが休憩を取るのを、敵側が待っているってことはありませんか?」
「ナオキ軍曹、その根拠は?」
サフィール准尉が僕に
「根拠と呼べるほど明確な理由はありませんけれど、ここまでの五時間全く敵に動きがないというのは不自然じゃないですか? あるいは敵はとんでもなく律儀で時間を守るタイプなのかもしれませんけど、普通に考えるなら犯行予告時間前であったとしても、僕たちの態勢が整う前に仕掛けても良さそうなものなのに、敵は全く仕掛けてこない」
「相手側がビビッて仕掛けてこないってことはないのか?」
「そうなら平和でいいけれど、僕の考えている相手が今回の犯人ならそんな平和的な考え方はしないと思う」
ジャックの問いに僕は首を振った。勿論、僕の念頭にあるのはあの男だった。
そこで今まで沈黙を守ってきたアレク隊長が僕に問いかけた。
「なら、君の考える相手ならばどう動くと思う? ナオキ軍曹」
「そうですね。一番手っ取り早いのは、この運搬車両を狙うことです。警察や国境警備隊にWPは配備されていないし、僕たちにしても三機だけです。そして、その三機を操っている人間がわざわざ一か所に集まっているわけですから、そこから叩けば……」
「効率良く目的を達せられる、というわけね」
僕の言葉をサフィール准尉が引き継いだ。
「ならどうすりゃいいんだよ。このまま休みなく働けってか?」
「そうは言わないですよジャック曹長。僕たちだって限界はありますし。ただ、普通に休みを取りつつっていうんじゃ付け込まれるだけだと思います」
「ナオキ軍曹はそう言っていますけれど、どうなさいますか隊長?」
「……そうだな……」
サフィール准尉の言葉に、隊長はゆっくり言葉を吟味するように間合いを取りながら口を開く。
「我々の役目はテロを未然に防ぎ、市民を守ることだ。敵側の攻撃を誘発し、罪なき市民を巻き込むことになっては本末転倒には違いない」
「すると、俺たちはこのままってことですか?」
「ジャック曹長。まだ話は続いているみたいよ」
結論を焦るジャックをサフィール准尉は冷静にたしなめる。
「しかしだ。このまま動きのない敵を求めて見境もなく警戒を続けるのも無理があるのも確かだ。仮にナオキ軍曹の言うとおり、敵の最初の標的が我々であると仮定するならば、我々の動きを利用して敵を誘引した方が結果として周囲の被害を抑えつつ目的を達成できるかもしれん」
「すると、隊長」
「サフィール准尉、運転を止めて警備隊に至急この町の詳細な電子地図を送るよう申請してくれ。ジャック曹長は02FAをここまで戻し、一時待機。ナオキ軍曹は車両周辺の警戒を継続、異変があった場合は即時現場に急行できるようにしていてくれ」
隊長は矢継ぎ早に指示を飛ばし、僕たちはそれに従った。
「敵はこれで動くと思うか、ナオキ軍曹?」
「断定はできませんが、隙を見せたら見逃しはしないはずです」
隊長の問いかけに、僕はある程度の確信を持って答えた。
「WP運搬車両の動きが止まりました」
男の報告にベゼルグはぴくりと眉を動かした。
「ほう。WPの動きはどうだ?」
「警戒活動中の一機は車両に向かっているみたいですね。車両を警戒していた一機はやや間合いを広げて車両とは距離を取っています。最後の一機は今まで変わらず警戒活動を続けているようです」
「なるほど……。相変わらずいい勘をしてやがるぜ、あの若造は」
ベゼルグはその報告を聞いてニヤリと笑った。
「そこまでして俺とやりたいってんなら、望みどおりにしてやるぜ」
「出撃ですか? まだ予定時刻まで間がありますが」
「どうせあんなものは飾りだ。時間通りにやるのがこちらの狙いでもないんだしな。……無線状況は?」
「クリアです。問題ありません」
「よし、出るぞお前ら、気合いを入れろ!」
ベゼルグはそう言って男たちを鼓舞した。
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