第16話
男が電話越しになにやら話をしている。
『工場から連絡をもらっているのですけど、スペクターの試作型を持ち出したそうですね』
「ああ、この間は指揮官役で退屈だったんでな。ちょいとばかり気晴らしをしたいんだが……」
男の言葉に相手は困惑しているようだった。
『困った人ですね。計画がフェーズ2への移行期に入ったのはあなたもご承知のはずですが……』
「別に計画の邪魔をするつもりはねぇ。ちょっとした挨拶代わりのつもりさ。もし万が一足がつきそうなら、その時はとっととトンズラさせてもらうしな」
『……』
相手側は男の言葉に考え込んでいるようだった。
「何だよその沈黙は?」
『……あなたのことです。言ってもきかないのでしょうね?』
「分かってるならいいだろう? 散歩くらい大目にみてやってくれよ」
男の再度の要請に相手側も決心を固めたようだった。
『いいでしょう。許可します。ただし、少しでも危険になったら即座に引いてくださいね。それが条件です』
「相変わらず慎重だな」
『今が一番重要な時期なのでね。リスク要因はなるべく減らしたいのですよ』
「俺の散歩はリスクのひとつかい?」
『どちらかというと、あなたのお願いを無下に断ってしまうことの方がよほどリスキーですけどね』
相手のその言葉に男は爆笑した。
「ははははは、こいつは一本取られたぜ。まぁ、俺も深追いするつもりはねぇ。今日は手短に済ませるさ」
『そうしてもらえると助かりますよ。まぁお気をつけて』
「ああ、せいぜい足元に気を付けさせてもらうとしよう」
僕はホリー軍曹と一緒に作戦指揮所で機器の調整作業に当たっていた。
隊長たちは機甲操兵軍司令部に挨拶にいっている。本当は僕も一緒に行きたかったところなのだけれど、万が一何かが起きた時に備えて即応できる人物が一人はいたほうが良い、というのが隊長の意見だった。
もっとも、そんなものはきっと後付けの理屈なんだろうと僕は思う。それを命じた時の隊長の顔は普段にもないほど気楽なもので、その時サフィール准尉にもジャックにもやたら生暖かい眼で見られていたのを僕は知っている。
(まぁ、ホリー軍曹と一緒なのが嫌なわけじゃないんだけどねぇ……)
僕は心の中でそっとつぶやいた。どうも隊長たちは、僕とホリー軍曹との仲について気になっているらしい。だから、適当な理由をつけて僕とホリー軍曹がふたりきりになるようにお膳立てしたのだろう。
だが、今の僕は母や
そこで、「ナオキ軍曹、手が止まってますよ」とホリー軍曹が僕を注意した。どうやら考え事をしている間に作業の手が止まってしまっていたらしい。
「ああ、ごめんごめん。ちょっと考え事をしていてね」
「考え事は止めませんけれど、作業だけはきっちりやってくださいね。アレク隊長に言い付けちゃいますよ?」
「それは勘弁してほしいな」
少し子供っぽい言い方でたしなめるホリー軍曹に、僕は苦笑いしながら謝った。
「勘弁しても構いませんけど、その代わりに一つだけいいですか?」
「何かな?」
「軍曹は、どうして軍に入ったんですか?」
「どうしてそんなことを?」
「軍曹って、実際にお会いするまではもうちょっと陽気で活発な方なのかと思ってましたけど、実際は物静かで内気な方でしたから、そんな方が軍に入るなんて、ひょっとしたら何かあるのかな、って思って」
ホリー軍曹はけっこう
「そんなに大した話じゃないよ。家族のためさ」
僕はあえて軽い調子で言って、僕は彼女にさっと家庭の事情を話して聞かせた。
彼女は真剣な表情で僕の一言一句を聞き取っていた。
「……そんなところかな? 要は家族のためにお金を稼ぎたくて軍に入ったわけさ」
僕はそう言って話を締めたが、彼女は真剣な表情のままうつむいて何事か考え込んでしまっている。
「ホリー軍曹、何か……?」
僕が呼びかけると、彼女はびくっと体を震わせて僕の方に向き直った。
「あ! ……し、失礼しましたナオキ軍曹。軍曹のお話を聞くうちに自分の世界に入ってしまいまして……」
「いや、それは別にいいんだけど……自分、何かおかしなことでも話したかい?」
「いえ、そうじゃないんです。……軍曹って、私が思っていた以上に背負っているものがあるんだな、って思っちゃって」
彼女はやや沈みがちな声でそう言った。
「あまり気にしないでくれ。アレク隊長はもちろん、サフィール准尉やジャック曹長もこれくらいは知っているしな」
「しかし、わたし、軍曹の事情もつゆ知らずにはしゃいじゃって……」
「気にしなくてもいいさ。初対面の人と話すときなんてそんなものだよ」
僕がそうホリー軍曹をなだめた時だった。
ヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!
作戦指揮所に備えられていたアラートが突然鳴り響いた。
僕とホリー軍曹は一瞬顔を見合わせて、すぐにお互い軍人の顔に戻った。
ホリー軍曹は手元の通信機を操作して通信を繋いだ。
『こちらはヤーバリーズ中央統合参謀本部、独立任務部隊作戦指揮所、聞こえるか?』
連絡は同じ基地敷地内にある三軍の統合参謀本部からだった。
「こちら作戦指揮所、聞こえています」
『独立任務部隊に緊急指令を伝える。本日一六三〇、ヤーバリーズ中央駅付近でテロが発生。所属不明のWP一機が破壊活動を行い、多数の死傷者が出ている。独立任務部隊は直ちに現場に急行し、所属不明の機体およびその操縦手を確保せよ! 不可能ならば破壊することも許可されている』
「こちらは作戦指揮所です。現在、アレクサンダー・ニーゼン中尉を含む操縦手二名と通信手一名が当基地機甲操兵軍本部に出向しており、即時出撃できるのは一名だけですが……」
『なんだと、こんな時に……。なら、その一名だけでも先行出撃させてくれ。事態は一刻を争うんだ』
「了解! 直ちに出撃させます!」
『念のため、こちらから機甲操兵軍本部にも連絡を入れておく。そちらは出撃準備を急がせておいてくれ』
「了解です!」
通信はそこで途切れた。
「ナオキ軍曹、急ぎ出撃準備を!」
「分かっている。機体はどこに?」
「作戦指揮所の隣が格納庫になっていて、軍曹の機体は02FD型になります。なお、無線操縦のセッティング作業が未完のため、有線操縦をお願いします」
02Fは現在の軍の主力機であるWP-02の最後期生産型モデルのことだ。DはDefenderの略で、拠点防衛用装備を搭載していることを表している。
「了解……とにかくやってみよう!」
「ご武運を!」
ホリー軍曹の言葉を背にしながら、僕は格納庫へ走った。
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