青の洞窟の魔女と浮気の真相

1

 雪だるまの妖精たちは、まるで氷漬けにでもされたかのように動かなくなった。


 だが、それは黒い雪だるまの妖精たちも同じで、あれほど人を小馬鹿にするようにぴょんぴょんと飛び跳ねていたというのに、雪に縫い付けられたかのように動けなくなっている。


 雪の妖精の女王は、わなわなと唇を震わせながら、突然現れた女をキッと睨みつけた。


「何のつもりですか、青の魔女! まさか……、これはお前の仕業ですか!」


「もし、そうだと言ったら?」


 青の洞窟の魔女は、挑発するかのように艶然と微笑んだ。


 雪の女王はギリッと奥歯を噛んで、ゆっくりと左手を振る。すると彼女の周りに、鋭い氷の刃がいくつも生まれた。


「母上、さすがにそれは……」


 カイルが女王を止めようとするが、女王はひと睨みで息子を黙らせた。


「相変わらず、短気ねぇ」


「お黙りなさい!」


 くすくすと笑う青の魔女に、雪の女王は柳眉を逆立てる。


 一触即発と言わんばかりのその状況に、エレノアはおろおろしたが、サーシャロッドはそんなエレノアの頭を撫でて「大丈夫だ」と言った。


 何が大丈夫なんだろうとエレノアが首をひねったとき、遠くから「おーい!」という声が聞こえてくる。


「おーい! おくさーん!」


 それは、ポールの声だった。


 だが、雪の女王はポールの姿を見つけた途端、さらに腹を立てたようだ。


「あなた、またそこの魔女の洞窟に!」


 ポールの手には青水晶が握られていた。雪の女王は、青の洞窟にしかないというそれを見て夫が青の洞窟の魔女のもとに通っていたと判断したのだろう。


 堂々と浮気現場から舞い戻ってニコニコと手を振っている夫を見た瞬間、雪の女王はさっとも片方の手を振った。


 そして――


「ぐえ!」


 ポールの頭上に突然出現した巨大雪だるまが、容赦なく彼を押しつぶした。






 ポールの登場によって、それまで緊迫していた空気が、何とも言えないほわーんと生ぬるいものになった。


「誤解だよー、おくさーん」


 巨大雪だるまの下から這い出してきたポールは、ツンとそっぽを向いている雪の女王のそばまでやってくると、なだめるように彼女のほっそりとした手を握りしめる。


「僕には奥さんだけだよ。いつも言っているじゃないかー」


「どの口でそんなことを言うんだか」


「ほんとだってー!」


 ポールは女王の機嫌を取ろうと必死なようだが、雪の女王は取り付く島もない。


 このまま痴話喧嘩に発展しそうになったとき、青の魔女の口からはーっと大きなため息がこぼれた。


「安心していいわよ。わたし、姉さんと違ってそんななよなよした男って趣味じゃないもの」


 すると、雪の女王の怒りの矛先が青の魔女へと向いた。


「人の夫に向かって失礼な!」


「あら、だって本当のことだもの」


「第一、あなたとは姉妹の縁を切ったはずです! 気安く姉さんなんて呼ばないでちょうだい!」


 突然現れた青の魔女が雪の女王の妹だとは驚いたが、言われてみればほっそりとした輪郭や、ややつり上がりの目元などがよく似ている。


「いい加減、いつまでも怒らないでほしいわ。だいたい、二十年前の喧嘩だって、もとはと言えば姉さんがわたしとポールの関係を疑ったからじゃないの。何の関係もなかったって証明できたはずだけど。何でまだ怒っているのかしら」


「ポールがあなたの寝室にいたのは事実じゃないの!」


「あれはちょっと話があっただけよ。それなのに、まるでわたしが色目を使ったみたいに……、ほんっと昔っから短気なんだから」


「お黙りなさい!」


「あのー、お取込み中のところ悪いんだけど、とりあえず先にさ、やりたいことがあるんだよね」


 女二人の喧嘩に、ポールが口を挟むから、さらにややこしいことになる。


「あなたの話をしているのよ!」


「あなたのせいで姉さんとこじれたのよ!」


 二人が一斉に手を振れば、巨大雪だるまが二つ、ポールの頭上から降ってくる。


 べしゃ、と可哀そうな音を立ててポールが雪に沈み、女性二人がそのまま喧嘩を続けようとすると、疲れたようにサーシャロッドが息を吐いた。


「喧嘩ならよそでやってくれ。それよりも、この黒だるまをどうするつもりだ」


 サーシャロッドはエレノアを抱え上げて、雪の迷宮の残骸の上から飛び降りる。氷漬けにされたかのように動かない黒い雪だるまを見やれば、青の魔女が長い髪をかき上げた。


「そうだったわ。ちょっとポール。いつまでもそこで寝ていないで、さっさと何とかしてちょうだい」


「……君たちがしたのに、ひどい……」


 さすがに二体の巨大雪だるまは重かったのか、ポールがぐすんと鼻を鳴らしながら、起き上がる。


 ポールはそのまま黒い雪だるまの妖精たちに近寄ると、そのうちの一体の体に、手に持っていた青水晶をずぼっと突き刺した。


「ひえっ」


 まさか殺す気じゃ――と青くなったエレノアの頭を撫でて、サーシャロッドが「あれの体は雪だから大丈夫だ」と教えてくれる。


 ポールが青水晶を突き刺した黒い雪だるまの妖精の体が淡く光り、刺されたところからだんだんと白く染まっていって――


「これが、行方不明になっていた雪だるまの妖精たちだよ」


 ポールがちょっと得意げに、言った。

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