5
雪の妖精たちの居城は、ノーウィン山の麓にある。
そびえ立つ雪山を見上げるような形で、雪に埋もれるように白い背の高い城がそびえ立っていた。
まるでいくつもの塔を連ねたかのようなその城の周りには、大小さまざまないくつもの雪像が並んでいる。
城の門の左右には氷で作られた翼の生えた女性の像が向かい合うようにして立っていた。
泉の妖精たちが暮らす城も優美だったが、雪の妖精たちの暮らす城もキラキラと輝く宝石のように美しい。
リーファのよると、泉の妖精の女王と雪の妖精の女王は、昔から何かと張り合っているらしく、引き合いに泉の妖精の城を出すと機嫌が悪くなるそうだから注意した方がいいとのことだった。
妖精たちにもいろいろあるのね、とエレノアは「ここでは泉の妖精の女王の名前は禁句」と心に刻みながら、サーシャロッドたちとともに城の門をくぐる。
すると、奥からぴょこぴょこと何か白い物体が跳ねるようにこちらへ向かってきた。
見ると、白い物体は丸い雪玉を二つ重ねたかのような姿をしていた。城の前の雪像にこれと同じ形の大きなものがあったなと思いながら、エレノアが両手を広げた大きさよりも少しだけ大きなそれに視線を落とす。
白い丸には目と口がついていて、手袋のような形をした手をブンブンと振っていた。
「いらっしゃいませー!」
「ようこそ、ゆきのじょうおうさまのおしろへー!」
「おくへごあんないいたしまーす!」
「どうぞどうぞー!」
そう言いながら、彼らはくるりと方向転換をして、やってきた方へとぴょんぴょんと飛んでいく。
「あれは雪だるまの妖精たちだ」
サーシャロッドがそう教えてくれた。
この雪の妖精の女王の城で暮らす妖精たちらしい。ほかの姿をした妖精もいるそうだが、この城の警護などの雑務をしているのは、ほとんどこの雪だるまの妖精たちだそうだ。
「なんだかかわいいですね」
「どこがですか」
ふふふ、とエレノアが笑うと、その後ろを歩いていたラーファオが顔をしかめた。彼はさっそく分厚い防寒服を身に着けて、毛糸の帽子にマフラー、手袋までつけている。外は寒かったが、城の中は温かいのに、そんなに着込む必要があるのだろうか。
「あいつらの見かけに騙されてはいけませんよ。あいつらは敵です。野蛮妖精です」
ラーファオは雪だるまの妖精が嫌いらしい。
過去に何かあったのかしらと不思議に思ったが、その理由はこのあとすぐに知ることができた。
妖精たちに案内されてエレノアたちが雪の妖精の女王の待つ部屋にやって来たときだった。
細かな彫刻がされている真っ白な扉を開けた途端、ビュン――とすごい勢いで何かが飛び出してくる。
「リーファ殿!」
それはリーファの前で急停止すると、ぎゅうっと彼女の細く繊細な手を握りしめた。
(……妖精?)
エレノアが疑問に思ったのも無理はない。飛び出してきたのはエレノアよりも背の高い一人の男性だ。最初は人間かと思ったが、青白い髪の毛がキラキラと輝いているのですぐに「人間ではない」と判断した。人の髪が、まるで星屑をちりばめたかのように輝くはずがない。
「リーファにふ・れ・る・な!」
エレノアの目の前で、ラーファオがリーファと男性との手を断ち切るように手刀でぶった切り、己の妻をぎゅうっと腕に抱き込んだ。
「まだあきらめていなかったのか、この女たらしめ!」
「諦めるはずがないだろう。お前より僕の方が美しいリーファ殿には似合いだ」
「勝手に決めるな! だからここには来たくなかったんだ!」
「別にお前は呼んでいないのだがな」
突然はじまった応酬に、エレノアが茫然としていると、どこからともなく「ぶれいものめー!」という叫び声がして、雪だるまの妖精の大群が押し寄せてきた。
「ぐえっ」
まるでカエルがつぶれたような声をあげて雪だるまの妖精たちの下敷きにされたラーファオに、リーファは頭痛を覚えたようにこめかみをおさえて、サーシャロッドは肩を揺らして笑っている。
(……ラーファオさんが雪だるまの妖精たちが嫌いなの、わかったかも……)
じたばたしながら「どけ!」と叫んでいるラーファオが、少し気の毒だ。
青白い髪をした男性はまたリーファの手を握りしめているし、ラーファオは雪だるまの妖精たちと格闘しているし、サーシャロッドは笑っているし――、エレノアはどうしていいのかわからずに眉尻を下げる。
「いい加減になさい。お客人に失礼でしょう」
とりあえず困っている風のリーファを助けに行った方がいいのかとエレノアが思ったとき、凛とした声が響いた。
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