ある日の放課後、保健室にて
「――と、まあ、私の時の修学旅行はだいたいこんな感じだったかな。参考にはならないと思うけど」
「いえいえ、参考になりました。つまりガンガン押せばいいんですね」
「ま、まあ、そうなのかな」
困ったように笑うのは、雨音先生。女の私でも見惚れてしまいそうな美貌の持ち主である先生は、複雑というか面倒くさい家庭事情と噂のせいで教師からも厄介者として奇異の目で見られている私に良くしてくれる一人だ。そういう仕事だから私と話しているというのもあるのだろうが、それでもこうして話す時間は学校での数少ない楽しみの一つになっている。
最近は修学旅行前ということもあってか、恋愛相談に来る女子生徒の姿もちらほらとあって、あまり話せていなかったが。
「ところで、話は変わるけど、誕生日の話はできたの?」
「えっと、まだです……。催促してるみたいで、言えてないです」
私の誕生日は修学旅行の三日目。丁度いっちゃんが私のことを誘ってくれた自由行動の日だ。きっと、京都を回りながらその途中で祝われたら、ずっと忘れられない思い出になりそうだけど、口にはできないままだ。
酷い表情をしていたのか、まあ、気持ちは分からなくないけど、と優しい声をかけてくれる先生。その声には、優しさだけではなく、実感がこもっているように感じられた。先ほどまでさんざん惚気ていたが、そういう経験をしたこともあるのだろうか。
「勇気を出して言ってみるしかないんじゃないかな」
「やっぱりそうなんですかね……」
「それとも、千代ちゃん先生に伝えてもらうように言ってみる?」
「い、いえ、自分で言います。言えなかったとしても、それは私が悪いってことで諦めます」
きっと、その甘い提案に私が頷いたら、雨音先生は三鷹先生にそんな話をしておくよ、と言ってくれただろう。
けど、これは、というか、これも、私が直接言わなきゃ意味がないんだと思う。向き合うのを、伝えるのを避けた結果がどうなるのか、私は知っているもの。それにそこまで気を遣われたら私の方が辛くなってしまう。
「ふふっ、余計なお世話だったね。そう言えるなら、きっと大丈夫。今のは忘れていいから頑張ってね」
「は、はい!」
覚悟を決めるために深呼吸していたから、向けられた笑みに見惚れて言葉を失うなんてことはなかったが、気を抜いたら惚れこんでしまいそうだ。きっと沢山のことと向かい合って乗り越えてきたから、その葛藤や苦しさを理解して、そんな優しい笑みを出来るんだろう。
私がそんな笑みを浮かべる姿はとてもじゃないが、想像すら出来そうにない。
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