ヨンジュウヨン 大会

 突如として異世界へと転移させられ、更には目の前で親友を殺されたマコトとヒヨリは通りがかった『砕剣の聖騎士団』によって助けられた。まさに不幸中の幸いと言うべき出来事だろう。そんなマコトとヒヨリが何故闘技大会に出たのかと問われれば、単純に「力試し」と答える他ない。

 特にマコトは、魔力量が他人よりも多いらしく、魔法部隊隊長のローランが目を爛々と輝かせながら「貴方ならきっと最強の魔法使いになれます!」と迫られた。だとしても、例え魔力量が多くても、魔法使いの素質があったとしても、ならばどうしてマコトが魔法部隊に入隊したのかについては、もっと単純な理由だった。

 強くなりたい。

 強くなり、親友を殺した魔女を倒して仇を打ちたい。

 それをもしも親友が聞いていれば、きっと「お前は利己的なんだか正義感が強いのか分からないな」と呆れ顔で言われてしまいそうだ。思わず笑う。ここが闘技場のど真ん中だと言うのに、緊張の欠片も湧かないのは、マコトが試合には強いからだろう。

 精神的にも、技術的にも。

 自分は試合に負けた事がたったの一度もない。それは自慢ではなく、事実として、彼はこういう大々的な大会で勝利のみしか得ていない。

 だが、今回においてはどうだろうか。年に一度開催されるこの闘技大会では、『砕剣の聖騎士団』に所属する騎士と魔法使いが、それぞれの部門で競い合い、その優勝者同士での決勝戦が行われる。

 マコトはその魔法使い部門でのエントリーをしており、現に四回程勝ち上がっている。「力試し」とは言うものの、やはり大きな要因はやはり優勝商品が大きいだろう。

 かつて、とある国の勇者とも英雄とも言われた人物。シン・インカレッツィオが使っていたと言う『砕剣カルテナ』だ。膨大な魔力を内包しており、使ってもほぼ際限無しに湧き続けるらしく、この国を守るのに重大な役割を担っているという。しかし、過去に優勝した猛者が誰一人として扱い切れず、返納してしまった。

 そんな『砕剣カルテナ』が手に入れば——

「氷魔法『巨躯の一撃』!」

 不意に対戦相手の詠唱が耳に入り、マコトはハッとする。自分の足元が陰っていくのを感じて視線を上げると、巨大な氷で出来た巨人が出現し、マコトへと拳を振り下ろしていた。

 しかし、わざわざ避ける事はしない。佇んだままその拳を受け止める。氷の拳がマコトの少し手前で止められると、粉々に砕け散る。

 既に防護魔法は張っている。

「くっ……!」

 相手が舌打ちをすると、一歩飛び退く。恐らくはこちらの魔法を警戒しての事だろうが、別にターン制のゲームではないのだから、どんどん攻撃してくれても構わないとマコトは思う。だがまあ、そうやって反応を示してくれたのだから、仕掛けない訳にもいかない。

「光撃魔法『磁電砲雷』」

 マコトがそう唱えると、片手に収まりきらない大きさのプラズマが周囲の風を巻き上げながら発生する。

 それを二つ。

 相手が生み出した氷の巨人は、まだ砕けていない片方の腕で主人を守る様にして前面に出しており、通常では壊す事もままならないだろう。

 しかし。

 マコトが腕を振ると、巨大な電離気体がその手を離れて対戦相手の方へと真っ直ぐに飛んでいく。覆っていた氷の腕どころか、その身体すらも溶かしながら進み、対戦相手の防護魔法と接触する。数秒の激突により、暴風で吹き飛ばされそうになりながらも、二つのプラズマの勢いが止まる事は無くそして——防護魔法を砕く。

「ひぃ……っ」

 なす術がなくなった相手が死を覚悟したのかギュ、と目を瞑る。この行為で、たった数分の試合の結果は瞭然だろう。

「そこまで!」

 という声と共に、プラズマが別方向から来た魔法によって打ち消される。目の前での出来事にすっかり腰を抜かしたのか、対戦相手がその場に膝から崩れ落ちた直後、観客席から盛大な拍手喝采が沸き上がる。

「相手側の戦意喪失により、勝者マコト!」

「ありがとうございました」

 ぺこり、と一礼をしたマコトは踵を返すと自分が入場した門へと帰っていく。こんな感じで、出場した相手の魔法使いはたった一発、マコトが魔法を発動させるだけで敗れていく。正直ここまで相手が弱いのかとガッカリさせられる面はあった。

 しかし、彼は例外的に強過ぎてしまったのだ。

 魔力の内包量も、それを扱う素質も、天才的にずば抜けている。


 彼が、彼こそが魔女の欲した力の持ち主であるとマコト自身が知るのは、少し後の話なのだが。


「お疲れマコト!」

 バン、とマコトは背中を勢いよく叩かれて転びそうになる。振り返ってみると、この世界へと転移したもう一人の親友、ヒヨリが無邪気な笑顔で彼にVサインをしていた。

「おう。て言っても、そんなに疲れる程戦ってないけどな」

 皮肉ではなくあくまでも本心でマコトは苦笑いを浮かべた。確かに試合が始まる前は緊張もしたりはするけれど、彼にとって今までの試合は予行練習並みと言える。臆面なく言えば肩透かし、だろうか。

「と言うかヒヨリ、お前も次もうすぐだろ?」

 ヒヨリは騎士部門での出場者だ。彼女も魔法が使えない訳ではないのだが、それ程魔法使いとしての素質は並程度だし、何より彼女自身が騎士として入団する事を強く望んだ。現実世界では剣道部だったから、剣の扱いには慣れている、と言っていたヒヨリではあったけれど、正直竹刀と本物では扱い方が大きく異なるのではとマコトは疑問に感じる。

 だが、それでも実力は折り紙付きらしく、彼女もまた次の試合が騎士部門の決勝戦だった。つまり、たった今魔法使い部門で優勝したマコトと、もしかすると対戦するかもしれない相手だ。

「あはは、まあね。でもマコトの勝利を祝わなきゃって思ってね」

「そんな呑気な……」

 大らかと言うか粗雑と言うか、そういうヒヨリの性格は今に始まった事ではないが、まさかこんな時までそれを発揮するとは。マコトも思わず笑ってしまいそうになる。

「次の相手、確か副団長の人だろ。大丈夫なのか?」

 マコトは魔法使いとして隊長のローランに教示してもらっているのと同様に、ヒヨリは『砕剣の聖騎士団』の副団長から指導を受けている。名前はセツナ。何度かマコトも会った事はあるのだが、少年の見た目で額には鉢巻きの様な物を巻いている個性的な人だった。

「セツナ君強いからなぁ。でも、緊張も解けたし次は全力で行けそうな気がする!」

 ぐ、とヒヨリが胸の前で拳を握る。

「それに、優勝して貰える『砕剣カルテナ』があればきっと魔女を倒せるしね」

「……だな」

 かつての英雄シン・インカレッツィオが持っていた『砕剣カルテナ』を手に入れる為に出場した二人は、互いに頷き合う。

「それじゃあ、行ってくる!」

「おう、頑張れよ」

 ヒヨリが数回の屈伸の後、気を引き締めた表情で腰に付けていた剣の柄をギュ、と握ると背を向けて闘技場へと歩き始めたのだった。

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