第77話 聖女

 クライン達が屋敷に帰ったのを見届けた後、リターナはマリンダを縄で縛った。


「う、うぅ……」

「目が覚めたかしら?」


「……」

 マリンダは無言でリターナを睨む。


「心配しないで、殺しはしない。ただ、私の質問に答えてくれない?」

「……」


 リターナはマリンダの目を覗き込む。


最果てに至る魔道ダス・エンデ・タルタロス……あれを塞ぐ扉を作ったのは誰?」

「ひっ……し、知らない……」

 質問された瞬間、マリンダの目に恐怖の色が浮かんだ。


「ベルクカッツェ工房で作られたのは調べがついているわ」

「わ、私は関係ない……」


「質問を変えるわ。あの儀式を手伝った魔導技師は誰?」

「……」


「ロアーナという名に聞き覚えは?」

「……ロアーナ? いや……」


「何? 何でもいいから言ってみて」

「言えば解放してくれる?」


「いいわ、解放する」

 リターナがそう言うと、マリンダは頷き話し始めた。


「昔、ネルリンガー家に集められた忌み子の中に、アローナと言う少女がいたのを覚えてるわ」

「アローナ……その少女はいまどこに?」


「確か……、魔導士達の検査が終わった後、忌み子は全員解放したはずよ。ベルカと同じようにね」

「忌み子は全部で何人居たの?」


「五人、その内一人はすぐに死んだと聞いた。生き残ったのは男の子一人と、女の子が二人」

「ベルカとアローナね? 男の子の名は?」


「……サルガス」

「どこにいるかわかる?」


 マリンダは小さく鼻で笑った。


「ええ、もちろん。今じゃ、ネルリンガー侯爵家の騎士団長様ですもの」

「……そう」


「約束よ! 早く解放しなさい!」

 マリンダが声を張った。


 リターナは短剣を取り出し、無言で縄を切った。

 マリンダが飛び起き、森の闇へと走って行く。


「ロアーナ、一体、どこにいるの……」

 リターナはそう呟き、月を見上げた。


 *


「んー! このパン美味しいわね! ベルカ、パン屋もできるんじゃない?」

「えへへ、そうですか?」


 クロネの言葉に、ベルカは照れくさそうにパンを頬張った。


 今日の朝食はベルカの手作りパンである。

 やはり手先が器用なんだろうな、このままお店に並んでいてもおかしくない。


「うん、マジで美味いな」

「あ、そういや姉さん、あの女どうなった?」


 クロネが訊ねると、リターナの手が止まった。


「解放したわ」

「そっか、ネルリンガーって確か侯爵家の領地よね?」


「ああ、ルドニック・ネルリンガー、有名な占星術師でもある」

「ふーん、強いのかな?」


「占星術師は戦闘職じゃないからな。実際戦ってみないと何とも言えないけど、ルドニック侯はもうかなりの年のはずだし、強くは無いと思う」


「ネルリンガー侯爵家には……、サルガスという、とても強い騎士団長がいるそうよ」

 リターナがぽつりと言った。


「サルガス……」

 ベルカが思い詰めたような顔でその名を口にした。


「ん? 知ってるの?」

「あ、いえ、その……」


「言いにくいことなら別に言わなくて――」

 ベルカは俺の言葉を遮り、

「いえ、やましいことではありませんから。実はその、サルガスは私と同じ忌み子なんです」と言った。


「え……」

「続けて?」と、リターナ。


「あ、はい。えっと、私達はお城で身体を調べられた後、街に解放されたんですが……、その時に隣に居たのがサルガスでした。遊んだ事はなかったのですが、同じ村の子だったので、名前は覚えていたんです。でも、髪が真っ白になっていて、話しかけても、私の事は全く覚えていませんでした。それからすぐに、彼は自分からお城へ戻って行ったんです」


「なるほど、そこから騎士団長になったのなら、相当な力の持ち主だな」

「なんで髪が白くなったのかな?」

 クロネが言うと、ベルカが答えた。

「恐らく、黒い煙のせいだと思います」


「黒い煙? 火事とか?」

「いえ、小さい頃、私の住んでいた村に大きな穴が開きました。その穴から出る黒い煙の事です。私もその煙を吸ったせいで、身体に刻印が浮かび上がり、忌み子と言われるようになったんです。なのでサルガスも煙を吸ったんじゃないかと思います」


「なるほど、それで何かしらの変異が起こった……」

「ベルカは、刻印以外に何か変化はあったのか?」

「いえ、自分では無いと思ってるんですが、気付いていないだけかも知れません……」

 目線を落とすベルカ。

「あ、いや、つまんない事を聞いてしまったな、すまん」

「あ、いえ、大丈夫です」


「女の子はいなかった?」と、リターナが訊ねる。

「んーっと、誰かいたと思うんですけど……」


「アローナという子はいなかった?」

「すみません、覚えてないです」


「そう……ありがとう」

「あ、でも、検査を受けている時に、魔導士の人達がやたら興奮していましたね……何か、奇跡だとか聖女だとか」

「聖女? おいおい、アンダーウッドまで絡んでくるのか?」


 アンダーウッド領は、ネルリンガー領に隣接する雪に閉ざされた不毛の地。

 聖女と言えば、そのアンダーウッド侯爵家の固有職能のはず……。


「私がアンダーウッド家の人間なら……、一族以外の聖女と聞いて放っておくはずが無い、間違いなく動く……」

 そう言って、リターナは席を立った。


「どうした?」

「姉さん?」


「少し、留守にするわ。後で連絡する――」


「あ、おい!」

 リターナは部屋を出て行ってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る