第75話 ベルカの決意
真っ暗になった窓の外を眺める。
屋敷の中はしーんと静まりかえっていた。
とうとう、この日が来てしまった……。
結局、わたしは何も答えを出せなかった。
部屋の掃除を終え、ベッドのシーツを直す。
こんな素敵な部屋に一時でも住めただけで、わたしは幸せ者だ。
リュックを背負い、支度を済ませる。
テーブルの上に、ポーション銃の予備部品と、交換方法をメモした紙、あとは皆にそれぞれ造った守護魔石を置いた。
クロネさんには、黒い守護魔石。
『速度上昇』と『気配察知』の効果を付与した。
リターナさんには、赤い守護魔石。
『魔力耐性+』と『魔力消費減』の効果を。
クラインさんには、青い守護魔石。
『全状態異常無効』
たった一つの付与だけど、今のわたしの精一杯を込めた。
「お世話になりました」
わたしは部屋に向かってお辞儀をした後、窓から中庭へ降り、屋敷を抜け出した。
*
憂鬱な気持ちで森を歩く。
わたしの気持ちとは裏腹に、空には綺麗なお月様が浮かんでいて、森を明るく照らしていた。
ゆっくり歩いたつもりだったのに、目の前には、月明かりに輝くモノリスが見えていた。
わたしがモノリスの前に立つと、その影から姉弟子がスッと出て来た。
「ちゃんと来て偉いわね、やっぱり貴方は良い子だわ」
クスッと笑うマリンダの仕草に嫌悪感を覚えた。
「さ、情報を頂戴」
「いやですっ!」
「貴方……何を言ってるかわかってるの?」
「好きにすればいい……」
「いいのかしら? 皆に貴方の――」
「す、好きにしなさいよ!」
わたしは生まれて初めて、他人に怒鳴った。
その瞬間、わたしは覚悟を決めた。
「べ、ベルカ? あ、あなたらしくないわよ?」
目に見えて動揺する姉弟子。
「忌み子でも何でも言えばいい! わたしは一人で生きていける! もう誰にも頼らない!」
「ぐ……」
もう、何も怖くなかった。
でも、何故か溢れ出る涙だけは止まらない。
拭っても、拭っても、次から次にぽろぽろとこぼれ落ちた。
「ちょ、ちょっとベルカ、わ、私は……そう! 貴方を試したのよ! 立派になったわねぇ、姉弟子として鼻が高いわ。さ、工房に戻りましょう? 貴方の部屋をちゃんと用意してあるのよ?」
「姉弟子……、いえ、マリンダさん。そんな嘘がわからないほど、わたしはお人好しでも馬鹿でもありません。ですが、シュテルネン・リヒトで、あなたがわたしを受け入れてくれた時、心から感謝をしたのは事実です」
「そ、そうでしょ⁉ また一緒に魔導具作りをしましょう? きっと楽しいわ! そうだ、今度は貴方も大会に出てみない? きっと皆に認めてもらえるはずよ!」
「マリンダさん、嘘だとわかっていても、その言葉は嬉しいです。でも、もう貴方の言葉が、わたしに届くことはありません」
「クッ……! ベルカ! この恩知らずが!」
マリンダが鬼のような形相で叫んだ。
「その辺にしてもらえるかな」
こ、この声は⁉
茂みの中から、現れた人影――。
月明かりがクラインさんの顔を照らした。
「ク、クラインさん……ど、どうしてここに⁉」
「ベルカちゃん、何も心配はいらないのよ」
ふわっと良い香りにつつまれた。
「リターナさん……」
「まったく、水くさいわね、ベルカは……後でお説教!」
「クロネさんも……」
「リ、リンデルハイム……」
マリンダが後ずさる。
「逃げようとしても無駄だ、大人しく投降しろ」
クラインさんが言うと、マリンダは急に笑い出した。
「アハハハハ! 投降? おめでたい連中ね、教えてあげるわ! あんた達が仲間だと思ってるベルカはね――」
「忌み子だろ?」
クラインさんは、何の躊躇いも無く答え、肩を竦めた。
「なっ……⁉」
「クラインさん……知ってたんですか⁉」
「そんなこと、どうでもいいんだよ。過去なんて関係ないだろ? なぁ?」
「そもそも、忌み子って何よ?」
クロネさんが不思議そうな顔でわたしに訊ねた。
「え、あの、そのー、不吉というか、嫌われるというか……」
「ほら、結局何も無いんじゃん」
そう言って、クロネさんは笑った。
「ベルカちゃん、ごめんなさいね。貴方のことは事前に調べてあったの」
「え……」
「ほ、ほらご覧なさい! 所詮、裏じゃそういう事をやってんのよ!」
マリンダが吠えるが、リターナさんは相手にすることなく話を続けた。
「私達にとって、貴方が忌み子かどうかなんて、本当にどうでもいいことなの。本当に大事なのはね……、きちんと約束を守るとか、仕事に真面目に向き合ってるとか、何より、私達を大事に思ってくれるか、ってことよ」
「わ、わたし……」
「ベルカ、もう君は俺達にとってかけがえのない仲間なのさ」
「クラインさん……」
父と母以外の人から必要とされたのなんて何年ぶりだろう……。
胸の奥にぽっと暖かい灯が灯ったような気がした。
「ほら、しっかりして。クライン、クロネちゃん、後は任せたわよ?」
「おう」
「おっけー」
リターナさんに肩を抱かれ、わたしはその場を離れた。
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