第73話 モノリスの影

 姉弟子のマリンダが店内を見回して、

「ふぅん……一体、どうやって取り入ったのかしらねぇ?」と嫌味っぽく言った。

「と、取り入っただなんて……、い、今更、何の用ですか!」


「あら、随分と冷たくなったわね? あんなに私に懐いていたのに……」

「姉弟子は、わ、わたしを利用していたんですよね⁉」


「誰がそんなことを言ったの? 可哀想なベルカ……、どうせリンデルハイムのお坊ちゃんに吹き込まれたんでしょう?」

「ク、クラインさんはそんな人じゃないです!」


 姉弟子は大袈裟にため息をつき、頭を振った。


「あぁ、ベルカ……、忌み子のあなたが、四大貴族家のお坊ちゃんに相手にされるわけがないでしょ? いい加減、目を覚ましなさい」

「そ、それは……」


「あら、貴方まさか、自分のことを言ってないの?」

「……」


 ど、どうしよう……、クラインさん達に知られたら、きっと……。

 マリンダは、わたしの心を見透かしたようにほくそ笑んだ。


「ベルカ、二人だけで話しをしましょう。今夜、森の外れにあるモノリスの前に来てちょうだい」

「あ……」

「いいわね? 来なければ全てをバラすわよ」

「ぐ……」

「それじゃ、待ってるわね」

 マリンダは薄紫色の髪を後ろに払い、店を後にした。


 *


 店の戸締まりを終え、わたしは屋敷に戻ろうとして立ち止まった。


 ――いいわね? 来なければ全てをバラすわよ。


 姉弟子の言葉が頭から離れなかった。

 どうしよう……。


 自分の過去をバラされたら、きっと皆に……、クラインさんに嫌われてしまう。

 でも、人の温かさを知ってしまった今、一人だった頃の生活に戻るのは耐えられそうにない。


 どうしたらいいんだろう……。

 とぼとぼと道を歩いていると、顔見知りの店主や、村人が声を掛けてくる。


「よう、ベルちゃん、おつかれさま」

「あ、おつかれさまです……」


「ベルカだ! ベルカあそぼー!」

「あ、ご、ごめんね、今日はちょっと無理かな……」

「えー! ベルカのケチー!」

 獣人の子供達があっかんべーをしながら走って行く。


「はぁ……」

 やっと……、やっと、自分の居場所を見つけたと思ったのに……。


 *


 その夜、わたしはこっそりと屋敷を抜け出し、森の外れのモノリスに向かった。

 モノリスまでは道が繋がっていて、方向音痴のわたしでも迷わずに行ける。


 夜の森は真っ暗で怖かったけど、光を照らす魔導具のおかげで随分と気が楽になった。


 モノリスに着くと、まだ誰も居なかった。

 わたしはモノリスに凭れて、姉弟子を待った。


 虫の鳴く音、たまに聞こえてくる動物の鳴き声。

 空を見上げると、大きなお月さまが見えていた。


「はあ……」


 ――パキッと枝を踏む音が聞こえた。


「誰⁉」

「偉い偉い、ちゃんと来てたのね?」


「姉弟子……」


 マリンダは黒いフードローブを目深に被っている。


「お願いです! こ、これをあげますから、もうわたしに構わないでください!」

 ベルカは小さなペンダントを差し出した。


「あら、何かしら……?」

 マリンダはペンダントを受け取り、息を呑んだ。


「こ、これは……守護魔石⁉」

 慌てた様子で、マリンダは腰に下げた袋から数種類の鑑定道具を取り出し、ペンダントを調べ始めた。


「効果は十年持ちます、恐らくそれほどの守護魔石はどこにも無いはずです」

「凄い……『魔法耐性』『毒耐性』『麻痺耐性』『石化耐性』、四つの耐性を同時に付与するなんて……ははは! やっぱりアンタは天才だよベルカ!」


 守護魔石にはS~Dまでの等級があり、基本的には一つの魔石に対し、付与されている効果の数、種類を複合的に評価して等級が決まる。ベルカの作った守護魔石は、四つの付与、しかも実用性の高い効果、十年もの使用期限、誰がどう見てもS級の代物だった。


「お願いです、どうかわたしを自由にしてください!」


 マリンダはペンダントを首にかけ、胸の谷間にしまう。

 一瞬だけ、マリンダの身体が七色に輝いた。


「これは、ありがたく貰っておくわね」


 そう言って微笑むと、

「ベルカ、あなたには村の内情を探って欲しいの」と言った。


「ペ、ペンダントをあげたじゃないですか!」

「ええ、でもあなたが勝手にくれたのよね? 私は何も約束などしていないわよ?」

「そ……そんな⁉」


 言われてみて初めて気付いた。姉弟子の言葉に嘘はない。

 自分が一番大切にしている物を渡せば、許してくれるとわたしが勝手に思っていただけなのだ。

 駄目だ、やっぱりわたしは……。


「まあ、でも、貴方は私の可愛い妹弟子だしね、虐めたくはないの。だから、言うことを聞いて?」

「で、出来ません! クラインさん達を裏切るなんて、私には出来ません!」


 わたしはブンブンと何度も顔を振る。


「貴方が忌み子だと知ったら、皆はどう思うかしら……心配だわ」

「や、やめて……」


「大丈夫よ、ベルカ。私だけは味方……、たとえ貴方がアイルズベリィで育った忌み子だとしてもね」

「……」


「――三日待つわ。その間に村の地図、主要なメンバーと力関係、その能力、ミスリルの産出量を調べておいて」

「出来ません!」


 マリンダは私の言葉など意にもとめずに、

「また三日後に、ここで――」と、森の闇に紛れた。


「そ、そんな……うぅ……」

 膝を付き、途方に暮れる。


 モノリスの裏側で、一部始終を聞いていたリターナが、小さくため息を吐いた。

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