第70話 ミスリルの力
屋敷の部屋で、俺は皆と少し遅めの朝食を食べていた。
「ふふ、大成功だったのね」
リターナが頬杖を付きながら微笑んだ。
「ほんとベルカ様々よ、凄かったんだから! あのシリウス達の呆気に取られた顔ったら……ククク」と、クロネが思い出し笑いを浮かべる。
「いやぁ、お役に立ててなによりですぅ」
「本当にありがとう、ベルカ。世界が変わったよ」
改めてお礼を言うと、ベルカは頬を真っ赤に染めた。
「そ、そんな、照れますから……あまり見つめないでください」
「これは、軌道修正の必要があるわね……」
「ええ、珍しく意見が合うわ……」
リターナがハムにフォークを突き刺し、クロネがリンゴを握りつぶした。
「ちょ……二人とも落ち着いて……」
*
――その頃、採掘所坑道内。
薄闇の中、コツン、コツンと革靴の音が反響している。
足音はホール型の広間に出た所で止まった。
「……ここをあなた方の巣にされると困ります」
フォウの澄んだ声が坑道に響いた。
『『ガルルルル……』』
闇の中に光る無数の目――。
十、二十、いやそれ以上の赤光が、目の前に現れた獲物を前にして、その輝きを増した。
「既に群生体になっていましたか……、念のため来て正解でしたね」
白いマントを羽織ったフォウが、微笑を浮かべる。
ホールの横穴から、ミルメコレオの群生体がゆっくりと姿を現した。
通常個体と違い、獅子の体毛は赤く染まり、蟻の腹部分は硬化し、まるで蠍の腹のように禍々しく変異している。
『グルアァッ!!!』
『ゴアァァアアオ!!!』
フォウ目掛けて、数体が一斉に飛び掛かった。
が、空中でミルメコレオが凍り付き、そのまま砕け散った。
――広間に雪の結晶が降る。
小さな結晶が、フォウを取り囲むミルメコレオの足に舞い落ちた瞬間、足が凍り付いた。
『グガァ⁉』
「この結晶の一粒一粒が、貴方達の相手です」
フォウが手を前方に翳した。
すると、フォウの背から氷の精霊が現界し、ミルメコレオに向かって吐息を吐いた。
凄まじい冷気が刃となり、容赦なく群生体を氷結させていく。
あれほど居た群生体が一体残らず凍り付き、坑道内に静けさが戻った。
「これで終わりですね……」
フォウが踵を返すと同時に、凍り付けの群生体が残らず砕け散った。
*
俺は自分の部屋で試験管を睨んでいた。
「ううん……これ以上の濃度だと、やはり安定しないな……」
先ほど濃度を5倍にまで高めたファイア・ポーションは発火してしまった。
ブリザード・ポーションは4倍の時点で凍結、サンダーポーションは3.5倍で放電現象が起きた。
濃度さえ安定して高める事ができれば、それだけ威力が上がるのだが……、やはりそう上手い話はなさそうだ。
ん? ちょっと待てよ……ブリザード・ポーションとサンダーポーションを混ぜればどうだろう?
ベースはブリザード・ポーションにして、徐々にサンダーポーションの割合を増やし、最適なバランスを見極めてっと……。
「ふぅ……こんなもんか、後は濃度だな」
さらに集中し、錬成したポーションを濃縮していく。
こ、これは……意外に相性がいいのか?
3.5倍を超えても、サンダーポーションによる放電がない。
しかも、まだ凍結する気配もなかった。
よし、このまま、限界まで……。
――パリンッ!
「あっ……くそぉ~」
でも、4.5倍まで濃縮に成功したぞ……。
そうだ、この調子で色々な組み合わせを試してみるか。
その時、誰かが扉をノックした。
「どうぞ?」
「やあ、邪魔するよ」
「ああ、リスロンさん、どうも」
入って来たのはリスロンさんだった。
俺は紅茶の用意をして、ソファに座るリスロンさんの前に置いた。
「ありがとう、すまないね」
「いえ、それより何かあったんですか?」
「いや、フォウから坑道の件でクラインに世話になったと聞いてね」
「あー、いえ、気にしないでください」
「しかし……どうも順調すぎると思ってな。スパロウ伯の嫌がらせはあったにしろ、もっと、エイワス貴族からの反発があると私は思っていたのだが……」
「あ……あの、実はその件ですが、どうもリンデルハイム家の方で動きがあるようでして」
「ほぅ……ちょっと、失礼するよ」と葉巻を取り出し、
「詳しく教えてくれるかな?」と言って、葉巻に火を点けた。
「リンデルハイム家は、私がこの村の運営に関わっているとスパロウ伯から聞いたはずです、もしかすると、以前から知っていた可能性もありますが、問題はミスリル不足です」
「……」
リスロンさんは黙って俺の話に耳を傾けている。
「最近、ネルリンガー出身のベルカという魔導技師を仲間にしました、そのベルカから聞いた話では、ミスリルの最大産出領であるネルリンガーで、深刻なミスリル不足が起きているらしいんです、これが長期化すればミスリルの価値は天井知らず、私達にとっては喜ぶべき事ですが、同時にリスクを生みます」
「それは、私の耳にも入っている。今じゃ石ころみたいなミスリル鉱石一つで家が建つそうだよ」
ふふっと笑いながら煙を吐き出し、
「そうか……、それならクラインを理由に、ミスリルを狙ってリンデルハイム家が動く可能性もある」と、灰皿で葉巻を揉み消した。
「もし仮に、リンデルハイム家が何か圧力を掛けてきた場合、どう対応しますか? レグルス皇帝の書状がありますから、それを使うという手も……」
「クライン、それは駄目だ。私と君とで、書状に対する認識が違う。いいかい? リンデルハイム家が村に対し行動を起こした場合、それは書状が抑止力となっていない事を意味する。既に私と付き合いのあるアルハザン・エイリスヴェレダ辺境伯は、書状があることを知っているし、その意味も理解している。恐らく、耳の早い貴族達からすれば周知の事実、四大貴族家ともなれば、知っていて当然だ。書状は持っているという事実だけで効果がある、ならば、リンデルハイム家が何かを仕掛けてきた場合、それはどういう意味を持つのかわかるかな?」
「書状に抑止力がない……という事ですね」
「抑止力がないと言うよりは、リンデルハイム家にとって、皇帝の威光を無視した時のリスクよりも、利益が上回ると判断した――、と捉えた方がいいだろう」
「なら、他領の領主達と、同盟を結ぶというのはどうでしょうか? リスロンさんはエイリスヴェレダ辺境伯ともお付き合いがあるんですよね?」
「アルハザンとは古い付き合いだが、それはお互いに商売以外の不干渉を貫く事で成り立つもの。残念だが、村と同盟を結ぶには、相手側の利が少なすぎるだろう。今、こうしている間にも、世界は反応と変化を繰り返しながら、微妙な均衡を保っている。特にエイワス王国において、四大貴族家のバランスを崩すことは、私達にとっても危険な賭け――、冒すに値する『利』がなければ動けない」
俺が幼い頃から、四大貴族家は王家を頂点に掲げ、常に対等に接してきた。
リンデルハイム家は最強と謳われていたが、それは父の個人的能力に対しての評価であり、一、貴族家としての力関係を見た場合には、明確な上下関係を決定づけるような差は見られなかった。
「クライン『力』だよ、私達に足りないもの、結局、それは単純な『力』なんだ――」
そう言って、俺を見つめるリスロンさんの右眼が、ぼんやりと赤く輝いて見えた。
「そして、ミスリルは私達にその『力』を与えてくれる」
「力、ですか……」
「そう、力には様々な形がある。君が求める大切な人を守るための力だってそうだ、無駄な争いを生まない為の抑止力という力、職能の力、金の力、愛する者を思う力、この世の全ての事象に対し自分が影響力を持つには、何かしらの力が必要だ」
「仰っている事は理解できます……具体的には何を始めるつもりですか?」
「クライン、本題に入ろう。幸い、私には十二人、いやギルモアを含めれば十三人の忠実な部下がいる。君も知っての通り、一人一人が、強力な職能を持つハーフエルフだ。私は、彼らに一人ずつ採掘所を任せたいと思っている。一旦、十二の採掘所が稼働を始めれば……第二のネルリンガー、いや、それ以上の産出量が見込めるだろう。この意味がわかるか?」
「……ミスリル相場を手に入れると?」
「そうだ、ミスリルは希少金属、高度な魔導具、結界、武具、装飾品、需要は尽きない。それを安定し、供給することは皆に利益をもたらす事にもなる」
「でも、そんな事をしたら、それこそ、エイワス貴族達を刺激する事になりませんか? 特にネルリンガー侯爵家は黙っていないと思うんですが」
「ああ、黙っていないだろうね。ミスリルには、それ程のインパクトがある」
「リスロンさん……一体、何を……」
「クライン、私は賭けるに値する『利』があると判断したんだよ」
いつの間にか、リスロンさんの右眼が、燃えるように輝いていた。
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