第69話 永遠のレベル0

『グガルゥ!!』


 ミルメコレオの鋭い爪がクロネを襲う。

 クロネは大きく左右に避けながら、身軽に魔獣の腕を踏み台にしてジャンプした。


「せーの……ドーーーーーンッ!!!」


 大きな獅子の顔が歪んだ。

 思い切りクロネの拳がミルメコレオの頭部を直撃、その勢いで頭部が地面に付く。

 ――が、その瞬間、蟻の腹部分から無数の棘が噴射された。


「うわわ!」

「クロネ⁉」


 後ろのシリウスから、

「毒がある! 消えつけろ!」と声が掛かった。


 毒か……、それならリカバリポーションを飲んでいるから大丈夫だろう。


「痛っいわね! この蟻ん子がぁーーーっ!」


 クロネの踵落としが腹に炸裂し、ミルメコレオが霧散した。


「ふぅ……油断しちゃった」


 パンパンと手を払い、クロネが戻ってくる。


「あと二体? 余裕っぽいね」

「ああ、銃の感じも掴めたし、早めに終わらせたいな」


 シリウス達の方へ行き、様子を見る。

 うーん、大分、手こずっているようだ。


 戦い方は正攻法で、盾役が相手を引きつけ、回復役が状況を見ながら支援魔法を掛ける。アタッカーはシリウスで、万が一に備えてフリーを一人配置していた。


 シリウスは紛れもなく実力者だ。

 動きを見れば一目瞭然だ、高位の冒険者特有の気迫も感じる。

 だが、今ひとつミルメコレオに致命傷を与えられずにいた。


「じゃあ、私やっちゃおうか?」

 クロネが肩を回しながら言う。


「ちょっと待って、折角だから練習させてくれ」

「練習?」


「ああ、白狼を使って、ミルメコレオを落としてみる」


 盾役はプロテクトポーションの効果で、魔獣の攻撃を凌いでいる。

 あれなら、当分は持つはずだ。


 回復役の男が、シリウスに攻撃強化の魔法を掛けているようだが、思ったよりも効果が薄い。フリーの男は、奥のミルメコレオを引きつけるので精一杯と言った所か……。


 俺は少し考えた後、フリーの男にスピードポーションを撃った。


「え⁉ おおぉぉ!」


 そしてミルメコレオに、ファイア・ポーション、サンダー・ポーション、ブリザード・ポーション、と色々な属性攻撃を放ち、反応を見る。


『ゴガァッ!!』


 ブリザード・ポーションに大きく反応した。

 氷属性が弱点か……、となると、

「おい! お前、氷魔法は使えるか!」と回復役に訊いた。


 男は大きく頷く。

「よし! 氷魔法で奴の足下を狙え!」

 そう指示を出し、男に向けてマジック・ブーストポーションを撃った。


 男が魔法を放つとミルメコレオの足下に、巨大な槍のような氷塊が突き出した。

 予想以上に魔法威力が上昇していたせいか、男が戸惑っている。


「休むな! 打ち続けろ!」


 呆然とするシリウスに、

「今からお前を強化する、五分以内に二体を落とせ!」と、声を掛けた。

「な、何を言っているんだ⁉」

 戸惑うシリウスを無視して、俺は引き金を引いた。


 パワーポーションをベースに、プロテクトポーション、スピードポーション、タイムブースター、神の滴をバランス良く配合し『闘争の炎ウォー・フレイム』というオリジナルポーションを錬成し、シリウスに撃ち込む。


 副作用が少なく、かなりの効果が見込めるが、制限時間が極端に短いのが欠点だ。

 恐らく五分持てば良い方、シリウスなら二体落とせると思うが……。


「す、凄い……力が、溢れてくる⁉」


「いいから早く落とせ! 時間が無いぞ!」


 俺が言うと、シリウスは槍を握り、

「おう!」と、ミルメコレオに向かって飛んだ。


「ぬぉおおーーー喰らえ! 聖槍技ホーリー・グランクロス!」


 目も眩むような真っ白な光が、ミルメコレオを貫いた。


『ガ……』


 断末魔を上げる間もなく、魔獣は霧散する。


「これで終わりだ! 散れぇ!!!」


 続けざまに放ったシリウスの聖槍が、最後の一体を突き破った。


 *


 討伐を終えた俺は、白狼のメンバー達とフォレスト・ガーデンに来ていた。


「いや、改めて礼を言わせてもらう、本当に助かった」

 シリウスが手を差し出す。

 俺はその手を軽く握り返し、

「いいよ、俺も試すような事をして悪かったな」と他のメンバー達にも目を向ける。


「しかし……、一体どうやったらあんな事ができるんだ?」

 シンというフリーで動いていた男が、遠慮がちに訊ねてきた。


「まあ、それは俺達がもっと親密になれば話してやっても良い」

「支援術師ではないだろう?」

 シリウスが俺に酒を注ぎながら言う。

「ああ、それとは違うな、そもそも俺はレベル0だし」


「「は⁉」」


 白狼全員が呆れたような声を出した。


「ホントよ? クラインは永遠のレベル0だもんねー」

 そう言って、クロネが美味しそうに肉を頬張った。


「いや、流石にそれは信じられないというか……、ミルメコレオを倒したサンダーも高位の黒魔術師に匹敵する威力だったけど……」

 回復役のレイという魔術師が、周りの顔色を窺いながら言った。


「俺が驚いたのは防御力が跳ね上がったことだ。あれは何だったんだ? あんな経験は生まれて初めてだった」と盾役のフランクもレイの後に続けた。


「あれはプロテクトポーションだよ」

「そ、そんなわけがあるか! プロテクトポーションなんて、お守りみたいなもんだ、あれほどの効果はない!」

 フランクが語気を荒げた。


「まあ、一般的に手に入る物だと大抵薄まってるからな、俺のは言ってみれば正規品ってことさ」


 麦酒を飲み干し、俺はティティにおかわりを頼んだ。

 まだ聞き足りない顔をするメンバー達に、シリウスが真面目なトーンで話す。


「どうだお前達、俺はクライン達を気に入ったぞ?」

「ああ」

「僕も良いと思うよ」

「同意する」


 シリウスが満足そうに頷き、

「クライン、クロネ、俺達は討伐パーティーとして活動しているんだが、手伝う気はないか? 勿論、報酬は弾むぜ?」と、テーブルに肘を付き、前のめりになった。


「断る」

「当然ね」


「な、何故だ⁉ お、俺達はAランクだぞ……?」

 驚いたように目を丸くするシリウス。


「AでもSでも関係ないよ、俺にはもう仲間がいる」

「そういうこと~」

 クロネが嬉しそうに笑い、シリウス達にべーっと舌を見せた。

 呆気に取られていたシリウスだったが、フフッと笑い、

「そ、そうか……まあ、残念だが仕方が無いな」と肩を竦めた。

「悪いな」


「いいさ、だが、酒飲み仲間なら、問題ないだろう?」


 ニヤリと笑うシリウスに、

「……ああ、問題ないな」と返す。


「お待たせしました~、麦酒でーす!」

「ありがとう、ティティちゃん」


 ティティは二パッと営業スマイルを見せると、忙しそうにホールへ戻っていった。


「じゃあ、今日は帰さねぇからな?」

「ほぅ……望むところだ」

「じゃ、そういうことで……乾杯!」

「「乾杯ーっ!!」」

 クロネの合図でジョッキを合わせる。

 その日俺達は、夜が明けるまで飲み明かした。



 * * *



 ――その頃、採掘所では……。


 坑道の奥で何かが這いずる音が響いている。

 それは、死に際にミルメコレオが放った幼体であった。


 幼体は不器用に身体を揺らしながら、闇の中へと消えていった。

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