第61話 カンサス

 ――リンデルハイム領、カンサス。


 ここカンサスは、リンデルハイム家次男、ボリス・リンデルハイムが治める領地である。

 リンデルハイム領は東方に広がる平原を有し、その中でも豊かな水源に恵まれたカンサスを任されたのは、ボリスに対する当主アルン・リンデルハイムの期待の高さを物語っていた。


 カンサスの街を見下ろすように建てられた城に、駆け込んでいくサビクの姿があった。

 しばらくして、ボリスの部屋の扉が鳴った。


「入れ」

 執務机に座ったボリスが、音圧のある声で言った。


「失礼いたします、ボリス様。イグニス・スパロウ伯爵より使いの者が来ておりますが……如何いたしましょう?」

「……スパロウが? 通せ」

「は、畏まりました」


 従者が端に身体を避けると、正装をしたサビクが部屋に入り、深く頭を下げた。


「失礼いたします、ボリス様、貴重なお時間をいただき感謝いたします」

「よい、で? 何用だ?」


 言いながらボリスは、従者に向け手を払う。

 従者が頭を下げ、部屋を後にした。


「実はお耳に入れたき事がございまして参りました」

「……聞こう」


「は、メンブラーナの東にある森に村ができたのです」

「村? それがどうした?」

「村と言っても建築水準は高く、小さな街と言っても良いほどです、さらにその村には『ミスリル鉱山』がございます」

「何⁉ ミスリルだと⁉」

 ボリスは初めて表情を変えた。


「はい、しかもその鉱山は冒険者や一般の者に開放され、管理組合に登録すれば誰でも自由に採掘が可能です」

「なんと……採掘量にもよるが、ミスリルの相場にも影響がでるやも知れんな……」


「仰る通りでございます、我が主からも、他の諸侯の損失になることがあってはならぬと、真っ先にボリス様にお伝えするように言われた次第でして……」


「ふむ、あの森は確か深層域にエルフ族が居たな……、となると、村はエルフ族の管轄か?」

「いえ、それが……」

 サビクはわざと勿体ぶって言葉を濁す。


「貴様如きがこの私を試すか!」

 ボリスが声を荒げた。


 すぐさま、サビクは頭を下げ、

「滅相もございません! 村はクライン・リンデルハイム殿が治めているようです」と答えた。

「ク、クライン……だと?」

 ボリスはおもむろに席を立ち、窓から外に目を向ける。


「その話……、本当に私が最初か?」

「はい、もちろんでございます」


「よし、ならばこの話は私が預かる。他には一切漏らすな、スパロウにはご苦労であったと伝えてくれ」

「は、有り難きお言葉、必ずやお伝えいたします。最後にボリス様、何かお手伝いできることがありましたら、何なりとお申し付けくださいと主が言っておりました」


「わかった、その時は連絡する」

「は、それでは失礼いたします……」


 サビクは丁寧に頭を下げると、静かに部屋を後にした。

 一人になったボリスは椅子に座て足を組み、少し上を見つめた。


「クライン……、無能が何を始めるつもりだ?」


 ボリスはそう呟いた後、机の上の手鐘を鳴らした。

 部屋の扉が開き、従者が顔を見せた。


「お呼びでしょうか?」

「本家に行く、竜車を出せ」


「は、すぐに準備致します」


 従者は頭を下げ、部屋を後にする。

 ボリスは棚に飾られた家族写真に映るクラインを睨んだ。


「リンデルハイムの名を汚す者は許さない……、例えそれがお前だとしてもな」

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