第47話 どこまでも無力で ②

 降り始めた雨は生暖かく、肌にまとわり付くようだった。


 両手を広げ天を仰ぎ、カイルは雨を一身に受けている。

 その姿は、どこか芝居がかっていた。


 おもむろに俺に目線を向けると、カイルは鼻で笑う。


「ふん……お前如きに、ここまでされるとはな」


 と、その時――、

 少し離れた場所から、凄まじい衝撃音が響いた。


「――⁉」

 その方向に、カイルが目を細め、

「チッ、テッドの野郎……引き際か」と吐き捨てる。


「カイル、他の奴らはどうした?」

「あ゛? へっ……、とっくに用済みさ」


 ――お前だけは……許さない。


「そうか。お前の事だ、さぞかし恨みを買っているだろうな?」

「それがどうした? あぁ⁉」


 罪もない村人達、タタ爺……。

 今までお前が傷つけて来た全ての人達に代わって、俺が終わらせる。


 俺は収納袋から瓶を取り出した。

「カイル、お前に相応しいポーションがある。これは操作系に分類される『イルシオン』の元になったとされる物だ」


「おいおい、何を偉そうに、わけの分からないことを言ってんだ? あぁ?」


 カイルが、雨に濡れた髪を両手で掻き上げ、水を払った。

 そして、ゆっくりと腰元の短剣を抜き、刃を下に向けて構える。


「出直そうと思ったが……ヤメだ、ここでお前は殺しておく」


 俺は構わず話を続けた。


「イルシオンは、潜在意識下にある"恐怖"のイメージを増幅させる効果を持つ。だが、これは元となったポーションの、ほんの一部分の効果を模したに過ぎない……」


「ごちゃごちゃうるせぇ! 来ねぇのなら、こっちから行くぞ!」


 俺は飛び掛かってくるカイルに、ポーションを浴びせた。


「チッ⁉」


 漆黒の液体は、赤黒い煙を放ちながら、炎が燃え広がるようにカイルの身体を浸食し始めた。


「な、なんだ⁉ クライン! てめぇ、何をしやがった⁉」


 カイルは手で何度も払うが、呪いの浸食が止まることは無かった。


 そして、全身を覆い尽くしたあと、何事も無かったかのように身体が元に戻る。

 不思議そうに自分の手や身体を見るカイルが、少しだけ余裕を取り戻した。


「……ハッ、何だこりゃ? 何ともねぇぞ? おい、往生際が――え?」


 カイルの顔面が一気に青ざめた。


「効いてきたようだな、さぁ、カイル……教えてくれ、誰が迎えに来てる?」

「ま、待て……そんなわけねぇ! げ、幻覚か⁉ クソッ!」


 カイルは自分の腕に短剣を刺した。


「グッ⁉ き、消えねぇ……クソッ!」


 何度も腕に短剣を突き立てるカイル。


「無駄だよ、カイル。それは幻覚じゃない――現実さ」

「な、何だと⁉」


 カイルに浴びせたポーションは『死霊怨嗟ネクロス』と呼ばれるレアポーションだ。

 狂気の吟遊詩人アブドゥール・アルハズラットの手により生み出されたこのポーションは、特殊系の中でも珍しく対象に"呪い"を与える効果がある。


 召喚術や死霊術のように、誰彼呼び出すわけではない。

 この呪いは対象を恨んでいた者だけを、冥府の深淵より呼び寄せるのだ。


 しかも、恨みが深ければ深いほど、呼び出された冥府の住人の力は強力になる。

 そして、その姿は"対象"にしか認識できない――。



「ラズはいるか? シーラは? 奴隷達は? もしかすると……テッドもいるかもな?」


「く、来るな! やめろ! てめぇ、やめろーーーーー!!!」


 カイルは叫びながら短剣を振り回しているが、突然、押さえつけられたように地面に伏した。


 雨脚が強まる。

 地面から白い飛沫が上がり始めた。 


「うぐ……は、放せ……て、てめぇ、ラズ! やめろ! もう一度殺すぞ!」


 ラズが来ているのか。

 どうせ騙して、斬り捨てでもしたのだろう。


 自業自得だな、カイル……。



 俺は空を見上げ、雨を感じた。

 全身に打ち付ける雨の一滴一滴から感じた。


 ああ……、この雨には皆の哀しみが籠もっている。


 泣いている。

 皆が悲しい……、悔しい……、無念だと。


 仇を討て、全て終わらせてくれと……俺に。


「……」


 血の泡を吹き、白目を剥くカイルの側に両膝を付いた。

 そして、カイルの頭に手を置く。


「ぐ……ぎぎ……、グフッ! や、やめ……」


 一体、どんな地獄を見ているのか……。


「カイル、この苦しみに終わりは無いそうだ……、お前はこれから先、皆の恨みが晴れるまで冥府で嬲り者にされる。そして、お前が苦しめた人達の恨みが晴れることは無い……皮肉なもんだな」


 もう、俺の声も届いていないだろう……。


「終わりにしよう、カイル……」

「フッ! フッ! フグッ……! ハァ、ギィ……」



「……ファイア・ポーション」



「ボ……ボボボバアァァーーーーー!!!!!!」

 カイルの身体が赤く輝き、一瞬にして黒焦げになった。



「終わった……」

 両手を付き、地面に頭を付けた。


 ――空しい。

 カイルがいくら苦しんだところで、亡くなった村人達は帰らない。


 俺のせいだ……。

 あの時、自分で業を背負うと覚悟していれば……。



 俺に力があれば……。



「力が! 力が! 力がぁああ!!!」



 濡れた地面を殴った。

 どうして俺はこんなに無力なんだ!




「クソッ! 何でだよ! 何でなんだよ!」




 脳裏に父や兄の顔、そして、あの時のドレイクの言葉が流れた。



『――お前のその弱さは何だ?』


 

 草と泥を握り締める。

 雨に打たれ、俺はひとり無力を叫んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る