第46話 どこまでも無力で ①
これほどまでとは思わなかった。
タタ爺はフェンシングの構えを取り、カイルと対峙していた。
リターナの魔法攻撃で若干のダメージを負っているようだが、カイルの表情には余裕が窺える。だが、何度か牽制攻撃を繰り出すも、瞬時に紅い閃光のような刺突に弾かれ、流石のカイルと言えども、手を出しあぐねていた。
――タタ爺には一分の隙もない。
これで全盛期の三割……。
俺がタタ爺に渡したポーションは、一時的に身体能力を向上させる効果に絞った。
パワーポーションとハイポーションを1:1で混ぜ、ベースを創る。
ハイポーションを使ったのは、エクスポーションだと効果が強すぎてパワーポーションとの釣り合いが取れなくなるからだ。
そして、タタ爺の体力を考慮し、タイムブースター0.25、神の滴0.25を加えて再錬成をした。
「クライン……てめえ、何をした?」
隻眼のカイルが、タタ爺と睨み合いながら言った。
恐らく、カイルは気付いている。
俺に何らかのスキルがあることを。
「知らないね、それよりも自分の心配をしたらどうだ?」
「ケッ! 言うようになったもんだぜ……」
――『戦略家』と言う非凡な
俺には、カイルがなぜこのようになったのか理解ができなかった。
目の前の獣のような男は、俺には無い才能も、力も持っている。
何より、成長できる未来がある。
なのに、なぜ?
「戦闘中に
刹那、紅い閃光と化したタタ爺の刺突がカイルを襲う。
「ぬ……⁉ ちぃぃぃっ!!」
「――
カイルの左肩から弾けるように鮮血が流れた。
「――
次に右足首。
「く、クソッ!!」
「――
右大腿部、カイルが地面に膝を付く。
「こ、この爺……」
タタ爺は構えを崩さない。
冷たく突き刺すような眼をカイルに向ける。
「どうした? お前はこれまで、どんな理不尽も通して来たのだろう?」
「ぐ……」
「――
「ぶはっ――⁉」
カイルが腹を押さえて吐血する。
「ハンスは良い奴だった。他の者も皆……」
「へっ……、弱ぇ奴が死ぬ……それの何が悪い? 少し早いか遅いかの違い……さ」
「貴様には
「何だそりゃ……全……効かねぇよ……」
カイルの意識が途切れ途切れになっている。
こんなになってまで、まだ憎まれ口を叩くとは……。
この男の原動力は何だ?
カイルに何がここまでさせるのだ?
「時間も無い、一気に第十五突の
突然、タタ爺が膝を付いた。
「タタさん⁉」
タタ爺の額には滝のような汗が流れていた。
顔面は蒼白となり、唇が青白くなっている。
副作用か⁉
早すぎる、何故だ?
「だ、大丈夫です、クラインさん……まだ、戦える……」
タタ爺は震える手で天蠍剣を握り締めた。
が、その時――。
「オラァッ!」
「――グフッ⁉」
瞬間、カイルの蹴りでタタ爺の身体が宙に浮いた。
見るとカイルは何処から出したのかポーションを飲んでいた。
「ぷはーっ! こいつは中々だぜ……なぁ、クライン? お前の作るショボいポーションとは大違いだ」
「カイル……貴様ぁ!」
「おっと」
カイルの拳が俺の腹にねじ込まれる。
「がはっ……⁉」
胃液が逆流する。
息が止まり、全身を氷で包まれたような悪寒が走った。
「間違えちゃいけねぇな、クライン。お前は弱い、何も変わっちゃいねぇ」
カイルに顔を踏まれ、頭蓋骨が軋む音が聞こえた。
「ぐ……が……」
「死なせねぇぞクライン……、お前にはポーション奴隷として、一生地獄を味わわせてやる……」
「よう、カイル! お楽しみだな?」
さ、最悪だ……テッドが来やがった。
クロネは? くそっ!
「おうテッド、遅ぇぞ。とりあえず爺はほっといても死ぬ。クロネはどうした?」
「ああ、たっぷり痛めつけてやったぜ……ひひひ」
テッドは下卑た笑いを浮かべる。
「ふん、殺してないだろうな?」
「もちろんさ、あいつは俺の
「……好きにしろ。それより、こいつに奴隷拘束契約をしなきゃな……ここからだとレグルスに行くか?」
「いや、メンブラーナが良い、レグルスの飯は臭くて敵わねぇ」
よし、注意が逸れた今がチャンスだ……。
俺はそっと魔法収納袋に手を入れ、瓶を取り出した。
「――おっと、させねぇよ?」
「うぐっ⁉」
カイルに手を踏まれる。
「――やってくれるじゃない?」
テッドがカイルをぶん殴った。
カイルは吹き飛び、後ろ向きに転がる。
な、何だ⁉ 何が起こったんだ?
「クライン、大丈夫?」
「リターナ⁉」
――
「説明は後、早くポーションを!」
「あ、ああ、わかった!」
俺はすぐにポーションを飲み干し、
「リターナ、タタさんを安全な場所へ!」と頼む。
「わかったわ」
「クロネは?」
「大丈夫、もうそろそろ終わる頃よ」
リターナはタタ爺に肩を貸し、その場を離れた。
*
「ぐへへへ……いつか、お前を無茶苦茶にしてやろうと思ってたんだ……」
頭から血を垂らしながらテッドが笑った。
「ふん、気色悪い……」
攻撃はほぼ急所に入っていた。
だが、テッドの異常なまでのタフさに、クロネは攻めあぐねていた。
「さっさと決めないと……まずいわね」
――クロネが仕掛ける。
地面を這うように、身体の重心を低く、迸る稲妻のように一気に間合いを詰める。
『海猫流―――
突き上げる荒波の如く、雷属性を帯びた十八連撃がテッドを襲う。
「ぬぅぉおおおーーーーっ!!!」
テッドは硬化した腕で耐えしのぐ。
だが、その腕に小さな亀裂が入った。
決壊するダムのように崩れたが最後、亀裂は連鎖的に広がり、テッドの腕は崩壊し始めた。
たまらずテッドは硬化を解く。
「クッ……奴隷の雌ガキがぁあああああ!!!」
テッドはクロネに飛びつく。
が、クロネは素早く上空に身を躱した。
「終わりよ――」
クロネは格闘家のスキルである【
属性攻撃とクラインのポーションによるブースト、さらに強化を乗せて渾身の一撃を放つ!
『海猫流―――
海王蛇の尾はテッドの頭蓋を粉々に打ち砕いた。
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