第45話 託された剣

「クロネ!」


 あ、あれは、テッド⁉ なぜテッドがここに⁉

 まさか、あの状況で助かったというのか……。


 階層が浅かったとは言え、十分に手強い魔物がいたはず。

 しかも、パラライズで麻痺させた状態だったのに……。


「クライン! タタ爺を!」


 テッドと打ち合いながら、クロネが叫んだ。


 横たわるタタ爺の元に駆け寄り、俺はエクスポーションを飲ませる。


「お、おぉ……何と言うことだ……、い、一体、何を」


 目を丸くして俺を見るタタ爺。


 俺はその疑問には答えず、

「タタさん、一体何があったんですか?」と訊ねた。


「深手を負っていたあの男と、もう一人の男を村の若い衆が助けました。でも、奴らは回復すると突然村を襲い始めたのです」


「な、なんてことを……」


 ――許せない。

 クソみたいな奴らだとは思っていたが、ここまで堕ちるとは。


「リターナ!」

 俺はリターナにマジックブーストポーションを投げ渡した。


「もう一人の男を捜してくれ、見つけたら合図を!」

 リターナは無言で頷き、別方向に走って行った。


「クラインさん、どうするつもりですか? 奴らはかなりの手練れ、私達だけでは……」

「……」


 テッドはクロネが押さえているが、カイルまで出てくると不味いな。

 タタ爺は強いと思うが、やはり現役のカイル達には敵わないだろう。


「せめて、天蠍剣アンタレスがあれば……」

 タタ爺が呟く。


「それは……何ですか?」

「私が昔使っていた刺突剣スウェプト・ヒルトです、今は洞窟で亡き妻と共に眠っていますが……」


 恐らく業物の剣なのだろう。

 だが、その剣があったとしても、全盛期ならともかく、今のタタ爺では……。


 駄目だ、こうしている時間も惜しい。

 一先ず、クロネとテッドに注視する。


 今のところ互角に見える。

 が、テッドの方は意外に冷静だな……。


 俺はクロネを補助するべくポーションを用意しようとした。

 その時、ふと考えが浮かぶ。


 そうだ、効果を重ねられるなら、ポーション自体も調合すれば……。


 水の入った空き瓶を魔法収納袋から取り出す。

 属性攻撃を付与、回復効果、体感速度向上を狙う。


 ・サンダーポーション 4

 ・リカバリポーション 4

 ・リジェネレーション 1

 ・タイムブースター  1


 ――割合のイメージは固まった。

 俺は一度深呼吸をして、瓶を握り締めた。

 瞬間、空き瓶に入っていた水が『錬成ポーションオリジナル』に変化した。


 タイムブースターは危険な副作用があるが、この割合なら問題はない。

 体感速度が一割程度向上し、集中力が高まるはずだ。

 リジェネレーションはスタミナ切れを防ぐ。

 均衡した相手との戦いでは、かなりの優位性エッジを得られるだろう。


「クロネ! 受け取れ!」


 俺はクロネにポーションを投げた。

 クロネは器用に受け取って、一気に飲み干す。


「何をちょこまかしてやがる! クライン、てめーの順番は――」


 怒鳴るテッドが吹き飛んだ。

 クロネの雷光を帯びた蹴りが炸裂した!


「――悪くないわね」


 トントンとその場で軽くジャンプした後、クロネは目にも見えぬ速さで追撃する。


「ぬぅおおおおお!!! 調子に乗るなよ!!」


 テッドは巧みに硬化部分を移動させながら、クロネの連撃を耐えしのぐ。


「クラインさん、一体、貴方は……」

 タタ爺が狐に化かされたような顔で俺を見ている。


「ちょっと、ポーションを作るのが得意なだけです」


 流石にタタ爺とは言え、俺の能力を言うわけにはいかない。

 考えればわかるかも知れないが、はっきりと明言さえしなければ、それは推測の域を出ない。


「私にも何か頂けませんか? 一時でも全盛期の半分、いや……、三割でも力が戻ればきっとお役に立てるでしょう」


 パワーポーションのリミットは約20分……。

 だが、効果が切れた時には激しい倦怠感により戦闘不能の状態に陥るだろう。

 それまでに戦闘が終わっていればいいが、もし続いていた場合、タタ爺は……。


 その時、東の空に光球が打ち上がった。


 ――リターナ⁉

 カイルを見つけたか。


 既にカイルとリターナがやり合っているのか、遠くから閃光が走り、爆音が轟いている。


「村長~! 村長~!」


 三人の若者が駆けてきた。

 皆、一様に泥にまみれている。


「逃げろと言ったはずだ! 何をしている!」


 タタ爺が言うと、若者の一人が、大事そうに布でくるんだ長いものをタタ爺に差し出した。


「こ、これは……」

「そ、村長の剣です! 村の爺ちゃんたちに聞いて……勝手に掘り返しちゃ悪いと思ったけど……その……」


 タタ爺は若者の頭に大きな手を乗せた。


「わかった、後は任せなさい。早く洞窟へ」

「は、はい!」


 若者たちは洞窟に向かって走って行く。


「タタさん、それは……」

「ええ、かつて私と共にあった剣、――天蠍剣アンタレスです」


 布の中から鞘に収まった細長い剣が姿を見せる。

 タタ爺が剣を抜くと、小さく波打った深紅の刀身があらわになった。


「懐かしい……、昨日のことのように思い出せます」

 悲しそうな目を剣に向け、タタ爺が呟くように言う。


「私が剣を置いたのは、一番大事なものをこの手で守れなかったからなんです」

「タタさん……」


「お願いします、クラインさん。私を戦えるようにして下さい。あの時と同じ過ちは犯したくないのです」


 静かな佇まい、穏やかな語気。

 だが、タタ爺の言葉には、想像もつかない怒気が内包されていると感じる。

 そして同時に、俺には哀鳴あいめいにも似た、タタ爺の慟哭が聞こえるように思えた。


 この人は、どれほどの日々を後悔してきたのだろう。

 己の無力さを痛感し、自ら志した剣の道を絶つほどに自分を責め続けたのか。


 形は違えど、俺にも少しはその気持ちがわかる。

 無力、無能、レベル0……。

 俺も自分の無力さに泣いた一人だから。


 でも、今の俺なら――。


「わかりました、やってみましょう」

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