第21話 提案
街の宿屋の一室。
酒場から帰った俺達は、宿屋で休むことにした。
「完全に頭から抜けていたよ、なぜこの国にこだわっていたんだろうな。別に他国の庇護下でも良かったのに」と、苦笑しながら荷物を置く。
「さあね、私にはよくわからないわ」
「あら、東の森はエイワス王国とレグルス皇国の国境にある、言わば空白地帯。開発が困難な上に、深層域にはダンジョンまで……そりゃあ手出しせずにいるわけよねぇ? そんな手付かずの領地を、わざわざ開発した上に属領にしてくれなんて、どちらの国でも歓迎されるわよ」
優雅な所作で椅子に座るリターナ。
「……で、何であんたがいるわけ?」
クロネがジト目でリターナを睨んだ。
「ふふ……細かいことは良いでしょ?」
「よくない! あんたは他人じゃない!」
「ちょ、クロネ、そんな言わなくても……」
「クライン、あんたがハッキリしないから、この乳デカ女がノコノコ付いてくるのよ!」
「いや、それは……」
「まあまあ、クロネちゃんの気持ちもわからなくは無いわね。クラインを取られないかヒヤヒヤしてるんでしょ?」
「――それ以上言うなら、殺す」
クロネが戦闘態勢に入る。
マズい……、クロネが暴れたら止められる人がいないぞ……。
「もう、冗談の通じない子……」
リターナの瞳が輝くと同時に、全身から魔力のオーラが立ち上った。
「ストップ! やめろ!」
俺は二人の間に入った。
「どうしても続けるのなら、俺は出て行く。後は勝手にやってくれ」
「……ふん。で、この女をどうするのよ?」
クロネは諦めたようにベッドに横になった。
「ねぇ、クロネちゃん、ひとつ教えてあげるわ」
「……何よ?」
「貴方たちが言っていた話。それを実現させるためには……、二人じゃ無理よ」
「そんなの、やってみなきゃわからないじゃない」
クロネが起き上がってベッドに座った。
「いえ、わかるわ。例えリスロン・ダイトの後ろ盾があったとしても、貴方たちには足りないものがあるから」
「な、なんでリスロンさんの事を⁉」
「ふふ、それが貴方たちに足りないもの……。気付いてた? リスロンは貴方たちに尾行を付けていたのよ?」
「尾行? 何でそんなこと……」
クロネが考え込むように眉根を寄せた。
「ま、それが普通ね。リスロン程の立場になった者なら、相手を知ろうとするのは当然、情報は何よりも優先される」
「……」
そうだ、俺は確かにリスロンさんに会えて、ただ道が開けたと喜んでいただけだ。
相手を疑おうともしなかった……いや、自分が疑われるなんて頭がなかったのだ。
そうか……、俺は心の奥底で、リンデルハイムという名を捨てていないのか?
四大貴族である、リンデルハイムを騙そうとする者などいないという傲慢、驕り……誰もが協力的で従順である、それが当たり前だと……。
「俺が……馬鹿だった」
「クライン……」
クロネが哀れむような目で俺を見る。
その時、リターナはクスッと笑った。
「何が可笑しいのよ!」
「いえ、意外に素直で好感が持てただけよ。さて、ここからが本題、世間知らずなお二人さんだけじゃ、この先、上手く行ったとしても、横から来た誰かに折角実った果実を奪い取られて……終わりだわ」
リターナは席を立ち、ゆっくりと窓際に立った。
「でも、私なら、二人に足りないものを補ってあげられる」
「補う?」
「そう、私は元魔術師協会の暗部『沈黙の太陽』に所属していたエージェント……、その経験と力はきっと役に立つ」
「は? 沈黙の太陽……何よそれ?」
クロネが訝しげに訊ねた。
「……驚いたな、その名を聞いたのは小さい頃以来だ。沈黙の太陽は、エイワス王国樹立の時代から陰で暗躍したと言われる組織、俺も本で少し読んで知っただけだが、ずっとお伽噺の類いだと思っていたよ」
そう答えるとリターナは、
「さすがはリンデルハイム。この名を知っているだけでも普通の家じゃないと思うわ」と意味ありげな笑みを浮かべた。
「はは、俺の出自も既に調査済みってわけか」
「ふふ……貴方たちには貴方たちの目的が、私には私の目的がある。私の目的に欠かせないピースがクライン、貴方よ」
「その目的とやらは、聞かせてくれないのか?」
「今は言えない。でも、私を仲間にしてくれたら、いずれ話してもいいわ」
「そんな都合の良い話、誰が信じるのよ」
クロネが横から口を挟んだ。
「やぁね、そんな簡単に信じてもらおうなんて思ってないわよ。これはあくまで提案。ま、次に会うまでに考えといて――」
「あ……」
窓が開き、部屋の中に風が吹き込んだ。
カーテンが大きくなびき、リターナの姿はもう何処にもなかった。
*
ベッドに横になり、暗い部屋の中で天井を見つめた。
「クライン……、寝ちゃった?」
「……ん、起きてるよ」
布団の擦れる音が聞こえる。
「リターナの話、どう思った?」
「また、自分の弱さを思い知らされたよ……。俺はリンデルハイム家に生まれてさ、世の中の綺麗な部分ばかり見て育ってきたんだなぁって。それが奴隷になってさ、自分では上から下まで全部を知ったつもりでいたんだけど……本当は何もわかってなかった」
寝返りを打つと、すぐそこに月明かりに照らされたクロネの顔があった。
「……⁉」
まっすぐに俺を見つめる瞳は、芯の強そうな輝きを伴っている。
「私は嫌、あの女を見てると無性に腹が立つし。……でも、リターナが私達に無いものを持ってるのもわかる」
「クロネ……」
「だから、もし、クラインがリターナのこと、必要だと思ったなら……私は受け入れるつもり」
そう言って、クロネは布団で顔を半分隠した。
「それだけ、この話はおしまい。寝る」
背中を向け、布団にくるまるクロネ。
……小さな背中だ。
でも、俺なんかより、ずっと強くて、頼もしい。
俺もポーションマスターの力で、大事なものを守れるようになりたい。
その為には……もっと強くならなければ。
目を閉じクロネを背中から抱きしめた。
太陽の匂いがする……。
ふわふわの耳がピクンと動いたが、クロネはそのまま寝息を立て始めた。
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