第20話 リターナ
「ほいっワイン追加! お待ちどー!」
店員さんがワインボトルをテーブルに置き、空いたジョッキを片付ける。
「ありがとー」
「どれどれ、ワインも美味しそうだね」
俺はワインに口を付けた。
おぉ……、これは危険だ。口当たりが良すぎていくらでも入ってしまう!
酔い潰れないように気を付けないと……。
「よし、ちょっと整理してみよう。まず、俺達の目的は『自分の領地を持つこと』だ。これは良いよな?」
「うん、私はプール付きの屋敷に住みたいなぁ」
「はは、そうだな、新しく屋敷を建てることになったらプールを付けよう」
「絶対よ?」
「ああ、約束する。で、次にどうやって領地を手に入れるかだが、その前にこのエイワス王国の領地について説明しておこうか。この国の領地は大きく分けて三つ、王が直接統治する"王領"と、貴族が治める"貴族領"、そして、貴族達が管轄しない"未開拓地"だ」
「ほぇ~、そうなんだ?」
クロネは頬杖をつき、トロンとした目で骨せんべいを囓っている。
ちゃんと聞いてるのかな……。
「で、俺達が狙うのは"未開拓地"だ。既に統治された貴族領を手に入れるのは正直、強大な軍隊を持たなければ無理だろう。それに、もし攻め入るにしても正統な理由が無ければ只の『侵略』と見なされる。だが、未開拓地なら無益な戦いをしなくても、リスロンさんのような地主から買える」
「金があれば、だけどね」
「まあ、それは当然だな。ただ、ここで問題が一つ。土地を手に入れ、開発を進める。人が集まり、街が出来て金が回り始めると……貴族が来る」
「ほんと、ゴキ○リみたいな奴らね」
「ははは……、まぁ、俺の経験から言うと、彼らの大義名分はこうだ。『庇護下に入れば守られる』逆を言えば、断るなら攻め落とすってことさ。それらしい理由を付けてね」
「最低ね、まぁ、今更何とも思わないけど」
ワインをジョッキに注ぎながら、クロネは短く息を吐いた。
「では、そのゴキ○リから身を守るにはどうすればいいか――。王の庇護下に入るんだ」
「でも、この国は王様のものでしょ? もう庇護下じゃない」
「違うんだな、これが。いいかい? 新しい領地が生まれたとする、そこの代表者は王様に、この領地を運営して税を納めます、だから私を領主にしてくださいってお願いするんだ。すると、王の名の下にその領地が庇護下に加わる。代表者は領主として認められ、貴族の爵位を得るってわけ」
俺は一息にワインを飲み干した。
「それって何か良いことがあるの?」
「王領になれば、他の貴族が攻め入る事ができない。だから安心して街の開発に専念できる」
「うーん、でもさぁ、それって、絶対なわけじゃないじゃん?」
クロネは腕組みしながら首を傾げている。
「まあ、絶対かと言われると……」
「私はクラインと違って、貴族の事は良くわからないけど……、その王様の気が変わったら全部ひっくり返るわけでしょ? ちょっとねぇ……」
「それは――」
「ちょっと良いかしら?」
突然、酒を片手に、大きな帽子を被った黒髪の女が声を掛けてきた。
ほぼ水着のような露出の高い服から覗く、細くすらっとした手足。それでいて、こぼれそうなほど膨よかな胸に、酒場にいる男達が好奇の目を向けている。
「な、何か?」
「面白そうな話をしてるなぁって……うふふ」
女は俺の隣に座ると、耳元で囁いた。
生温かい息が掛かり、思わずゾクッとする。
「い、いやぁ、別に何も……あははは」
「仲間外れは嫌よ、ちゃんと聞いてたもの。私はリターナ、魔術師よ」
「お、俺はクラインだ」
「あら、そちらのお嬢さんは何かご不満?」
「何? 喧嘩なら買うけど?」
クロネとリターナの間に一触即発の空気が満ちてゆく。
「ちょ、ちょ、ストップ! ほら、酒の席だから、クロネも楽しく飲もうよ」
「……まぁいいわ。で、何なの、突然話に入ってきて」
「ふふ、だって、とっても面白そうな話だったんだもの」
リターナは至極色の瞳を向け、テーブルの下で俺の太ももを指でなぞった。
「わわ!」
「何? どうしたの?」
クロネが怪訝そうに眉を顰めた。
「い、いや、何でもないよ……ははは」
「ふふふ。ねぇ、さっきの話だけれど……、私ならもっと違うやり方をするわ」
「え……?」
「例えば、クラインのやり方だと、当然、クロネちゃんの言った懸念に繋がるわよね?」
「でも、それは仕方が――⁉」
リターナは細い指先で俺の口を押さえた。
「私が言いたいのはね? 国は一つじゃないってこと。この意味、わかる?」
妖艶な笑みを浮かべるリターナ。
恐ろしく美人だ……目元のほくろがセクシーさを増していた。目のやり場に困るような豊満な胸が、スライムみたいにテーブルに乗っかっている。
いかん、俺は酔っ払っているのか⁉
目がどうしても吸い寄せられてしまう。
「クライン?」
「え?」
ハッと気付きクロネを見る。
その瞬間、俺は
鬼だ……鬼がいる⁉
クロネからは闘気のようなオーラが立ち上っていた。
「い、いやぁー、ワインが最高だな、はははは……」
笑って誤魔化しながら、リターナの言葉を頭の中で
国は一つじゃない、か。
ひとつ、ひとつじゃない……。
「そ、そうか!」
俺は思わず席を立った。
「ちょ、クライン! 何よ急に⁉」
「クロネ! わかったぞ!」
「ふふ……、お役に立てたかしら?」
黒く艶のある長い髪を指先で触りながら、リターナがワインに口を付ける。
「……王は、一人じゃない」
俺の言葉にリターナが満足そうに頷いた。
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