第17話 重税問題

 フィガロさんの店に向かう途中、露店で売っていた魚の串焼きを買い、近くの縁石に座って二人で食べた。


「うん、美味しい!」

「うまいな、ホロホロしてる」

 塩味も程よく、臭みもない。

 それに何と言っても、こうやって外で食べるのは新鮮で楽しい。

 あのままリンデルハイム家にいたとしたら、こんな経験は出来なかっただろうな……。


「しかし手数料高かったよなぁ、この街の領主は相当がめつい奴らしい」

「まぁ、三割はやり過ぎよね」

「まったく、どんな奴か見て見たいよ」

「どうせ太っちょハゲよ」

「「あはははは!」」


「さ、行くか」

 二人で見たこともない領主の悪口を言って笑いながら、フィガロさんの店に向かう。

 店に着くとテーブルの後片付けをしていたティティが、俺達を見て大きく手を振った。


「クラインさーん、クロネさーん!」


「こんにちはー」

「ティティちゃん元気~」


 ティティちゃんは「はい元気です!」と言って、フィガロさんを呼びに走った。

 お昼のピークが過ぎた後なのだろうか、テーブルには食べ終わった食器が残っている席が多い。

 ティティちゃんも大変だな……。

 クロネと近くのテーブル席に座って待っていると、奥からフィガロさんがやって来た。


「おう、どうだ調子は?」

「どうも、ぼちぼちですね。あ、今しがたギルドにヒュージ・ケルウスを届けて来たので、じきに連絡が来るかと」

「早ぇな! 二人だろ? いや、大したモンだ。なら、荷が届き次第、お前らにも極上のケルウス料理を食わせてやる」

「「うぉおお!!!」」

 俺とクロネは思わず席を立った。

「ははは、ま、楽しみにしてな。どうする? まだランチの材料が余ってる、何か食ってくか?」

「「食べますっ!!」」

「わははは! よし、じゃあ待ってな」

 フィガロさんは豪快に笑うと奥へ戻っていった。


「いや~、楽しみだなぁ」

「うん、あの魚で拍車が掛かっちゃった」

「だな」


 しばらく待つと、ティティちゃんが料理を運んできてくれた。


「お待たせしました! 本日のランチはハングリーバードの照り焼きチキンパンと、シャキシャキサラダです!」

「来た来たーーーっ!」

「いっただきまーっす!」

 速攻でかぶりつき「ん~」と甲高い声を漏らすクロネ。

 幸せそうに目を細めている。


「足りなかったら言えってお父さんが」

「マジで⁉ 足りない!」

「お、俺も!」

「は、はい! わかりました!」

 ティティちゃんが慌てて奥へ走って行く。


「うっめ~! なんだよこのソース、クセになるなぁ」

「いくらでもイケるし」

「お、照り焼きソースにシャキッとしたサラダは合うな」

「無限ループできそう」


「はーい、お待たせしました! ちょっと変わって、こちらキングボアのヒレカツパンです!」

「「おぉ~!」」


 こ、神々しいまでのフォルム……。

 絶対旨いに決まってるじゃないか!


 俺は両手でヒレカツパンをそっと手に取ってゆっくりと頬張った。

 サクサクの衣が心地よい音を立てる。

 その瞬間、肉汁と柔らかな肉の線維が口の中で解けた。

 ちょっと固めのパンも十分にみずみずしく、決してパサパサしているわけではない。

 全ての調和が完璧だった。


「はぁ……やってくれるぜフィガロさん」 

「神……」


 無言で目を閉じ、ヒレカツパンを味わう。

 おいおい、これ、フィガロさんがベヒーモスの肉で料理したらとんでもないことになるぞ……。


「どうだ? 旨いか?」

 フィガロさんがテーブルにやって来た。


「「最高です」」


「お、おう、そうかそうか。ははは、いやぁ~、二人とも良い食いっぷりだぜ」

「ごちそうさまでした、本当にフィガロさんの料理は最高ですよ」

「そんなおだてても何も出ねぇぞ?」

「いえいえ、本当ですよ。あ、そうだ、このお肉で何か作っていただけないでしょうか?」

 俺は魔法収納袋から、少しだけ残しておいたベヒーモスの肉を渡した。


「この肉は?」

「ベヒーモスだよ」と、クロネが横から言う。


「ベ、ベヒーモス⁉ ちょ、早くしまえ!」

 フィガロさんは慌てて周りを見た。

 俺も何だかわけがわからないまま肉を袋にしまう。 


「お前らは、来たばっかりだから仕方がないんだろうが……、この街じゃ誰が見てるかわからねぇ、高級品はなるべく見せるな。チクられたら間違いなく領主の使いが税を取り立てに来るぞ?」

「え……税ですか?」

 そんな税、聞いたこともないぞ。


「領主が変わってな……、次から次へと難癖付けるような税を作るんだよ、商売してる身としてはたまんねぇぜ……」

「……」


 やはり、この街の領主には問題があるようだ。

 領主には税徴収の権限があるが、このように短期間で税を課すという話は聞いたことがない。

 それに、観光都市としても名高いメンブラーナの税収は、普通に徴収したとしてもかなりのものだろう。

 私欲に走っているのか、それともやむを得ぬ理由があるのか……。


「なぜ、領主はそんなに税を上げるんでしょうか」

「わからん、だが、あの馬鹿息子に、ここまで出来る肝っ玉があるとは思わなかったぜ」

「……」

 皆が唸っていると、クロネが口を開く。


「ねぇ、クライン、あの屋敷のことは?」

「ああ、そうだ、フィガロさん、東の森に屋敷があるじゃないですか、あれって、どなたが所有されているかご存じですか?」

「ん? あれは確か、森の不動産屋だな」

「リスロンおじさんのこと?」

 ティティちゃんが話に入ってきた。


「そうだ、リスロン・ダイト――、噂じゃ、東の森一帯の他にも色々土地を持っているらしい」

「リスロンおじさんはふわふわで可愛いんですよ」と、ティティちゃんが微笑む。


「ふわふわ……?」

 俺はクロネと目が合った。


「ああ、リスロンは栗鼠獣人だからな」

「え⁉」

 栗鼠獣人なんて初めて聞いたけど……。


「そのリスロンさんには、どこに行けば会えますか?」

「あ、リスロンおじさんなら、さっきランチ食べて帰りましたよ。たぶん、事務所にいるんじゃないかな……」

 ティティちゃんは、少し上を見ながら言った後、

「ここから西へ真っ直ぐに行くと、リスロン商会って看板が見えるのですぐにわかります」と、教えてくれた。


「会ってどうすんだ?」

 フィガロさんがきょとんとした顔で訊く。


「あの屋敷を譲ってもらえないかと思いまして……」

「お、お前……そんな金持ちだったのか⁉ どおりでベヒーモスの肉なんて持ち歩いてるわけだ……」

「い、いえ、そういうわけでは……、はははは……」


「ま、もし屋敷を買ったら招待してくれ、料理を作りに行ってやるからよ、わははは!」

「もちろんです! その時は、ティティちゃんも一緒に来て下さい」

「やったぁ! お父さん、絶対だよ!」

「わかったわかった。でも、まだ決まったわかじゃ無いからな?」

「はーい」

 微笑ましいやり取りを眺め、ほっこりした気分になったところで席を立った。


「では、また寄らせてもらいます、ごちそうさまでした」

「神よ……!」

 クロネがフィガロさんの手を取りぶんぶんと振っている。


「また来てくださいねー!」

 俺達はティティちゃんに見送られながら『リスロン商会』に向かった。

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