第7話 本気と書いて『災害』と読む。
「ぐぁあああ!!」
第三区は惨状を極めていた。軍警に所属する精霊師達が隷霊師一人を拘束する為に数十人がかり、その上たった一人に隊が半壊するという事態。
「お待たせさん!!Re:Leの者だ!!」
クロウが声を張り上げ、精霊師達に知らせる。
「軍警の者!!!!!すぐこちらへ退け!!あとはこちらが引き受ける!!」
福音のような声が響き、慌ただしく軍警の精霊師達がクロウ達の後ろに移動する。
そして、入れ替わる形でシンが隷霊師の前へ立つ。
「ねぇお兄さん、何の為にこんな事したの?」
率直な疑問をシンが隷霊師の男に問いかける。
「・・・何故、か。考えてないな」
予想外の答えにシンが驚く。
「え、何それ愉快犯でこんな事したの?」
そう言って、
(大体、距離300メートル弱、この距離ならすぐ縮めれるがどうするか・・・)
思案顔のシン。すると、男の後ろから
蜘蛛が霊力を直接浴びると
その姿が
鋭い爪を持つ長い脚と妙に堅い体が特徴のそこそこ厄介な霊獣だ。
『・・・シン、フィールが結界を張り終わった。本気、やっちまえ』
クロウから通信が入る。シンは軽く頷き、左手を掲げる。
「〔隷属の義務を果たせ、超過労働を強いるが、超過分は支払ってやる〕」
詠唱を終え、ティルを上空へ投げるシン。途端、ティルを中心に霊力が渦巻く。
霊力の塊と称される大蜘蛛さえ霊力の断片となってティルに吸い込まれる。
霊力が幾千もの刃と成り、ティルに合わさる。
短剣から大剣へと成り代わったティルは、シンの背中に横向きに浮遊する。
まるで、片翼のように。
「・・・<
異常な程の圧力が溢れ、刃が煌めく度に恐怖を覚えさせる。
「何だ、その姿は・・・!?」
相手は恐ろしいと思う気持ちを抑え、己の隷霊を使用する。
「この俺の隷霊は<従属>の隷霊!!俺の龍軍団の前に散れ!!」
そう言うと、男の周りに様々な龍が現われる。
その内の一体、
――と思っていたのか、と言わんばかりにシンが右腕を振る。
刹那、空間に存在するほぼ全ての霊力が巨大な一振りの刃となって飛龍に振りおろされる。真っ二つになった飛龍は鮮血をまき散らしながら地面に不時着する。
「これ、ほんとに飛龍?遅すぎるんだけど」
呆れた表情を浮かべながら、シンは問う。その言葉に、男は激しくいきり立つ。
「き、っさまぁあああああ!!!!!!!!」
周囲に三匹の飛龍が呼び出され、シンの元へと同じように突進を行う。
シンは鋭く息を吐き、しっかりと前を見据える。
瞬間的に視界が水色に染まり、思考以外の行動の全てが遅延する。
(三角形の陣形を組んでこちらへ向かってくる、なら前方一体を仕留めた余力でいけるな・・・)
石畳を蹴り砕く勢いで走り出し、前方にいた一匹の頭部、嘴の辺りにティルを宛がう。ティルが切れ込みを生み、そこを起点として跳ぶ。上空で一回転しながら、飛龍達の後ろへと着地する。
着地すると同時、周囲の霊力は刃へと変貌を遂げ花吹雪のように吹き荒れる。
飛龍達はあっという間に挽肉に成り、石畳を真っ赤に汚す。
次いで
鯨龍が口を開けるよりも速く、シンの生み出した刃が鯨龍に突き刺さる。堅い筈の鯨龍の体をいとも容易く貫く、細く長い刃。鯨龍と同じ高さまで跳びあがったシンが、ぼそりと呟く。
「<
冷え切った肌に激しくぶつかる雪のように、冷たく痛い刃。鯨龍の心臓はその痛み《冷たさ》に耐えきれず、生命としての活動を止める。
着地しようとした所には、最高硬度と夥しい本数の針を背中に備えた地龍が待受けている。
空中で身を捻り、頭を地面に向ける。
地面に降り立つまでの幾許かの時間で、地中に通る霊力の血管――
「
津波の如き量の刃と、本物の悍ましい量の水が生み出される。
水で流され、弱点である腹部を無防備にも晒す。
そこに同じく津波のように押し寄せた刃が切り刻み、脳漿や細切れの臓物、肉片が石畳にへばりつく。
「・・・ッ!?なっ、なあああああ!?!?!?」
信じられない物を見た、とばかりに声を上げる男。それもその筈、約三十秒の間に凄絶な攻撃の応酬、というより一方的な暴力と圧倒的な霊力の使用があったのだ。
「ま、負けて、たまるかぁッ!!!」
男は、周囲の霊力をあるだけかき集め、術式を編む。大規模な術式になればなる程使用する霊力の量は増える。霊力の少ないこの空間では、この術式を編むことさえ難しいとされる。
しかし、そういう事もある為、精霊師や隷霊師は体内にいつも霊力を溜めている。己の体の中から捻り出せば、術式だって編める。
「〔我が望みに答え、彼の地より出でよ〕!!」
詠唱を終えると地面に浮かび上がった魔方陣が弾ける。
そこに立っていたのは、巨大な龍。攻撃的な表情を浮かべたそれは、
振り上げた前足を振りおろすのは予想以上に速く、回避が遅れたシンの右足を掠める。
シンはふくらはぎを大きく抉られ、肉片が龍の爪の先に引っかかっていた。服に血が染み、重くなる。
もはや立っているのがやっとの状態だ。
「ボス、これは加勢したほうが・・・」
焦り、結界の外へ出ようとするフィールを、クロウが手で止める。
「あいつはそう簡単に負けないさ・・・まぁ、な」
その意味深な語尾に、フィールは疑問を隠せない。
「あぁ、お前は知らねえか」
一息置いて、クロウは衝撃的な事をフィールに伝える。
「シンはな、赤子の頃に父親を殺してんだよ」
速度に順応したシンは、刃を大量に生成して爪や
特に吐息に関しては、当たれば一撃で戦闘不能になれる。
現在はなんとか守れているが、いつ吐息が襲い来るか分からない。
脚も片方使用出来ない今、立っているのがやっとと言っても過言では無いシン。その額には脂汗が浮かんでいる。
刃の壁は、爪と吐息を防いでいた。
それにも限界はあった。
シンの右側、姿勢が少し崩れた瞬間だった。
象牙色をした鋭い爪が視界の端に映る。回避も、間に合うか間に合わないか。
ダメだ、死ぬ。シンは爪が到達する直前に感じた。
(・・・いや、諦めてたまるか)
際の際まで思考を巡らせる。視界が、真っ青に染まる。
動け、動け、動け。まだ進める。生きれる。光を求めて。明日を求めて。
動け、動け。己の為に。生きる為に。
痛む右足を踏ん張り、最大限の力を振り絞って左に跳ぶ。
青く、細い線の軌跡を残して、数十メートル先の石畳に着地する。
荒く息を吐き、また怒龍を見つめる。
「お前・・・本気で、殺すッ!!!」
龍よりも激しく怒り、シンの刃が輝く。
「ティル、縛ってくれ!!」
地面から霊力を練り上げて生み出した鎖が怒龍の体を縛り付ける。動きを縛られたのが癪に障るのか、身をよじり怒声を挙げる怒龍。
シンの眼に映るのは、道筋。この無理難題をクリアする為の、道筋。
絶対に生きて、明日へ。今更生まれた生への執着が、シンを覚醒させる。
楔を怒龍の角に突き刺し、空へ舞う。
空中では、身動きが碌にとれない。怒龍は吐息を吐き出し、シンを抹殺しようとする。
男が高笑う。龍はシンの終わりを確信する。
「負けて、たまるかぁアアアアアアアア!!!!!」
鎖と刃が交差、交錯しくすんだ銀色の壁を生み出す。吐息とシンを隔絶する壁を踏み台に、シンは跳ぶ。背中に備わった
高音と火花が散り、刃が止まる。
前転の容量で体重を乗せるも、切れ込みを入れるのが関の山。
「ははは!!龍の鱗は普通の剣だろうが名剣だろうが傷くらいしか付かぬ!!」
男が高笑いしながら理由を伝える。それを聞いたシンは――
――クスリと、微笑を浮かべて。
「忠告、ありがとよ・・・おかげで解が求めれたよ・・・」
シンの眼が蒼く輝き、霊力が溢れる。ティルに付着した霊力が刃となる。剣が、より一層大きくなる。
「・・・何故だ、どこにそんな余力が存在した!?」
「俺が今までどれだけの人を傷つけてきたか、知らないのか」
シンは静かに、そう答える。
「より高位の霊師になればなる程、血液の中に霊力が溶け込んでいる・・・凶悪犯罪者を相手取り、返り血を浴びた俺の体の中には霊力がたまりまくってるんだよ」
再びティルに体重を乗せる。
(計算上は、垂直じゃ無くて・・・斜め右下に向けて、刃を押す!!)
これまでの戦闘から、シンは独自の計算を立てていた。
攻撃回数分の吐息の回数、思いっきり振った剣をぶつけた時の衝撃の大きさ、どこに剣を当てれば刃が通るか、薄い鱗はどこまでの衝撃に耐えきれるか。
唯一足りなかった
重心を右へ、右へ。足りない部分を補うように。
「お前らみたいな奴なら、俺でも倒せるってえのぉ!!!!!」
全身の力を込めて、剣を押す。鱗に刃が食い込み、ズブズブと体にティルが沈む。
「斬れろ、巨大トカゲ風情!!<
重量差で切り込む一撃必殺の刃。龍の首から上が、二つに裂ける。
男は大口を開き、愕然とする。
「へっ・・・歩く災害様舐めんじゃねぇよ・・・!!」
「う、うわあぁああああああああああぁあぁぁあぁああああ!!!?!?!??」
発狂する男。しかし一秒後には黙る事になる。
「シン、こいつ軍警に引き渡しとくわ。とりあえずお前は病院行け」
クロウが首筋を叩き《殴り》、強制的に気絶させる。
「いや、まだ家に『雫』残ってるんでそれ飲んで寝ますわ・・・じゃ、後は任せました」
疲労困憊の声でシンは呟き、事後処理を任せて家へ帰る事となる。
なお、この後ティルヴィングを永続的に使うのを許す認可証に判子が押されるのは約3時間後の事である。
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