会いに来たのは

 ユージンはしっかりプリンを飲み込んで質問をした。

「映画監督のリーナ・ニニラを保護したって本当?」

 もうそろそろ発生から1ヶ月が経とうとしているQS市付近の巨大震災。津波が街をのみ込み、被災者もかなり多い。

 リーナも当時QS市で開かれた大規模イベントの現場にいたために被災者となったのだ。地元では有名な映画監督だという。

 本来は映画のためにカメラを回していたようだが、避難所の様子をカメラに撮っていたためにたたき出されたらしい。1週間も音信不通になったことから結構な数の人間、知人や仕事の仲間や記者なんかが探し回っていたという。報道によると資料館近くをさまよっていたところを保護されたとのことだが、誰かがかくまっていたことを疑う声も出ているという。

 よりによって被災地から一番近いといえばここなのだ。

「ええ。行き倒れていたところを保護し、すぐに連絡をしました」

 それが真実ならいいのだが、とユージンは思った。

「もしかくまっていたなんてことになったら、責任問題になるからね。

 僕はそんなことでアイビーがクビになんて、なってもらいたくないから」

 アイビーに会いに来たのは、何が何でも電子記録員であってほしいからだ。

 ちょくちょく不穏な噂は聞く。半年も前に来た依頼を無視しただとか、勤務中に無断外出しただとか、警察に捜査協力を求められてたてついただとか。そんな小さなことで反感を買って、辞めさせられるなんてことは起きてほしくないのだ。

「まあ、今のところは噂程度だからね」

 ユージンは少し冷めた紅茶をすすった。

 改めて目の前にいるアイビーのことをまじまじと見つめる。

 アイビーは資料の扱いに長けているし、撮影やデータの加工もうまい。電子資料の保存や活用にいたっても、資料の情報を紐付けたり説明文を付け加えるために行う情報検索や裏付け調査にまで秀でている。若くして館長になっただけあって、電子記録員に必要な資質に恵まれているのだ。

 紅茶を飲み終えて、ユージンは、いや、それだけじゃないのだ、と思い直した。

 対人関係には不器用な彼女を支えたい。きっとほんの少しはある。10年前の戦争で天涯孤独になってしまったというし、必死で勉強してきた反面、元から人付き合いは希薄だったのだろうか、表情が乏しくよそよそしい雰囲気を醸し出してしまっている。でも、アイビーは決して人嫌いではない。僕や他の職員ともこうしてお茶はするし、来客にも話はできるのだ。

 ただ、彼女に一番年が近いのはたぶん僕だろうから、理解者にはなってあげたいと思う。いや、少し年が離れても女性職員の方がいいのか? とか、そんなことを言うなら電子記録員の資質に恵まれているとは言えないだろう、などとユージンは迷走した。

 やっぱりこれだけ辺鄙な場所にわざわざ来館する人って、ほとんどいないのかも。

 ……いや。

「さっき、来館者もよほど何かある人だけです、って言ってたよね?

 いたの? リーナと警察以外で?」

「何人かは。途中で資料を紛失したという言い訳をするために、運び出す口実としてここを利用した不届き者が。出張もできるのでおかしいとは思いました。

 そういえば審議にかけていた動画の寄稿者が怒鳴り込んできたこともありました」

「ちょっと! それくらい教えてよ! 仮にも同じ職場で働いてたんだから!」

 思わず立ち上がってテーブルに手を打ち付けていた。失態をわびてユージンは座る。口にこそ出さないが、友人として心配になる事態がそんなに起きていたとは。

「なんか、話聞いてるとちょっと心配になってきたな。アイビーもこっち来る?」

「私はここを辞める気はありません」

 アイビーは言い切ってしまうと、もともと静かだった館内がさらに静寂に満ちた。

 アイビーは一息つくと、話途中ではテーブルに置いていたプリンの容器を手に取って、おっかなびっくりプリンをすくっている。

 4つのカップの中身が空になると、話を繕うのが苦しくなってきた。察したのか、アイビーは席を立って紅茶のおかわりを持ってきてくれた。

 アイビーは2杯目の紅茶に口をつけると、静かにカップを置いた。

「ユージンの心配は最もです。今回ばかりは直接来てくれたことに感謝します」

 ユージンは中身をこぼさないように、両手で包み込むようにしてカップを持つ。急所を当てられたようで、ユージンはドキリとする。

「今回の震災では、IA電子資料館で問題は発生しませんでした。古い建物だというのに耐震設計はされていましたし、ここが津波でやられようものなら安全な場所はありません。

 ですが、今後1人では手に負えない事態になった時に、ここをどう守ればよいのか、リーナさんを引き渡した後考えるようになりました」

 ユージンはアイビーの置かれた状況を聞いて、居住まいを正した。少しだけ目もそらしてしまった。

「人々は必ずしも生きるためには私たちの仕事は必要ないと言うかもしれません。しかし生命を維持する以上のことを望むなら、過去や現在の情報を未来に引き継ぐこと、今ある情報をどんな人にも提供することは、絶対に必要な仕事です。

 10年前の戦争のように、電話やメールなどの通信技術が必ずしも使えるとは限りません。陸の孤島になってしまったり、私が負傷したりすることも考えられます。

 最悪の事態を考えると――3年前のようなことが起こってしまったら、ここはどうなってしまうのでしょう。

 ユージン、あなたはそういったことを心配してわざわざきてくれたのでしょう?」

 アイビーに指摘されて、ユージンはストンと自分の中で合点がいった。

 目的の1つは不穏な噂の立つアイビーに直接会って、真相を確かめること。

 食生活が極端なアイビーに、おいしいものを届けること。

 そして――ああ、そうだ。僕は3年前の事件から1人、また1人といなくなっていくあの頃の仲間を、つまらない理由で失いたくないだけなんだ。

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